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三十五センチ下の○○点  作者: 白い黒猫
三十五センチ下の発火点
15/18

満点

 TVで韓国人男性は、女性の荷物を全て持ってあげるといった内容のレポートをやっていた。

 普通のハンドバックなんて大した重さではないだろうとも思うのだが韓国人男性は『彼女が重いだろうから』と言って持ち、韓国人女性はそれが当然といった感じで手ぶらなデートを楽しむ。


 月ちゃんの場合は、怪我したら救急セット、ボタンが取れたらソーイングセットと、充電器、シミ取りシート、『こんな事もあろうかと思って』という感じで持っているものが多い。靴の紐が解けたからと結んでいる愛だに月ちゃんの鞄を一瞬持ったとき、思った以上に重くて驚いた。


 そういう事もあり、フェミニストというわけでなく『荷物、持とうか?』と歩いているときに言っても、彼女はブルブルと顔を横に振り『バック持ってないと、なんか落ち着かないの!』と断ってくる。スヌーピーに出てくるライナスか……。


 そして今、目の前の状況はどうしたものかと思って、月ちゃんを見ていた。今日の月ちゃんは彼女の胴体くらい入るのでは? という馬鹿デカイ紙袋を何故か持ち歩いている。その手提げ袋は小さい月ちゃんには持ちにくそうで、人にもぶつかりかなり大変そうだ。『代わりに持ってあげようか?』と声かけても、同じように彼女は拒否してくる。

 小柄の女性がそんな大きい荷物を持って、巨漢の男性が手ぶらに近いとなると、他の人の目からしてみても不思議な光景だと思う。


 紙袋の上から覗いてい見ると、ラッピングされた箱が入っている。誰かへの贈り物なようだ。友達の結婚祝いとかで、待ち合わせの前に彼女が急ぎ足で買ってきたというものなのだろう。それ程嵩張るものだったら、俺と映画観たあとに、夕方とかに一緒に買い物すればこんなに一日持ち歩くという大変な状態にもならなかったのにとも思う。それぐらい先に言ってくれれば付き合うのに。


 案の定、お昼食べるお店でも、映画館でも、あらゆるシーンで邪魔だった。


 そんな状態で一日を過ごして、夕方夜ご飯はどうしようか? と話していると、彼女は『待っていました!』と言わんばかりに顔を輝かせる。

「行きたい店があるんだ! 予約もしておいたの!」

 彼女が俺を案内したのは、ハワイアンなお店だった。冬だというのに無駄に陽気でテンションが高いアロハ姿の店員に誘われて店内の窓際の席に案内される。

 確かに冬だけあり、逆にこういう常夏感というのも楽しいのかもしれない。なんか意味もなく気分も盛り上がる。


 花火付きの、派手な色のドリンクで乾杯して、料理をつまみつつ会話を楽しんでいると、お店の照明が何故か落ちる。そして華々しくバースデーソングが流れ始めた。スポットライトに照らされ、そこにはココナッツのブラに腰みのみたいなスカート姿の女性が、花火をバチバチさせたケーキをもっている。

 その女性は、後ろからウクレレ等の楽器をもった音楽隊を連れ立って、バースデーソングを歌いながら店の中を歩き出す。それに合わせて歌う他の客もいて良い感じに店全体で盛り上がるホットな世界となる。こういうサービスもめでたい感じで面白い。その光景を見守っていたら、何故かケーキ隊は俺たちのテーブルの前で止まり、ケーキが俺達のテーブルに置かれる。


 ケーキをもっていたグラマラスなお姉さん店員は俺に向かって『ハッピーバースデ~ナギサ~♪』と俺の前にケーキを置き盛大に拍手してくる。そこで俺は自分が誕生日であった事を今更のように思い出す。月ちゃんはお店の中で一番嬉しそうなニコニコ顔でコチラを見ていた。


 俺が店中の注目を浴びている中で、蝋燭の火を吹き消すと、大きな拍手が沸き起こる。照れながら店員や他の客に頭を下げることで、このイベントは終了して照明も点き、他の客はコチラに興味もなくしたように仲間との会話に戻り、お店は先程までのなんら変わることのない状態になる。しかし俺だけはまだドキドキしていた。こんな誕生日って初めてだけど、実際されてみるとテンションも上がるし生半可なく嬉しい。


 月ちゃんにお礼を言おうと視線を向けると、月ちゃんはあの紙袋から出したであろうあの大きなプレゼントボックスを俺の方に差し出す。これは俺への誕生日プレゼントだったようだ。俺に持たせる事をあそこまで拒否してきた理由を理解する。

「ゆりちゃん、ありがとう」

 月ちゃんはペカっとした明るく笑う。

「いやね、もっとさり気無く普通に過ごしてからのサプライズパーティーにしたかったんだけど、この包みが思った以上に大きくなってしまって」

 ゴニョゴニョと何故か言い訳のような言葉を呟き出す。

「嬉しいよ! とても」

 本当は『嬉しい』とか『とても』なんて言葉じゃ足りない程感動していた。人って感動すると、言葉が少なくなるようだ。『人生で一番嬉しいバースデーになったよ!』『君の愛を強く感じて感激だよ!』映画だと、そんな感じの台詞が出てくるのだろうが俺はただ、しみじみと今のこの状況を感じる事しか出来なかった。

「しかも、こんなプレゼントまで」

 なんで、こんなカタコトになっているんだろうか俺は。情けない事に今の気持ちにピッタリな言葉が出てこない。

 行儀悪いけれど、ついもらった包みのリボンを解いてガサガサとすぐに開けていた。月ちゃんはそんな俺を怒るわけではなく、リボンを受け取り手で巻いて綺麗にまとめ、包装紙を畳んでとフォローするような行動をしてくれた。箱を開けてみると、冬用の暖かそうなシャツとマフラーと手袋のセットが入っていた。俺はあまり着ないようなお洒落な感じで色使いでなんか素敵だ。

「ごめんね、大きくて、荷物になっちゃうけど」

 俺は、すまなそうに言ってくる月ちゃんに対して首を横にふる。多分顔はにやけている。俺へのプレゼントだから余計に俺に持たせる事をしないで自分で持っていたんだろう。彼女こそ、こんな大きな箱持ち歩いているのも本当に大変そうだった。

「ゆりちゃんこそ、チッコイのに、こんな大きい箱を持ち運ぶのも大変だったよね? 俺のモノなら、最初に会ったときに贈ってくれたらもっと楽だったのに」

 月ちゃんは、クククと笑い顔を横に振る。

「それだと、渚くんが大変でしょ! それにサプライズにもならないし!」

 言ったあとに、月ちゃんが『あ』という顔をする。初めて『渚くん』と名前で呼んでくれた事に気がつく。

 そして俺も、『百合蔵さん』と呼ぶのも変なので『ゆりちゃん』と呼んでいる。


 いろんな意味で人生最高の誕生日になった。ただ残念な事に、お店を出た段階で月ちゃんからの呼び方は『なぎ左右衛門さん』に戻っていた。俺も、なんか恥ずかしくて『百合蔵』さんと、呼んだのが悪かったのは思うけれど。でも最高な一日だったのは間違いない。そんな悩みくらいは些細な問題と思えるほど楽しかった。

 一番失敗したなと思った事は三カ月前の月ちゃんの誕生日の事。こんな事なら、月ちゃんの誕生日もっと派手に祝ってあげるべきだったと後悔していた。


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