自殺点
俺と月ちゃん、人間的な相性は悪くないと思う。
その相性の悪くない二人の間には何が足りないのだろうか?
色っぽさ? ロマンチックな雰囲気?
確かに、それは月ちゃんにもないけれど、俺自身にもない所も問題なのかもしれない。ここは恋人らしく、何か雰囲気のあるイベントを楽しむ必要を感じる。
おりしも今、12月中旬。世間はクリスマス気分で盛り上がっている。
昔バブルの時代は、夜景の奇麗なホテルのレストランを予約して、そのままスィートルームで……。という事が流行っていたらしい。
でも、今までが今までなだけに、俺がキャラにない事をしてきたら月ちゃんも退くだろう。しかも一ヶ月も切った段階でレストランって予約とれるものなのか? どのレストランが良いものかも判断がつかない。
さて、どうする?
「そうそう、ディズニーのクリスマスケーキキットというの買ったんだ!」
そう切り出す俺に、月ちゃんは首を傾げて上を見上げてくる。
「なぎ左右衛門さんの家って、オーブンあるの?」
俺はその言葉に首を振る。
「いやいや、スポンジ状態で来るの、それに生クリームと、キャラクターの飾りがついて自分でデコレーション楽しむタイプ」
「ああ!」
月ちゃんは、納得したように頷く。
「でさ、一緒にデコレーションケーキ作らない?」
俺の言葉に、月ちゃんは楽しそうにニコニコした笑みを返してくる。
「面白そうだね! ついでにクリスマスパーティーもする?」
最初からそのつもりだったけれど、俺が導くまでもなく予定通りに進んでいる状況に満足しつつ『いいね! ソレ』と言いながら頷く。
「なぎ左右衛門さんの家、そういえば調理器具何もないよね。という事はボールとか泡たて器もないよね? あと料理どうしようかな~」
月ちゃんはそんな事を口にしながら楽しそうだ。月ちゃんと会話していて、ホームパーティーというのは思いの外大変だという事に気が付く。
近所に普通のスーパーとかないので、お洒落なお総菜が手に入る訳でもない。どうしようかと今更のように考える。そんな俺の横で月ちゃんも何やら考えているようだ。
「鍋一つくらいは、なぎ左右衛門さんの今後の人生を考えても持つべきよね、包丁とまな板、あとボウルはダイソー商品で良いか」
ブツブツとつぶやき、どうやら手作りの方向で色々計画をたてているようだ。
手料理を食べられるというのは嬉しいかもしれない。
一人暮らししている男性の家をみて、みりんが置いてあるかどうかでそいつに彼女がいるかどうかが分かるというのを思い出す。俺のマンションに調理器具とかが置かれるという事は、今後も月ちゃんがマンションにきて何か作ってくれたりするようにもなる。ホームパーティーをするという事は我ながら良いアイデアだったのかもしれない。
その日、二人でダイソーとかハンズに行って、簡単な調理器具を買う事にする。結婚前の二人のようなそのシチュエーションが何とも楽しかった。
「お皿とかあるの?」
月ちゃんの言葉に、俺は頷く。
「UFOキャッチャーでとったものが何枚かあるよ! あとワイングラスはたしか引き出物でもらったのがあるし」
そんな話をしていると、月ちゃんはフフフフフと笑い出す。
「なんか、こういう準備を考えるのって楽しいね」
同じ事を考えていたので、俺も頷いた。
※ ※ ※
二十四日、冷凍庫には既に配送されたケーキキットがシッカリ入っており、冷蔵庫には奮発して買ったシャンパンが冷えている。
家で調理なんてまったくしないので、俺の部屋の冷蔵庫は殆ど何もはいっていない。それだけにシャンパンが異様に目立っている。冷蔵庫のお茶を取り出す度にソチラに目をやり思わずニヤついてしまう。
俺は約束の時間に月ちゃんを最寄り駅に迎えにいくと、案の定月ちゃんはもう既に改札の所で待っていた。二人で駅前のスーパーで買い物をしてレジ袋を下げマンションに向かう。なんか新婚さんみたいだ。
部屋のリビングに入ると、月ちゃんはあまり奇麗とはいえない部屋をみてビックリした顔をする。確かに少し片付けておくべきだったかもしれない。部屋の片付けを始めようとする月ちゃんを止めて、そこは俺が責任もってリビングだけでも掃除する事にする。
月ちゃんは『仕方がないな~』という顔をして、台所で料理の下準備を先に済ませることにしたようだ。料理を作るというのは、俺が思っているよりも手間が掛かるようだ。
とりあえず部屋に落ちているもの片っ端から拾って隣の部屋へと放り投げて。リビングだけはモノがなく奇麗な状態にして掃除機をかけていると、台所から包丁の音とかカチャカチャと何かをかき混ぜる音が聞こえてくる。体面式のキッチンなので、一生懸命作っている様子が見えてしまいニヤけてしまう。
部屋もスッキリとしたので、俺はイソイソと台所に入っていく。
「片付いたよ~どんな感じ」
月ちゃんは顔を上げ俺の方をみてニッコリ笑う。
「順調! とりあえず料理の方は準備終わったから一旦片付けて、ケーキ作る?」
「いいね!」
なんだか凄く楽しい! 俺はニッコリと笑い、頷く。
二人で交互にクリームを角が立つまで泡立てる。月ちゃんがケーキの台座にクリームを塗りつけるのを見守り、二人でイチゴを並べる。二段に重ねたスポンジにクリームを塗るのを今度は俺もチャレンジしてみて上手くいかずに、月ちゃんに仕上げてもらう。上面に俺がイチゴを並べ、月ちゃんがホイップで飾り付けていく。二人で一緒に作り上げていく過程が楽し過ぎる。今まで俺達に足りなかったものがコレなんだと実感する。こんな親密でいて少し気恥ずかしい空気。
そして思った以上にちゃんとしたクリスマスケーキになった事にも、感動した。
「凄い! けっこうケーキっぽい」
「そりゃケーキだもの」
月ちゃんは笑う。
揚げ物は油の処理が大変だという事で、月ちゃんは器用にレンジでフライドチキンとポテトを作り、それにコーンスープとポテトサラダと、サーモンサラダとかも並べられ、結構本格的なクリスマスディナーとなった。
俺が感動していると、月ちゃんは照れたように首を横に振る。
「スープは缶詰だし、なかなか勝手の分からないキッチンだと、大したモノできなくて、ゴメンね」
何故かそう謝ってくる。
「いや、凄いよ! じゃあ、お祝いをしますか! シャンパンも買ったんだ!」
二人で乾杯して、ささやかだけどプレゼント交換をする。俺があげたシザーハンズのジョニーデップのフィギアを月ちゃんは喜んでくれた。そして月ちゃんは俺がボロボロの財布を使っているのが気になっていたようで、格好いい財布をプレゼントしてくれた。
シャンパンを開け料理を食べながら二人っきりの楽しいクリスマスパーティーがスタートする。
※ ※ ※
なんか近くで凄く良い香りがする。俺は何か暖かく柔らかいものを抱きしめて眠っていた。ゆっくりと目を開けると真ん前に、というか腕の中に月ちゃんがいる。目を瞑っていてスヤスヤと気持ち良さそうに寝ているようだ。
えっと……コレって?
よく映画とかドラマにある状況に似ている。今の俺達の状況はどういう事なんだろうか?
しばらく呆然と、キス出来るくらいの距離にいる月ちゃんの寝顔を見つめていたけれど、状況を冷静に判断する為に回りへと視線を巡らせる。俺の部屋であるのは分かる。月ちゃんはというと、抱き合って寝ているものの、スカートも上着もがめくれ上がっているわけでもない。いわゆる何かがあったと思われる程の着衣の乱れはないようだ。俺はズボンを履いたままだしチャックも開いてない。
ホッとすると同時に、残念な気もする。でも記憶にない状態でそういう事をいたしてしまったというのも虚しいものがあるので良かったというべきだろう。
俺にスッカリ身を預け眠り込んでしまっている月ちゃんにキスししようかとも思ったけれど、寝ている最中にそういう事をするのもどうかと思う。俺はそっと手を外し起こさないように起き上がる。
料理はあらかた食べ尽くされていて、シャンパンの瓶が殆ど空になっている。ケーキだけが残っている。そういえばお酒飲むのって久しぶりだったなとも思う。推理するまでもなく二人でお酒飲んで盛り上がり酔っぱらって眠ってしまったようだ。月ちゃんはお酒あんまり強くない方だし、俺もそう。
ふと壁にかけられた時計をみると九時四十分過ぎとなっている。五時くらいにパーティーを始めたから、三時間くらい寝てしまったという訳か……。
俺はハッとある事を思い出し、月ちゃんを慌てて起こす!
「百合蔵さん! 起きて! もうケーキ食べないと、門限に間に合わないよ」
月ちゃんはガバっと起き上がり、周りをキョロキョロする。
「あ……私、寝ちゃってた? ゴメン」
「いや、俺も眠ってて今起きた所」
その言葉に、ホッとした顔をする月ちゃん。多分貞操の危機が杞憂であったというのではなく、純粋に一人だけ眠り込んだわけではない事に安心したのだろう。時計を見てすぐに立ち上がる。
「じゃあ、珈琲いれるね!」
慌ただしく二人で珈琲とケーキを楽しみ、パーティーはお開きとなる。
駅までの道を送りながら、今日という日は何だったんだろうかと思う俺。楽しかったものの、残念な部分も大きい。
「なんかゴメンね、後片付けしないで」
「いいよ! 料理つくってくれたんだから、それくらい俺一人で出来るし」
俺の言葉にフフフと月ちゃんは笑う。
「でも、こういうのって結構面白かったね」
その言葉は間違えていないので、俺は頷く。でも、あんなミスを犯さなければ一歩先の段階に確実に行けていたのに、こういう結果になったのが悔やまれる。
「来年もさ、クリスマスこうして楽しみたいね」
その言葉の意味をよ~く考えて、大きく頷く。来年も二人っきりで一緒に過ごしたいという言葉は素直に喜ぶべきだろう。しかし一年後の予定に予約が入るとは有名レストラン並である。
「そうだね、もっと派手に盛り上がろう! 来年はね」
いろんな意味を込めた俺の言葉に、月ちゃんは晴れやかな笑顔で頷く。そしてそのまま手を振り改札を抜けていった。
一年後の僕らの関係ってどうなっているんだろうか? 少しは前に進んではいるとは思う。多分。
俺は月ちゃんが階段を登り姿が見えなくなるまで見送る。チョッピリ寂しくなった隣を感じながら寂しくマンションに帰る事にする。