融解点
月見里さんとは三月に同窓会で知り合い、その一ヵ月後映画に行き、そしてさらに一ヶ月後一緒にでかけ、そして六月の終わり、俺達はまた映画を二人で観ている。
そして俺は今映画館でかなりイライラしていた。
映画館の大画面で映画を観る。これは映画の醍醐味ともいえる事であるが、コレには意外と苛立たしくさせる事も多い。
というのは、鑑賞態度が酷い観客が結構多いのだ。映画館で普通にしゃべるヤツ、携帯のバックライトを煌々とさせて何かやっているヤツ、しゃべってなくてもガサガサと音を出しまくるヤツそういうのが近くにいると、どうしようもなくイライラする。そして今まさにその状況である。
もう上映始まる前の傍若無人なテンションから悪い予感はしていた。案の定映画が始まっても脊髄反射か? というくらい映像をみた内容に関する口にしてしゃべり続けている。
「この俳優さんって、何に出てた人だっけ?」
「ああ、ほら、アレ」
イライラする。でも注意しようにも、一人挟んだ向こうにいるために、微妙な距離感によりそれも出来ず苛立ちが募る。
俺は温厚でも気が長い方でもないから、そういうのが隣とかにいると『ウルセエ~!』とつい怒鳴ってしまうことも多々あったりする。
「煩くてスッゴイ迷惑なんですが、黙って観られませんか?」
苛立ちを抑えるために大きくため息をついたときに、隣から低い声がする。その『隣に座っていた』月見里さんが明らかに怒りを露にした声を、発していた。
そのしゃべりまくっていた二人は『こわーい』とかいいながらもなんとか、黙ってくれたようだ。
あ、ココではキレるんだ、月見里さんって。俺はその様子をを繁々観察してしまった。
隣で、息をフーと一回吐き、そしてスクリーンに視線を戻す月見里さんの様子が可愛くてチョット笑ってしまった。なんか興奮した後に、必死に毛繕いして気を落ち着かせている猫みたいだ。
俺の笑った気配が気になったのか『何?!』といったチョット睨むような視線をコチラにむけるが、俺は『なんでもない』という感じで首をふりスクリーンに視線を戻し映画に集中することにする。
それにしても、三ヶ月で普通に出かけること一回、映画を観る事四回。俺達のこの関係っていったい何なんだろうか? と思わないでもない今日この頃。
同窓会で、一応小学校の時に同じクラスだったことがあったものの、その頃のことはお互い殆ど記憶にない状態だし、今も会社も違うし住んでいる場所も近くもない。つまりメールをどちらかが止めればあっさり切れてしまう関係だと思う。
でもメールのやり取りはそれなりに楽しいし、こうして会って一日話していても、俺にしては珍しく喧嘩して険悪になるということもないので、なんとなく不思議な関係が続いている。
映画自体は、映像も派手だし物語のテンポもよく最高に楽しめた。二人のスーパースターの競演で話題を呼んでいだ作品で、二人の魅力が存分に生かされている所がさすがである。それに加え馬鹿すぎるノリがとにかく楽しく、月見里さんも満足したようでだ。映画館を出たときにはニコニコしていて機嫌を取り戻している。
渋谷の雑踏に揉まれながらも、楽しそうに今観た映画の話を興じる。
彼女は雑踏の中でやたら人とぶつかって歩いている。観察していると、彼女くらい小さい人は前から来る人は全然避けてくれないようだ。だから彼女が細かく避けて歩かないとダメなのだ。そうして歩いていても強引に歩いている人とかは、平然と彼女に体当たりを食らわしてくる。
見てられなくて、雑踏では俺が先に歩き、手をひき後ろからついてきてもらうようにした。ようやく混雑しているところを抜け出し繋いでいた手を離す。俺達はその辺りで見かけた韓国料理屋さんに入り遅めのランチを楽しむことにした。
「確かに、大陽くんの言うとおりだね、こういうアクションって、大画面で楽しむべきだね」
ニコニコと笑って喜ぶ人間といると、今みた映画の面白さも何割増しかに感じるようだ。
俺は注文したクッパを吐息で冷ましながら、そんな彼女の言葉を聞いていた。
「だろ? 大画面で見てこそのこの迫力だからね」
俺の言葉に、ウンウンと頷く。
月見里さんは真剣な表情で、石焼ビビンバのご飯を混ぜ、セッセとそれを熱々の釜の内側へと広げ固めていっている。パリパリおコゲな感じが好ならしい。
「脚本は本当に馬鹿だったけどね」
「それが、こういった映画の味わいというべきでしょう」
その言葉にフフっと月見里さんが笑う。
「なんかさ、映画をこうやって単純に頭空っぽにして観るというのもいいものだね」
「映画ってそういうものでしょ、月見里さんが無駄に複雑に観すぎるだけでしょう。結構見掛けによらず理屈っぽいよね」
月見里さんの表情が一瞬固まる。しまった、こういう感じの相手を論じて纏める言葉で、いつも女の子を怒らせてしまうのを思い出す。
「まあね、つい頭の中で分析分類して安心するというところがあるから」
多分ムッとしたのだと思うけど、月見里さんはすぐに笑みを作りそういった言葉を返してきた。彼女はすぐに反論を返すのではなく、こうやって一旦相手の言葉を呑んでから気持ちを整理して言葉を返してくる。
流石に何回か会って話すようになり、だんだん月見里さんという人物が見えてきた。
彼女は決して怒ることもしない穏やかな人格者というわけではない。感情が豊かな分、笑うのと同じくらい怒っているのだと思う。でもムッとしても今みたいに、すぐに笑顔で誤魔化す。
最初に映画に行ったときの事も、かなりムカついていたのだなというのを、『この映画だったら、大陽くんも寝る事なさそうだから安心だね~』と言ってきた事で気が付いた。
逆に言えば、その彼女の絶妙な回避行動によって、喧嘩といった事態に陥ることが一切なく良好な関係を続けていられているとも言えるのかもしれない。でも、なんかそういう所に、物足りなさを感じてきている自分もいた。
「そういうのって、疲れない?」
俺の言葉に、ビビンバのご飯の焼け具合を確認していた月見里さんは顔を上げ、首をかしげている。
「何でもかんでも、細分化して整理するって。もっと単純に喜怒哀楽くらいに大雑把でいいんじゃない? で『あ~最高に楽しかった』『スッゴイムカつく』くらいでさ」
月見里さんは、イマイチ意味が分らなかったようでポカンとしている。
「俺は単純な人間だから、なんかそういうのって、面倒くさそうだなって思って」
なぜかそこでブッと月見里さんは笑う。『単純』というところがツボに嵌ったようだ。自分でも自覚いていてそう言ったものの、笑われるとチョットムカつく。
「大陽くんみたいに、直球で喜怒哀楽出せたら、素敵なんだろうね」
そう言って、小さく溜息をつく。
「でも、コレが私だからね~ややこしくて、面倒なのが!」
そして、おどけたように、そんな事を言ってくる。
「なんだ、自覚しているんだ、そういう人間なんだって」
どうも余計な事をすぐ言ってしまうのが俺というヤツ。俺の言葉に大げさに眉を寄せ、月見里さんは大きくため息をつく。さっきとは違って、怒っているわけではなく、ズケズケ言ってしまった俺に呆れているといった感じなのだろう。
「まあね~! こんな自分と二十年以上付き合っているから」
「なるほど」
俺は、クッパに入っていた大きい肉をスプーンですくって口にいれた。肉が柔らかくて結構旨い。
「でもさ、そういう大陽くんも、気が短すぎだよね、すぐ怒る。列割り込んできたおばさん、ぶつかっても謝りもしないおじさんとか、すぐ怒鳴ってしまうんだもの」
それって、相手が全て悪いし、怒られて当然だと思うけど。そんな場面に居合わせた彼女はいつも驚いた顔をする。
『もう少し紳士的な言い方できないかな? あんな言い方だと威圧でしかないよ。大陽くんただでさえデカくて怖いんだから』
と月見里さんはよく言う。でもムカついた瞬間に言葉が出てしまっているから仕方が無い。それにぶつけられても、失礼な事されても、それをニコニコと笑って流す彼女の方が信じられない。
「でも、あれは言い方はともかく、悪い事ではないだろ?」
『ん~』と月見里さんは困った顔をする。
「なんかさ、ゴチャゴチャ考える私と、直球過ぎる大陽くん、混ぜたら良い感じなのかもね~チョットは大陽くんっぽさを学ぶ事にします」
月見里さんは、そう言いながら茶碗にビビンバをよそって入れて、俺にそっと差し出す。旨そうにカリっとしたご飯がそこで湯気をあげていた。あんなに大事に育てていたビビンバをくれるんだ!
「なかなか、よい感じに出来たから、お裾わけ」
彼女はそういいながらスプーンで、石釜から直接ビビンバを食べている。
「ありがとう! あっクッパもいる?」
こっちは手をつけてしまったけど大丈夫だったのかなとも思ったけれど、顔を上げた彼女がニカっと笑う。
「欲しい~!」
俺はカリッカリのビビンバを先に平らげ、その器に自分のクッパをよそい、さらに旨かった肉を上にのせ彼女に渡した。
月見里さんが、手を加えて一生懸命仕上げたビビンバは確かにカリッカリで旨かった。
「このクッパの肉、柔らかくて美味しいね~」
幸せそうに、前で月見里さんが満面の笑みを浮かべている。
「だろ?」
なんだろうか、料理の味がというか、この空間自体がなんか楽しくて、俺も笑っていた。
全然、性格も考え方も違った二人だけに、気付く事も多く考えさせられる。単細胞の俺とややこしい彼女、こうして同じ釜の飯食べて、思い出を重ねる内に、二人はどんな変化していくのだろうか? 俺の怒りっぽい性格も、少しは我慢を覚えるのだろうか? なんて事もチラリと考えたが、ゴチャゴチャ考えるのも面倒なので、今のこの時間を楽しむ事にした。