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三十五センチ下の○○点  作者: 白い黒猫
三十五センチ下の発火点
12/18

転換点

 その日の月ちゃんは、思えば最初から何処かオカシかった。それは僅かばかりの違い。無駄にニコニコ笑っていて、なんかテンションが高い。笑顔があまりにも明るく華やかだから、笑っている印象の強い子だけれど、流石にいつもはずっと笑っている訳ではない。

「なぎ左右衛門さん、UFOキャッチャーの天才! 流石七代目なぎ左右衛門を名乗るだけある」

 賑やかなゲームセンターの騒音に負けないように大声で月ちゃんが話しかけてくる。大きいウサビッチとキレネンコのぬいぐるみを抱きしめて、月ちゃんは嬉しそうにはしゃいでいる。しかし何の七代目なんだ? 俺は。

「良い感じの角度で置いてあったからね~」

 とはいえこんなどうでも良いことでも、喜んでもらえると嬉しい。月ちゃんはニコニコと二つのぬいぐるみを見つめている。

「なんかさプーチンって、なぎ左右衛門さんに似てるよね」 

 えらい言われようである。

「どこがだよ!」

「なんというか。目がギョロっとして、ヌボっとしている所?」

 コレって褒め言葉ではないよな? 俺は首を傾げる。しかし、格好いい男性だと自分で思っている訳でもないけれど、彼女の目からはこんなキャラクターっぽく俺は映っているというのだろうか? と改めて惚けた感じのウサギのマスコットのぬいぐるみを眺めた。

「それって、良い意味でという事だよ!」

 俺が不満そうな顔をしていた事に気が付いたようだ。月ちゃんはあまりフォローになっていないような言葉を続けてきた。

 ゲームセンターでレースゲームや、シューティングゲームを散々楽しみ、二人で韓国料理のプコタン鍋のお店に入る事にした。

 プコタン鍋というのは、ジンギスカンの周りが鍋になっているという感じで、焼き肉としゃぶしゃぶ、最後はそのダシでラーメンと、一つで三パターン楽しめるという鍋。

 早速、プコタン鍋とチヂミなどの料理を注文する。

「飲み物はどうされますか?」

 実は俺も月ちゃんも、アルコールに強くない。二人だけで食べるときはソフトドリンクのみというのが常だった。俺はいつものようにウーロン茶を注文する。

「じゃあ、マッコリで!」

 しかし今日の彼女は意外な言葉を口にする。

「珍しいね、お酒頼むなんて」

 店員さんが去った後そう言うと、ヘヘヘと悪戯っぽく笑う。

「なんかさ、マッコリ最近流行っているから気になって」

 そんな話をしていると、飲み物がやってきて、二人で乾杯する。マッコリは月ちゃんの好みにあったようで、一口飲んで満足げな顔をする。

「なかなか、美味しいよ! なぎ左右衛門さんも、一口のむ?」

 月ちゃんからコチラにグラス差し出してくるグラスを受け取り一口飲んでみる。飲みやすいのは確かなようだが、アルコール度数は低くない感じだ。

 上の帽子のような部分で肉を焼いている間に、下の鍋部分で肉をしゃぶしゃぶしてプコタン鍋を楽しむ。

 月ちゃんは三杯目のマッコリを店員に頼んでいた。もう顔も真っ赤である。

「……あのさ、百合蔵さん」

 少し目をトロンとさせ『なに?』首をかしげる月ちゃんに、『そんなに飲んで、大丈夫?』と聞くつもりだったけど、うっかり違う言葉を切り出していた。

「何かあった? 辛い事とか」

 月ちゃんは、ビックリしたように目をまん丸にして固まる。

「……え?」

 言ってからしまったと思う。こういう事ってソッとしておいてあげたほうが良い事が多い。

「……いや、今日なんか変だから。妙にはしゃいでいるというか」

 でも、言い出してしまったら、引っ込める訳もいかないので俺はそのまま話を続けることにした。月ちゃんは珍しいものをみるかのように俺を見つめ、そして顔をフニャっと緩める。泣くかと思ったけど困ったように眉をよせ何やら考えているようだ。

「……うーん。嫌な事があったというのではないの。むしろ逆かな?」

 理屈っぽいだけに、いつも妙な言い回しをしてくるのが月ちゃんの会話の特徴。

「逆?」

 月ちゃんは、頷く。お酒が入っているせいか、動作がどうも大きく演技臭い。

「先日、久しぶりに懐かしい人と会話できて」

 『どういう人?』とか、人が話している時には下手に腰を折る言葉を挟まない方がいい。

「学生時代の先輩でね、電話嬉しかったんだけど……なんか今の自分ってどうなのかなと、考えちゃって」

「今の自分?」

 月ちゃんはフーと息を吐き、マッコリを一口のむ。

「その先輩にすごく応援してもらって、夢を見つけ美術系の大学に行ったの。でも今やっている事といったらその先輩に応援してもらった未来と全く違っていて、その落差に呆然としてしまって」

 つまりは、夢を叶えた友達と会話することで、夢を叶えられなかった自分が寂しくなったという事なのかな?

「百合蔵さんって、どんな仕事したかったの?」

 月ちゃんは俺の言葉に、悩むようにジッとテーブルに視線を落とす。

「デザイン系の仕事をしたかった。今の会社でも若干レイアウトの仕事とかはさせてもらっているけれど、デザイナーという意味ではほど遠い感じだしね」

「系?」

 月ちゃんは苦笑いしながら首を横にふる。

「アバウトだよね……。

 高校の時に自分の描いた絵が賞とった事があったの。それまでそういう意味で評価された事なかったから嬉しくて、そしてその先輩に褒められてさらに舞い上がって、自分はクリエイティブな仕事をして特別な存在になるんだ! そんな未来を夢みてさ……。

 でも実際はチョット絵が描けるだけの普通の人間だったというのは、自分で一番分かっている。でも先輩にはそういう道で頑張っている私を見せたかったかなと」

 俺には、月ちゃんとその先輩の関係というのがよく分からなかったので、首をかしげる。

「あのさ、そのデザイナーの夢って、百合蔵さんがなりたいから目指したのではなくて、先輩の為なの?」

 月ちゃんは俺の言葉に固まり、そして誤魔化すようにヘラっと笑う。

「馬鹿だね、そうだったのかも。『この子は凄いぞ!』ってその人に思ってもらいたかったからなのかも。その人に誇れる人生を歩みたかったから」

 女の友情というのはよく分からない。単なる先輩の為にそこまでするものなんだろうか?

「なんで、その人の為にそこまで?」

 月ちゃんは、ふっと遠い眼をする。

「初めて私の全てを受け入れてくれた人なの。良い子の私ではなく、ありのままの私でいいよと」

 お酒の所為なんだろう、月ちゃんが珍しくこういった内面の弱さをさらけ出す話をしてきている。ポツリポツリと語られていた言葉が、しだいに無くなり月ちゃんはそのまま黙ってしまった。その先輩との思い出に耽っているのだろうか? 言葉に詰まったというよりも、思考がスローになっていっているだけという様子だ。

「……俺の前でもさ、百合子さんではなく、百合蔵でいいよ! その方が俺も肩こらないから」

 二人の間に落ちた沈黙を、俺はついそんな言葉で破ってしまった。月ちゃんはビクっと顔をあげ、俺をまじまじ見つめそしてフフっと笑う。

「ありがと! でも私はなぎ左右衛門の前では、素のままの私でいれてるかも。なぎ左右衛門さんのキャラクターなのかな? なんかなぎ左右衛門さんの前では寛げる。なんかホッとする」

 フワリと笑う月ちゃんの表情と言葉に下半身にではなく、心にグワっとくる熱さを感じる。お酒を飲んでいないのに顔が赤くなるのを感じた。店内の照明が暗めで良かった。とはいえ半分酔っぱらっている月ちゃんはコチラの顔色なんて気が付いてもいないようだ。

「それにさ、何か特別な人間にならなくていいよ! 百合蔵さん今のままで十分凄いし、面白いから」

 俺の照れ隠しの言葉に、月ちゃんはポカンと俺を真っ直ぐ見つめてくる。そして顔を歪ませ泣きそうな顔で笑った。

 男は女の涙に弱いと言われるが、俺は鬱陶しいとか、厄介だからと思っていた。でも、今日別の意味でヤバい効果のあるものだと実感する。

「俺の前では、何もため込まないで。全て受け止めてあげるから」

 といった感じの、韓流イケメン俳優がドラマで言いそうな台詞をウッカリ言いそうになる。そんな恥ずかしい事、言わないけれど。こっちは素面だし。

「なかなか、良いダシ出てきた感じだから、そろそろ麺入れない?」

 代わりにそんな言葉をかける。月ちゃんはフフと笑う。

「いいですね~♪」

 月ちゃんはそう言っていつもの自然で明るい笑顔で笑う。人にため込んでいた物を漏らした事で少し楽になったのだろう。それなら良かった。

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