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三十五センチ下の○○点  作者: 白い黒猫
三十五センチ下の沸騰点
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接近点

近距離恋愛シリーズの第四弾。それなりに重要な人物のわりに存在感がない、大陽渚を主人公にした物語を書いてみました。『半径三メートルの箱庭生活』のサイドストーリーです。黒沢明彦、星野秀明とは違った感じに見える、月ちゃんを楽しんでいただければ嬉しいです。

 挿絵(By みてみん)


 女ってとんでもなく面倒な生き物。それが俺の正直な認識だった。

 まず一番身近にいる女性である妹は、非常に我が儘。家の事も何一つしないくせに、文句だけは一人前で態度もデカイ。一人娘ということで両親が甘い事を良いことに、自分の意思が通るのが当たり前と思い、そうならないとキレる。ほっときゃいいのだが、俺もそれを冷静に指摘するので、ますます爆発させ大喧嘩となってしまう。世間で妹が可愛いとか言っているヤツが、正直羨ましい。可愛いと思った事が俺にはない。


 今まで付き合ってきた彼女だって揃いも揃って怒りっぽかった。『大陽おおようくんは、女心がまったく分かってない』『デリカシーがなさ過ぎ』といった不満をすぐに口にしてくるのだ。

 仕事で休日会えなくなったといったら怒り、俺の着ている服がダサイから恥ずかしいと怒り、話を聞かないと怒り、話がつまらないと怒り、怒る場所をいつも探しているかのような状況に俺もウンザリしてくる。俺も反論してしまうので喧嘩になり愛も冷め別れてしまう。そんな事を繰り返してきた。

 女性が癒しどころか、逆にストレスの生産者状態。独り身の方が、自由できままな生活を楽しめるというのも皮肉なものである。


 俺は仕事の空き時間に、ネットでニュースや映画情報をチェックしていた。相手先からの回答待ちの為にすることもなかったから。

 そんな時に机の上にあった携帯が震える。くだらないDMかな? と思ったものの、つい見てしまうのが現代人の悲しい習性。見てみると、『月見里つきみさと百合子』と画面に表示されている。

 幼なじみ? チョット違うか、小学校時代の同級生。先月の同窓会で会ってから、互いに映画好きということでメールのやり取りを楽しんでいる、そんな関係。所謂メル友というのだろうか?

『[スナッチ]観てきましたよ! イギリスのコメディーって独特のノリとテンポが変で、それが面白かったです。コメディーだし大陽くんも楽しめそうです!

〔デスペラード〕どうでしたか? バンデラスが無駄に格好良かったでしょ?』

 脳天気そうな彼女の口調そのままの文章につい笑ってしまう。同窓会が殆ど初対面という状況の彼女は、なんかずっとニコニコとしていて、惚けた事を言っては周りを笑わせているそんな感じの人物だった。その後帰りが同じ方面のメンバーで飲みに行ったときにみんなでメール交換をしたのだが、他のヤツは忙しいのか、彼女がマメなのか、この二人でだけやりとりだけ続いていた。

『なら、今度観に行ってみようかな。

そうそう[デスペラード]観ました。確かにバンデラスは無駄に格好良かったよ。

でも流石に俺は男だから月見里さんの言うように「キャー、バンちゃん素敵~」とはならなかったけどね――』

 暇だったこともあり、直ぐに返信を打ち始める。

『たまには、一緒に映画でも観に行く?』

 アレ、なんか勢いで余計な事を最後に書いたような気がする。送った後に気が付いたけど、そのタイミングで仕事が動きだし、そのまま晩ご飯を食べる時間もないまま、朝までの作業が始まってしまった。


 営業が悪いのか、相手の説明が悪いのか、よくある『言った』『言わない』の今更の仕様変更。先に言ってくれれば、その事も想定したうえでプログラムも組めてここまで苦労もしなかったのだが、結局修正といういうよりもほぼ作り直しに近い作業にホトホト疲れ果て、始発の電車に揺られているときに携帯に月見里さんからの返信が来ているのに気が付いた。

『かまいませんよ。なら今週でも行っちゃいますか。

何か観たい作品ありますか?』

 一瞬ボーとした頭で、何の話だったけ? と考え映画の事かと思い出す。今週末公開されている映画が何だったかも思い出すのもかったるい。

『OK~!

映画は、月見里さんが観たいのでいいよ』

 そう返信しておいた。微妙に好きな映画の方向が違っていて、彼女の好きな映画って俺にとってあまり面白くないものが多い事をこの時すっかり忘れていた。


  ※   ※   ※


 俺のやっているSEは仕事が荒れると、文字通り荒れる。本当に生活から心から身体までボロボロになる。今日こそは早く帰りたいと思うものの、仕事が大きく動くのが決まって夕方からで、帰るに帰れない日々が続いていた。というか今週になって、零時より前に帰れた試しがない。

 一旦、先方に作成したところまでのデーターを送り返事待ちの間、ボーとした頭で携帯の画面を眺めていた。

『上映スケジュール見てたら[シングルマン]今週末で終わりそうなのに気がつきました。

それでも良いでしょうか?

大陽くんというか、男性は苦手そうだけど大丈夫?』

(シングルマンって、どんな映画だったっけ?)

 なんか聞いた事あるような気がするけれど、いかんせん疲れて思い出せない。タイトルからいって、独身男のドタバタコメディーかな? と俺は勝手に解釈する。

『いいよ~ソレで。

面白そうだよね。待ち合わせはどこにする?』

 激務の合間に、月見里さんとまったりとしたメールのやりとりを続けている内に、土曜日に渋谷で待ち合わせるとに決定してした。

 そういえば女の子と映画いくのって一年ぶりくらいかもしれない。しかし中高生でもないからそんな事にワクワクする時代もとっくに終わっている。平均睡眠時間二時間くらいという一週間を過ごした俺は、何の感情の揺れもないまま土曜日を迎えることになった。

 月見里さんも、一緒に映画を観に行くという事に関しては、同じくらいフラットな気持ちなのだろう。

『今週仕事が荒れていて、もしかしたら土曜日も出勤になるかもしれない』

 そんなメールを木曜日に出したのだが、同情はしているけれど残念そうでもないアッサリとしたメールが返ってきた。俺が休みであろうとなかろうと、彼女は『シングルマン』の映画を楽しむ休日を過ごす。俺が『いる』『いない』は大した問題ではないらしい。


 『春眠暁を覚えず』という言葉があるが、春だというのに暁のインパクトが何故か強い一週間が終わる。

 約束の日も仕事が終わったのは朝四時だった。もう身体は限界で動きたくもなかったので七時まで自分のデスクで仮眠をとり、そしてマンションに帰った。シャワーを浴び、冷蔵庫から出したコーラを飲み少しスッキリした所で着替えて渋谷へと向かう。自分からした約束だし、疲れているからと断るのもなんか悪い気がしたから。 

 あくびをしながら渋谷の待ち合わせ場所に向かうと、待ち合わせ時間五分以上前だというのに月見里さんは既に待っていた。

 細身のジーンズに、ブルーのボーダーのインナーにカーキーの上着に鮮やかなブルーのバックという、なんとも軽快な格好だった。女の子らしいとは言えないけれど、ショートヘアーの彼女によく似合っていた。

 俺に気がつき、嬉しそうにニッコリと笑い手をブンブンとふってくる。その明るい笑顔で、眠気と疲れがチョット吹き飛んだ気がした。身長は百五十センチちょっとしかなさそうだけど、元気があって妙な存在感がある。

「久しぶり」

 メールをしているから、気がつかなかったけどそういえば会うのは一ヶ月ぶりになるのかもしれない。挨拶を返す俺に、『でも、良かった~』と心底嬉しそうニコニコしている。

「ん、何が?」

「実は、久しぶりで、大陽くんの顔どんな感じだったか忘れていて……見つからなかったらどうしようかと心配してたの」

 俺はその言葉に、苦笑するしかない。そんなに印象薄いって言われたのは、生まれて初めてだ。身長が百九十センチあって、ガタイもよいことから、『威圧感ありすぎる』と、文句を言われたことはあっても……『発見できないかも』なんて言われた事は初めてで驚く。

 嬉しそうな彼女の笑みは、俺が映画にこれた事ではなく、俺を発見出来た事にあるようだ。

「でも、デカい人が近づいてきて、あ! コレだ!って、ピンときたの」

「目立つ体型で良かった」

 月見里さんは、『だね! その体型は便利でいいよ待ち合わせには!』といいながら頷く。彼女の脳天気な笑顔につられ、俺もつい笑ってしまう。

「じゃ、とりあえずチケット押さえてから、お昼でも食べますか!」

 そう言って、彼女は力強く歩き出す。劇場の場所を知らない俺はその後をついて行くことにした。


シリーズ第四弾とありますが、この章は弾三段よりも前の物語です。時代的には、月見里百合子の社会人三年目の春から夏の物語です。

より詳しく言うと『半径三メートルの箱庭生活』の第一章、『伸ばした手のチョット先にあるお月様』の三章の裏で繰り広げられていた話です。


【物語の中にある映画館】にて

「シングルマン」

http://ncode.syosetu.com/n5267p

の解説があります。

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