接触点
女性の言うところの『美人・可愛い』と、男性の言う所の『美人・可愛い』のズレって何だろうか? 大抵女性から『可愛い子だから、会ってみない?』と言われる女性は、言う程可愛かった試しがない。
その点、男の友達から紹介された彼女の方が、顔は可愛かったり美人だったりしたような気がする。
しかし、月ちゃんの『美人の友達』は、結構美人な事が多いようだ。とはいえ、直接紹介してくれた訳ではなく、カメラの中に入っていた社内旅行の画像を見せてもらっていた。こういう感じで、カメラの中身を平気で見せるというのは、社内において疚しい関係の人がいないんだろうなというのは分かる。
会社はアットホームで、みんな仲が良いというけれど、若い男性社員やおっさんに肩組まれ写っている月ちゃんの写真もある。内心コレってセクハラではないのかとも思いつつあえて余計な事言わずに次の画像を表示させる。ショートヘアーの女の子に背後から抱きしめられて頬を寄せて仲よさそうに写っている画像が現れる。月ちゃんって小さいせいかそういう感じで写っている写真が多い。
「女の子ってさ、よくこうして頬を寄せあって写真とるよね? なんで?」
月ちゃんは、首を傾げる。
「そういえば、男性はしないよね、男同士で」
「やるか! そんな事」
月ちゃんは、アハハと笑う。
「でも、女の子の肌ってすべすべして気持ちいいから、つい触りたくなるよね。そしてそれを出来るのが女の特権だし」
「そういうものですか……」
そう言いながら、月ちゃんの顔を改めてみる。確かに女の子の肌って滑らかな感じで触ると気持ちよさそうだ。ふと頬の方を見ると、鞄の中のものを探したときに下むいていたせいか、撥ねた髪が掛かってなんか邪魔そうだ。
無意識に手をのばし、その髪を払ってしまった。
月ちゃんもビックリした顔をしている。話の流れからいっても、おかしかったかもしれない。
「ゴメン、髪の毛が引っかかっていたから」
月ちゃんは、納得したように笑う。でも少し顔が赤く見えるのは気のせいだろうか?
「そういえばさ、今日の映画の主演女優のマリアンヌ・フェイスフルってさ、峰不二子のモデルになった人なんだってね。奇麗なんだろうね~!」
やはり照れたらしい、強引に話題を変えてきた。俺も照れくささもあり、その言葉にのることにする。
「とはいえ、今は六十超えているからね~オバチャンを通り越して、オバアチャンだし」
確かにセクシー女優で有名だった人物だけど、何分昔の事すぎて俺達世代には、いまいちピンとこない。しかも今回の役は、実際に平凡なオバアチャン役である。
「でも、ヨーロッパの女優さんって、ハリウッド女優さんに比べて年を重ねる毎に奇麗になる所があるよね」
確かに、良い年の取り方をする女優さんが、ヨーロッパの方が多いのは確かだ。というのもハリウッド映画の方が若い女優をメインにした作品が多く、若さや美しさが求められる事が多い。その点ヨーロッパは味わいを求め若さを求めない。
「ああいう風に、年取りたいよね~」
月ちゃんは、溜息つくようにそういう声をあげる。
「それには、今も良い女である必要があるのでは?」
俺の言葉に、月ちゃんは眉を寄せる。
「そこなのよね! だから今日は映画をしっかり見なければ。マリアンヌ・フェイスフルに女っぷりを学ぶぞ!」
もしかして怒るかなと思ったら、月ちゃんは奮起して妙な決意をしたようだ。
そうしてこっちみてニコッと笑う。
※ ※ ※
『やわらかい手』という映画は、元々月ちゃんが行きたいということで観ることにした作品。実はそんなに期待していなかった。だが、観てみるとなかなか面白い。
同時に、カップルで行くにはやや、反応に困る映画でもあった。
ある平凡な女性が難病の孫の治療費を稼ぐために、風俗で働き始める。そこで意外な才能を開花し評判になり……という物語。出てくる主人公マギーは小太りのオバチャン。そんな人物がなんで、風俗のような場所で働けるかというと、その風俗がかなり特殊なサービスをおこなう店だから可能なのだ。壁の穴から男性が×××を入れ、それを壁の向こうにいる女性は手でマッサージしてイカせてあげるというもの。邦題にもなった「やわらかい手」はマギーの滑らかで男性に快楽をもたらす非凡な手の事をさしているのだ。さすがにモノを見せるという事はないものの、壁に貼り付いた男性が喘いでいるというそのシーンは、観ているコチラが恥ずかしい。
それにしてもこんな風俗が本当にイギリスにあるのだろうか? 日本じゃ成り立たないような気がする。しかも直ぐ後ろに順番待ちの人間がズラリと並んでいる状況で、そんな事出来るのか? ハッキリいってあり得ないだろう! そんな状態。
自分の力でお金を稼いでいるという事実だけでなく、自分が認められ求められている状況に、今まで感じた事のない充実感を覚えマギーは生き甲斐を感じる。そしてどんどん奇麗になっていく。初めはコレがセクシーシンボルと言われた女性の慣れの果て? という感じで、半ばガッカリした気持ちで観ていたのだが、オバサンという印象は変わらないものの何とも色っぽく見えてくるのが不思議である。俺がグッときてやりたくなるかというと首を傾げるが、そう思う男性がいてもおかしくないなと思う程、艶やかに見えた。
チラリと隣をみると、月ちゃんはうっとりとしたような顔で画面を一心に見つめている。スクリーンの光をうけて、月ちゃんのキメの細かい頬が白く輝いている。その頬を無性に触りたくなった。でもこの状態で、いきなり触ったら驚くだろうから我慢した。
映画が終わり、映画の世界にまだ漂ってボーとしている彼女に声をかける。
「面白かったね」
俺の言葉に、月ちゃんは満足げな溜息をつき、大きく頷く。
「マリアンヌ・フェイスフル色っぽかった~なぎ左右衛門さんもグッときた?」
確かに多少はグッときた部分はあったけれど俺は首を横にふる。むしろ、今俺の下半身をウズウズさせているのは月ちゃんの方だろう。
「お腹すいたし、何か食べにいこうか」
月ちゃんの方に手を伸ばす。彼女の左手首に俺があげた時計が時を刻んでいるが見えてチョット嬉しい。差し出した手に月ちゃんも左手を伸ばす。
バチッ
何かが弾けるような音と、手に妙な痛み走り俺は手を引っ込める。
月ちゃんが『あっ』という顔をしてから、ヘラっと笑う。
「ゴメン、私、乾燥の季節は静電気体質で……」
静電気であったようだ。それにしても凄い音と、衝撃があった。
月ちゃんの言うとおり、その後手を握ろうと手を近づけるとかなりの確率で放電してきた。
月ちゃんの柔らかい手は、男をイカせるのではなく、誰これ構わずビリっとさせる危険なモノだったようだ。