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三十五センチ下の○○点  作者: 白い黒猫
三十五センチ下の沸騰点
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分岐点

 月見里さんとの約束は、今までは何となく意識する事もなく決まっていた。その前の週一緒に出掛けた時の会話で、じゃあ来週、用事があるなら次の週でという感じ。土曜日駄目なら次の日とはならず、出かけるのは土曜日のみで、日曜日は互いに気ままな休日を過ごすという暗黙のルールがいつのまにか出来ている。


 今週は月見里さんが友達と演劇を観に行くという事で一人の休日を過ごす。そこで俺は渋谷で月見里さんが苦手そうなスプラッターホラー映画を観ることにした。映画の後本屋だけ寄ってマンションに帰り、簡単なコンビニ弁当という夕食を食べる。次の日は洗濯して、簡単な掃除をして、録り溜めしてあったテレビ番組を観ては消しハードディスクを整理して、それなりに充実した週末を過ごした。つまりは、俺にとってはありきたりの休日を過ごしたのに、なんだろうかスッキリしないというかスカッとしない週末を終え月曜日となる。


 何か事件が起こるわけでもなく、会社に行き仲間と文句を言いつつも仕事に勤しむ。いつもの一週間が始まる。

 一日の終わりに携帯をチェックすると、土曜日に観た映画の感想を書いたメールの返事が月見里さんから返ってきていた。

『なるほど~怖いというか、かなり痛そうな内容なのですね…。――――

そうそう、観に行った舞台最高でしたよ!

ライブならではの臨場感もあり、ビンビンに熱気が舞台から伝わってきました。

まだ、興奮が残っていて、ハイテンションのまま、月曜日に突入しています』

 最高に盛り上がった週末を過ごしたらしい。テンションの高い月見里さんのメールに、何故かこちらのテンションが下がる。

 なんか面白くない。

『舞台ってあまり観たことないけれど、面白そうだね。

ただ、何というかアノ、ミュージカルのノリってついて行けないんだよね。なんか不思議すぎて』

 なんともモヤモヤしたまま、俺は次の日にそんな返事を書き始める。

 そういえば、次に会う約束をまったくしてなかった事を思い出す。

『そういえば、今週末、何か観に行く?』

 二日おいた木曜日にメールが返ってくる。

『ミュージカルのあのノリがいいのが、大陽くんには分かりませんか~

今度、ヘドウィックかRENTの映画のDVD貸しますから、コレなら大陽くんも楽しめると思いますよ――

今週末ですが先輩からテニス部の合宿に誘われて行くことになりました――』

 しかしこの暑い夏に、何故テニス部の合宿をするのだろうと思わないでもないが、なかなか月見里さんも忙しいらしい。


 週末また一人で映画でも見に行くかと、今週末公開の映画リストをネットで調べる。凄く観たい映画が今週末公開になるので、ソレを観たい所だけど、コレなら月見里さんも楽しめるタイプなので次週にとっておいて、もう少しマニアックな方の映画を観ることにする。

 再び一人の週末を過ごす。映画はマニアにはニヤリとする部分も多く楽しめた。

 お中元で大量に何かが届いたからソレを取りに来いと実家に呼ばれたついでに、お袋の味を楽しみ、親の愚痴を聞いてあげて、妹と口論しと、ある意味賑やかな週末を終える。

『日焼け止め塗ったのに、肌がヒリヒリします。そろそろお肌を苛める事は止めた方が良いですね~

合宿は楽しかったですよ! 部員じゃないのにダブルスのトーナメント大会で優勝し、賞品だけチャッカリ貰って申し訳ないです』

 月曜日、俺よりも、遥かに充実した休日を過ごしたらしい、月見里さんのメールが届き、良く分からない敗北感を味わう。

『天気良かったからね~暑かっただろうね!

でも、優勝なんて凄いじゃん! 月見里さんがテニス上手なんてチョット意外――』

 敗北感はあえて気がつかなかった事にして、返事を出す。

『――小学校の時、テニススクール通っていたので、嗜む程度には出来ますよ!

 あとウチの会社のテニス部が年齢高い人もいるし、どちらかというと長閑にテニスを楽しんでいる人ばかりなので、ボールを普通に打ち返し続ければ相手が自滅するんですよ。

 しかもダブルス組んだ人が社内の野球部のキャプテンもやっているくらい運動神経の良い人だったので、それも大きかったのかも』

 戻って来たメールに、何かイラ~とする。

 スポーツマンタイプの男性と月見里さんが楽しげにハイタッチなどしてテニスを楽しみ、勝利を讃えあっている姿を想像すると、何か面白くない。

 テニスの話はもういいやと、今週末映画に誘うメールを出す事にする。観る映画は勿論、先週我慢した派手にヒーローが大暴れするハリウッド映画。

『あ、ゴメンなさい。

 実は昨日友達と飲んでいて、その映画の話で盛り上がり、今週末観に行く約束してしまったの――』

 しかしさらに面白くない返事が帰ってくる。三週連続、一人の週末決定である。演劇や、テニスは兎も角、映画鑑賞イベントを、他のヤツに取られたのがショックである。しかも約束した訳ではないけれど、一緒に観ようかと思っていた映画を、他のヤツと観に行ってしまわれると、なんか裏切られた気になる。

(ん、ヤツ? 男って事はないよね)

 根拠はないがそう思うものの、なんか不安になってくる。月見里さんの最近のメールを読み返してみる。最初に演劇観に行ったのは、同じ職場の同期の友達で、その演劇の内容と月見里さんがその日過ごしたコースというのも相手は女の子としか考えられない。そして次のテニス合宿に誘ったという職場の先輩も、『尊敬するお姉様に誘われたら行かないわけにいかない』という文章があることからコチラも女性であることは確定している。でも、今週末の相手は、高校時代の友達とだけの表記、しかもこういった派手なハリウッドアクション映画で盛り上がるって……。

『ほうほう、もしかしてデートですかい?』

 姑息だと思うけど、顔文字混じりで冷やかした感じのメールをすぐ返してしまう。

『はい! デートです♪  でも相手女の子ですけどね~』

 ニヤリとした顔文字のついた、この微妙な言い回しをしてくる月見里さんのメールを苦笑してしまう。でも読みつつ、内心ホッとしていた。何で俺は喜んでいるんだ?!


 隣の席で、雑誌を読んでいる高橋が目に入る。花火大会を特集した週刊誌を読んでいるようだ。煙草を吸わない俺や高橋はこうして席で一息いれるしかない。煙草を吸っているヤツは喫煙室で煙草吸っているだけで『ああ、一息いれているんだな』と思われるけれど、吸わない俺たちはこのように席で一息いれるしかなく、こうして気ままに過ごしている様子はサボっているように見えるのが困った所である。

「何か楽しい情報あるの?」

 俺は高橋の読んでいる雑誌をのぞき込む。

「いや、花火大会行こうと思って、スケジュールを調べていた所、こういった雑誌は情報纏まっていてネットで調べるよりてっとり早いしね」

 高橋は、雑誌を見ながらピコピコと携帯を操作している。

「なに、デート?」

 からかうように言うと、高橋は顔を思いっきり嫌そうにしかめる。コイツはここ半年、彼女が欲しいと叫びまくっている。出来たら出来たで、デート先をイソイソ選んでいたりと分かり易い行動するので、まだそんな相手が出来ていないというのも、なんとなく察していた。

「いや、大学時代のサークル仲間で、花火観ながらビール飲んで騒いでという感じ」

「なるほどね~ソレは、ソレで楽しそうだな」

 そう言いながら、高橋がみているページにある関東近郊の花火大会のスケジュールを見る。来週の週末、多摩川で花火大会が行われるのを見つける。

『来週末多摩川で花火大会があるらしいよ! 良かったら一緒に観に行かない?』

 俺は携帯を取り出し、即そんなメールを月見里さんに出していた。そして仕事に戻ることにする。

 今日は、先方からチャチャも入らず、集中して仕事もでき、気がつけば日も落ち八時すぎていた。

 そろそろ、作業の切りもよいし、今日の作業はここまでにすることにする。同じ体制でいたことで強ばっていた身体をノビしてほぐす。なんか背中かピキっと怪しい音がした。


 机の上の携帯がメールの着信を伝えている。見ると、様々なメールに紛れて月見里さんからも来ているようだ。

『花火大会!! いいですね~!』

 承諾の内容のメールに、疲れがチョット吹っ飛び、何故かニヤニヤしていた。

 来週は久しぶりに楽しい週末が過ごせそうだ。晴れるといいな、遠足前の子供みたいな事を素直に考えていた。

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