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三十五センチ下の○○点  作者: 白い黒猫
三十五センチ下の発火点
11/18

異常点

 呼び方が百合蔵となぎ左右衛門になって、かなり仲良くなったとは思う。でもそれは二人の時間を明るく楽しくはしてくれるが、打ち解けた空気は色っぽい方向ではなく、よりお馬鹿な会話を盛り上げる事になっていた。


 いつものように、待ち合わせの本屋で雑誌読んで待っていると、俺の読んでいる本を覗き込むような気配を感じた。視線をやると背の小さい女性が俺が読んでいる雑誌を見つめている。髪の毛にパーマを当てたのか、フワッとした髪型になった月ちゃんだった。

「わ、百合蔵さん! 何してるの?」

 月ちゃんは、ヘラっと悪戯っぽい顔で笑う。

「お待たせ~ いやえらく楽しそうだったから。何そんなに夢中に読んでいるのかと」

 別にやらしい内容を読んで居たわけではないけれど、自分はどんな顔して読んでいたというのだろうか? そう思うと恥ずかしくなる。

「別に、そんなニヤニヤしてないだろ?」

 月ちゃんは、何故か妙にニヤニヤした顔で首をかしげ考えるようなフリをする。

「うーん、ニヤニヤというより、嬉しそうにニコニコ♪ という感じ?」

 どういう顔をしてたというのだろうか? 本当にそういう表情を俺がしていたというより、からかって俺の反応を見て遊んでいるという感じだ。

「ところで、髪型変えたんだ」

 よく昔の彼女に、髪型変えたのに気付いてくれないと怒られてきた。しかしその場合、チョット毛先切ったとか、パーマをかけ直したとかいう感じで『分かるか!』という所が大きかった。しかし流石に、ストレートヘアーがウェーブヘアーになっていたら俺でも分かる。

 しかし、月ちゃんは何故か一瞬困った顔をして、そのあと作ったと分かるニッコリとした笑いをする。その表情に俺はアレッと思う。

 普通女の子って、髪型変えたの指摘してもらえると嬉しいものではないだろうか?

「うん、気分転換に、どう? 可愛くなったでしょ!」

 月ちゃんは、そう言ってフフフフフと笑う。なんか今日はなんかノリが不思議だ。意外に自分に対してネガティブな事を言う事が多い彼女が、こういう自分を上げた言い方するのは珍しい。

「ああ、カワイイ、カワイイ」

 月ちゃんは、目を細めてチトっと俺を見上げてくる。

「棒読みだね~。ま、良いんだけどね、誰かの為にとかいうのでもないから」

 髪の毛を掻き上げてながら、月ちゃんはらしくない大人っぽいアンニュイな表情をする。その顔にドキっとする。

「じゃあ、取りあえず劇場行こうか! チケット押さえないと」

 気のせいだったのだろうか? 月ちゃんはいつもの表情で俺を促す。髪型が変わったから少し大人っぽく見えただけなのだろう。

 この日、月ちゃんから誘われた映画は、韓国のラブロマンス『貴方の初恋探します』という映画。正直観たいとも思わなかったけれど、この映画は映画でラブロマンスらしくて良いかなとも思い承諾した。しかし韓国映画も、サスペンスやアクション映画はかなりハードな内容だというのに、ラブロマンスとなると逆になんとも甘すぎる世界をみせていく。この振り幅は何なんだろう?

「しかし、今日てっきり、ずっと言ってたアッチを観たいというかと思ったけど、なんでコレ?」

 月ちゃんはまた、チョット困った顔をする。

「なんかさ、こういうベタっぽいラブコメの世界に浸りたい事ってない?」

 俺は人生において、そういういう気分になった事がなかったので首を傾げる。

 しかし、もう少し深読みして考えてみる。そろそろラブラブワクワクした関係を築きたいという意思表示ととって良いのだろうか?

「偶にって、百合蔵さんは少女漫画はいつも読んでるるでしょ?」

 月ちゃんはキョトンとして首を横に振る。

「姉や兄が家にいた時は借りて読んでだけど、自分では買わないから、最近は読んでないかも。そう言う意味で女子力不足してるから、こうして摂取したくなるのかも」

 姉は分かるが、何故兄の存在が此処に出てくるのだろう?

 そう言った後に、月ちゃんはニヤニヤする。

「なぎ左右衛門さんも、妹さんと漫画とか回し読みしたの?」

 俺は、うざいので極力妹と関わらないようにしてきたから、そんな思い出はない。

「無いな~。百合蔵さん家は仲良いんだな」

 月ちゃんは何故か、『ウーン』と言いながら首を傾げた。月ちゃんは家族の話をするとこういう顔になる。

 甥っ子が来たから遊んだとか、それなりに平和な一家団欒の時間を過ごしているようなメールもしてくるのに、『楽しそうだ』とか、『仲良いな』とか言うと、照れではなく否定の言葉をゴニョゴニョ言ってくる。まあ、俺も口うるさい妹や父親の事聞かれたら思いっきり顔をしかめそうだし、家族ってそんなものかな? とも思う。


 そして映画に話を戻すと、内容はバリバリ仕事は出来るけれど恋には不器用なヒロインが見合いの返事をする前に、銀行をリストラされた男が始めた初恋探すという会社で、初恋と向き合うことで先へと進もうと考えるが、といった物語。最初はマイナス印象だらけのヒロインと捜査員が、共に行動していくうちに互いの良い所が見てきて……というベタな展開で、見ていてコチラが恥ずかしくなってくる内容だった。それなりに楽しみながら、隣の様子をソッと伺う。逆に女性はこういう映画どんな顔で観るものが興味覚えたから。そして、俺は月ちゃんを観て戸惑う。


 泣いていたから。


 映画の内容もシーンも全く泣く内容でないところで。流石に号泣というわけではなく、静かに瞳に涙を称えているという感じで、小さな瞳に収まり切れなくなった涙が今まさに溢れて落ちるそんな状態だった。


 昔付き合っていた彼女がいきなり泣き出して慌てた事があった。その時はその子はコンタクトで眼にゴミが入りどうしようもない状態になっていたというオチだった。でも月ちゃんは裸眼だし、そう言う状態でもなさそうである。


 上映中で声かけるわけにもいかず、かといって俺が汗拭きまくったハンカチを差し出すのも何だし、何らかの反応を示すのも躊躇われた。俺は、気付かないふりをしてスクリーンに視線を戻した。


 映画が終わり、劇場が明るくなる。俺は、恐る恐る隣に目をやると、月ちゃんはコチラを見てアッカルイ顔でニカッと笑う。

「ベタなんだけど、そこがまたいい感じで、楽しかったね!」

 俺は、その言葉に曖昧な笑みを返す事しかできなかった。映画の内容からも、月ちゃんがそう言う表情でそう言う感想を述べるのは、真っ当であるのだが、俺にはその笑顔の後ろに先程の泣いていた月ちゃんの表情が透けて見えた気がした。

お気づきかもしれませんが、「半径三メートルの箱庭生活」の二章「三メートルの世界 <2>(から地下一メートル)」直後の話になってます。

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