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三十五センチ下の○○点  作者: 白い黒猫
三十五センチ下の発火点
10/18

変更点

 行き詰まったとき、一旦問題から目を離し、結果を見据えアプローチの仕方を大きく変更する。こうすることで、意外に物事は上手くいくものである。

 プロジェクトの進行の際も、プログラムがエラーばかり起こし填ってすなうどうしようもなくなる事がある。その時上手くいかない工程を一旦置いて、違う方向から結果を求めて考えると意外に上手い手が見つかることがある。


 こないだのオフ会で、皆が『月ちゃん』と呼ぶ関係で、つられて俺も『月ちゃん』と彼女を呼ぶようになった。そうすることで、『月見里さん』よりかははるかに近い存在に思えるようになるのが不思議だ。彼女からの呼び方は相変わらず『大陽くん』のままだけど……。


 この『月見里さん』とか『大陽くん』つけの呼び方が、二人の間にどこかよそよそしさを作り出しているのではないかと気が付いたのだ。しかしいきなり『百合子』と名前で呼び捨ては出来ないし『ゆりちゃん』なんて恥ずかしい事もいえない。また『大陽くん』という呼び方も、出来るなら変えたい。ではどうすればいいのか?


 馬鹿な事考えていると、携帯が震えメールの到着を知らせる。

 『ねえねえ、歌舞伎いきませんか! 今お客様の所にいったらチケット頂いたの♪

日時は――』

 歌舞伎なんて行ったことないけれど、あの独自の世界は面白そうだ。それに月ちゃんとなら、何でも楽しめそうだ。おそらくメールしてくるという事は外勤の帰りなのだろう。それにもらった直後に一番に俺に聞いてきてくれる所が嬉しい。

『歌舞伎なんて初めて! 是非是非、行こう』

 即刻メールを返す。


 ※   ※   ※

 

 初めて訪れる歌舞伎座は、もう入り口からあの独特な空気が漂っている。入り口にいるチケットを切る女性もなんか品格があり、ついコチラも畏まってしまう。こういったモノはポップスとかロックのコンサートしか行ったことなかっただけに、いろんな事が新鮮だった。客層がまずそういったイベントとは違っていて、年配な方が多くどこかモダンで良い意味で大人な感じの人間が多かった。

 月ちゃんも今日は歌舞伎に合わせてか畏まった格好をしていて、珍しくお嬢様っぽいワンピースを着ている。白のニットワンピースというのだろうか?柔らかいフォルムのその服は、月ちゃんをより優しく見せていた。

 女の子は、衣装によってイメージがこうも変わるのも面白いなと思う。もともと大人しめな顔なので、あのヘラヘラ笑いをしてなければ、結構お嬢様っぽくも見えなくはないようだ。

 可愛いとも思ったけど、つい口から出たのは『馬子にも衣装だね』という言葉で、チョット睨まれてしまった。

 いままでのデートにおいて、自分の何がいけないのかは、なんとなく分かっているものの。どうしてこういう部分って直す事が出来ないものなんだろうか? 

 とはいえ月ちゃんは、初めて訪れるという歌舞伎座の様子に夢中になって、そういったやりとりは忘れているようだ。

「なんか、こういう空気も楽しいね! 歌舞伎座入った瞬間から歌舞伎が始まっている感じで」

 俺の言葉にニコっと笑い頷く。

「ミュージカルの劇場とは、また違う味わいがあるよね。ここの空気感って」

 月ちゃんはそういってニコニコ笑いかけてくる。確かにコレが伝統芸の面白さなんだと思う。培ってきた年月による、歌舞伎関係者と客との一体感というものがそこにはあった。俺がよく行くサッカーもそうだ、選手だけが試合を作るのではなくて、監督・コーチ・スタッフ、審判だけでなく、そこにサポーターが共に盛り上がった上で最高の試合が作られる。 歌舞伎もそうなんだろう。

 それがライブならではの面白さ。こうやって色々二人で楽しむのも良いかなとか、そういう事を考える。


 演目も四谷怪談ということで、知っている物語だったこともあり、すんなり世界に入ることが出来たのも良かったのかもしれない。 

 また、絶妙なタイミングで入る『○○屋!』といった合いの手が、気持ち良く場を盛り上げつついい緊張感を与える。映画とは異なり劇場にいる全員で舞台を作っている感じが本当に面白かった。


 月ちゃんもいたく感動したようで、観る終わったあとの喫茶店で大きな感嘆の溜息をつき、まだ世界に浸っていた。

「ありがとう、すっごい面白かった!」

 俺の言葉に、月ちゃんは嬉しそうに笑い頷く。

「本当、取っつきにくい世界だと思っていたけど、入ってみると気持ち良い世界なんだね」

 確かにあの絶妙の緊張と興奮は、歌舞伎ならではのものなのかもしれない。

「また、あの、かけ声が良いよね」

「大陽くんは、やろうと思わなかったの?」

 月ちゃんはニヤリと笑いコチラを見上げてくる。俺は慌てて首をふる。あれは初めてきた人が出来る芸当ではない。確かにやって決まったら気持ちよさそうだけど、外したら舞台そのものを台無しにしてしまいそうで怖い。

「いままで、海老蔵とか、変な名前と思っていたけど、こういう世界だから填るんだよな」

 その言葉に、何か思いついたのか悪戯っぽい笑みになる。

「なら、大陽くんも『なぎ左右衛門』とかに名前かえてみる?」

 なんじゃそりゃ? と思う。

「ならば、月ちゃんは 『百合蔵』になる?」

 そう言って二人でブブっと吹き出す。

「可笑しすぎる、でもソレなんかハマル!」

 本当にツボだったのか、月ちゃんは笑いすぎて涙を流している。

「なら、これからは呼んであげよう、百合蔵さん! とね」

 こうして、俺達は名前? で呼び合える関係になった。しかし何故だろうか『なぎ左右衛門』と『百合蔵』では、色っぽさに欠ける気がするのは気のせいだろうか? でも、さらに二人の関係は近くなった……よね? ……多分。

 このイベント以降、俺は彼女をサッカーに誘ったり、彼女はミュージカルの舞台に誘ったりとイベントの幅も広がった。

『一緒に行っていた友達に彼氏が出来て、付き合ってくれなくなって』

 とかいう言い方だけど、逆に友達に取られてしまっていた月ちゃんの時間が俺のモノになったというのは良かったのかな?

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