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三十五センチ下の○○点  作者: 白い黒猫
三十五センチ下の沸騰点
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特異点

『愛する者を失った人生に意味はあるのか?』

 映画館につき、俺は『シングルマン』のポスターに書かれたそのコピーで、自分考えていた映画の内容とは、ずいぶん異なったモノであった事に気がつく。

 『生と死と愛を哲学的に問う』って……う、凄くつまらなそう。俺はポスターを見て多少顔が引き攣る。


 そう思ったけれど、嬉しそうにしている月見里さんの顔をみていると、そうも言えない。

「この作品の監督は元々はファッション・デザイナーだから、やはり美意識の高い作品になるんだろうね~楽しみ」

 チラシをみると、その日を『人生最後の日』と決めた男の一日を描いた作品なようだ。

「そうなんだ」

「グッチとかイブサンローランで活躍していた程、大物デザイナーなの。こういう異業種監督の作品というのも、より個性のある映像に楽しめていいよね。

 大陽くんは『フローズン・タイム』って映画知ってる?」

 なんか、ネットで評価は高かった作品というのは知っているけれど、俺はその作品も観ていない。

「いや、でもけっこう面白いらしいね」

 月見里さんは、ニコニコとした笑顔のまま、小さく二回頷く

「そうなの、でね、その作品の監督はファッションカメラマンなの。瞬間、瞬間といった風景が面白く表現していて、カメラマンという人種の眼からみた世界の見え方というのが楽しめるの」

 ネットで紹介されていたその作品の画像や動画が、確かにクールで素敵だったのを思い出す。

「なるほど、今度みてみようかな~」

「お勧めだよ!」

 ポンポンとしたリズムで、映画を語れるというのはなんとも楽しくて心地よい。でも、その彼女の長閑な心地よさが、俺にとんでもない過ちをさせてしまう。


 そしてこの時くらいまでは、徹夜明けの人にありがりな、逆にテンションがあがり元気という状態だった。しかしこの後、心地良い空調に、彩度が低く叙情的な音楽と映像の映画が始まったあたりから、俺の身体は疲労を思い出す。

 このとき観た映画は、たぶん良い映画なんだとは思う。でもなんともゆったりとしたテンポで、主人公の静かな視点進んでいく物語は、俺を夢の世界へと心地よく誘っていった。

 ふと、周りが動き出す気配で目を覚ます。スクリーンにはエンドロールが流れ、気の早い観客が退場を始めたようだ。申し訳ないけれど、最初の五分くらいの映像しか覚えていない。コッソリ隣を見ると、しみじみとした様子で月見里さんは一心にスクリーンを見つめている。


(良かった、俺が眠りこけたこと気がついてない?)


 俺は胸を撫でおろす。月見里さんが、俺の視線に気がついたのかコチラをチラっと見る。

「なかなか、面白かったね」

 月見里さんは感動している様子なので、そう言っておく。彼女はその言葉になぜか『えっ』という顔をして、そのあと苦笑する。

「そうだね、私()すごく好きな映画だった」

 月見里さんの含みのある言い方と、笑いながらも意味ありげに見上げてくる視線で、しっかりバレていた事を察知する。でも彼女はそれ以上は嫌味を言うでもなくこの件は流すことにしてくれたようだ。映画の後に関わらず観た映画の話題を一切できない俺に気を遣ってか、そのあと違う話題をふってくれて、俺たちは平和に会話をしながら劇場を後にした。

 そこで十分反省した筈なのに、そのあと夕飯を食べにいった焼き肉屋さんでも同じミスを繰り返す。

 俺の一週間の仕事の様子を聞いた彼女の『疲れていたんだね』という気遣う言葉に、『ならば、元気注入しよう!』と俺が選んだ焼き肉食べ放題の店で……。


 別に酒を飲んだわけでもない。月見里さんとの会話も楽しかった。

 しかし彼女の落ち着いた声のトーン。そして転がるように続く会話。それが耳に心地よかったのがいけないのか、俺は徐々に虚ろになっていき、意識を手放し眠り込んでしまった。


 ふと我に返ったときは一時間近くの時間が過ぎていた。恐る恐る前をみると、困ったような顔の月見里さんがいた。

 いくらなんでも、一緒に出かけて相手を放置して眠ってしまうって失礼すぎる行動だろう。長年付き合ってきた気心しれた友達であるならともかく、知り合ったばかりで、会うのも二回目の相手にこんな事されたら不愉快だったはずだ。


 俺が目を覚ましたのをみて、月見里さんは少しホッとした感じで笑った。

「大丈夫? もう帰る? それともまだ少し時間あるから肉食べてから帰る?」

 コレは流石に怒られても何も言えないと思っていた俺は、月見里さんのその言葉にびっくりする。

 そして店員さんに頼んでもってきてもらった冷たい水を俺にそっと差し出す。

「あ、ゴメン、なんか……。つい…………。折角だから少し食べてからにする」

 俺のその返事に、何故かブッと吹き出す。

「ううん、あまり食べてないものね、はい」

 そう言って、ニッコリと笑ってメニューを俺に手渡した。

 怒りっぽい女性しか知らない俺は、月見里さんのこの言動に衝撃を受けていた。

 その後、険悪になるわけでもなく、再び長閑な会話が二人の間で始まる。

 コイツってどんだけおおらかな女なんだ! 大物かもしれない。


 俺は新種の生物を発見した類の興味を、月見里さんに対して覚えた。


※注 半径三メートルとはかなり状況違うと思われるかもしれませんが、

コチラはあくまでも大陽渚の視点でこう見えていたとしてください。


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