噛み合わずに引っ掻く
国際的に有名な女子魔法学園にて、同じクラスで同じ委員に所属する二人の少女がいた。友人というほど親しくはないながらもそれなりの付き合いをしていた二人の仲は、とある少年と出会ったことで一気に拗れていくことになる。
「ティア!」
明るい声で呼ばれて、ティアは振り返った。
帝国を始めとする複数の国家にまたがる中立地帯に位置する、女子魔法学園でのことである。
この学園には様々な国から身分を問わず魔法力に優れた生徒が集まる。例によって、ティアに声をかけたセアラという少女も平民出身である。
セアラの顔を認めて、ティアは微笑んだ。
「こんにちは、セアラ。今日も元気ね」
「ありがとう、ティア。あなたは今日も可愛いわね」
気軽に声をかけて、セアラはティアの隣に並んだ。
「どうしたの?」
「ちょっとお願いがあるんだけど……」
セアラが上目遣いに甘えた表情を作る。
「実は、放課後に大切な用事が入っちゃったの。委員会の仕事を代わってくれない?」
思わずというように、ティアは呆れた顔をした。
「あなた、先週も先々週も同じことを言っていなかった? なんだかわたし一人で図書委員の仕事をしているみたいだわ」
判りやすくティアが怒った顔をして見せると、セアラがわざとらしく視線を逸らした。
「本当に、仕事したいとは思ってるのよ? ……いつかは。でもでも、イケメンからデートに誘われちゃったんだもの!」
「どうして図書委員に入ったの? 図書委員なんて本好きばっかりなんだから、誰も話が合わないんじゃないの?」
「だって、カウンターに座ってれば良いだけだと思っていたんだもの。配架の整理やら特集の準備と展示やら、そんなに面倒臭い仕事だと思わなかったのよ」
図書委員会ではむしろ特集の準備こそ、最も熱の入る仕事だった。毎月の企画会議で熾烈な争いが起きていることを知っている身としては、セアラは根っから彼女たちとは気が合わないだろうなと理解できる。
ティアは頭の中で天秤を傾けた。どうせ図書委員の仕事をしていても暇な間は勉強や読書をしていても自由だし、それよりもセアラがこのまま仕事をサボることで同じクラスのティアが巻き添えをくらうほうがよほど迷惑だ。
これでティアが本当にセアラと仲が良いのであれば、セアラに仕事をさせるのがセアラのためになるだろう。
けれどティアとセアラはクラスメイトであり同じ委員会であるというだけで、知人というには近しく、友人というには遠いという程度の関係である。ティアは説得という選択肢を放棄した。
ティアは嘆息して、重々しく頷いた。
「……仕方ないわね。学食くらい奢ってよ」
「もちろん! 助かるー!」
そう言いながら、セアラが本当にティアに何かを奢ったことなど一度もない。つまりセアラとは、そういう少女なのだった。
とある廊下の突き当たりで、ティアは声を上げた。
「じゃあ、わたしはお昼を外のレストランで食べるから」
学園には、複数の学食やレストランが用意されている。ティアが向かう庭園のレストランは、その中でも価格帯の高いお店だった。
「えー、良いなー。ちょっとお昼に食べるには高いんだよなあ、あのお店は。たまの贅沢になら良いんだけど」
無邪気にそう言って、セアラがふと思いついた顔をする。
「あっ、もしかして皇女殿下とご一緒?」
慌てて、ティアは周囲を見回した。暗黙の了解ではあるが、公然の事実ではないのだ。
「ちょっと、この学園で身分のことを持ち出さないの! ただのメルよ」
「でも、帝国の第一皇女メーヴィス殿下だっていうのは、みーんな知ってることよ?」
「建前というものがあるってことよ」
この学園は身分にも国籍にも関係なく、ただ魔法学の才能に溢れるものだけが通うことができる。自分の才能と努力のみに依るべしという理念を謳っているので、身分をひけらかすような真似ははしたないこととして嫌われた。
とはいえ、大陸随一の国力を誇る帝国の第一皇女はあまりにも有名である。隠しようがない、顔も名前も知れ渡っている第一皇女は、愛称の一つであるメルという名前で学園に通っていた。
よほど世俗に疎い人間でなければ――この特殊な魔法学園においては、その『よほど世俗に疎い人間』もそれなりに存在するというのが実情だが――、本学の生徒であるメルが第一皇女であることを知っている。それでも誰しもが、メルをただの一人の生徒として扱っているのだ。
実際には裏で色々と思惑は動いているのだろうけれど、少なくとも表向きは、そういうことになっている。
「良いなー、わたしも皇女殿下とお友だちになりたい。ティアばっかりズルいわ」
「わたしは図書委員で、メルのお友だちのノーマと仲良くなったから……。じゃあ、あなたも図書委員の仕事をする?」
「それとこれとはお話が別よー」
ころころと笑って、セアラは身を翻した。
「じゃあね、ティア」
「えぇ、セアラ」
ティアにとってセアラとは、友人と呼ぶほど親しくはない、多少は困ったところのある、けれど完全に憎みきって遠ざけるほどではない、その程度の温度感のクラスメイトだった。
それが崩れたのは、ティアと珍しくセアラが図書委員の仕事で買い出しにでかけた先でのことである。
見目の整った一人の少年が、二人に声をかけたのだった。
***
少年と出会ってから、セアラは露骨に変わった。
ただでさえサボり気味だった学園の雑用仕事などを本当に一つも手伝わなくなり、服装もどんどん派手になっていった。以前は仲の良かったセアラの友人たちも、戸惑って遠ざかっていったのに気にしていないようだった。
魔法学園は補助魔道具などの都合もあって、服装の規定はかなり緩いことが多い。ティアたちの通う学園も同じだった。
その中でもセアラは、少しばかり浮くようになっていった。
魔法士というのは基本的に、魔法礼装などで能力を底上げする意味もあってどちらかといえば着込むことを好むものだ。それがまるでそこらの女子学生のように、派手な服装を好むようになっていったのだ。
服装だけではなく、物言いも変わった。
以前は朗らかでもあり図々しさもあり、多少の問題がないわけではないがとっつきやすい性格だったのだ。それがどんどんと周囲を見下すようになり、ついには以前は仲の良かった友人たちに恫喝のような声を上げることもあった。
教師たちはセアラの様子が変わったことを気にしつつも、今のところクラスの雰囲気が致命的に悪化したわけでもなく、嫌がらせや暴力事件などが起きているわけでもないので、ひとまずは傍観の姿勢らしかった。
そんなセアラはどうしてだか、以前よりも積極的にティアに話しかけてくるようになった。ティアの友人たちが怪訝そうにしているのにも気づいていないように、ティアに声をかけてくる。
ティアは図書委員の仕事もあってセアラと交流を絶つわけにもいかないので、ほどほどの交流を続けていた。
そんなある日、いよいよセアラは大はしゃぎでティアに話しかけたのだった。
「ねえ聞いて、ティア! わたしね、貴族になるのよ!」
セアラが平民出身であることを知っていたので、ティアは驚いてちょっと眼を見開いた。
「えぇとそれは、親御様か誰かが叙爵されるということ? 凄いわね」
「いやね、そんなわけじゃない! わたしのパパはただの商会の従業員よ」
では何故だろう、とティアは首を傾げた。その様子に自慢げに鼻を鳴らして、セアラが笑う。
「実はわたし、伯爵令息様と婚約することになったの! しかも跡取りだそうだから、次期伯爵様よ!」
本当に予想外のことだったから、ティアは声を上げた。
「まぁ、それは凄いわ。おめでとう。魔法学と並行じゃあ大変だと思うけれど、貴族のお勉強も頑張ってね」
「……ティア、あなた……」
ティアは心から、祝いと応援の言葉を告げたつもりだった。だというのに、どうしてだかセアラは急激に機嫌を悪くした。
「あなた、隠さなくて良いわよ。ちょっとは悔しそうな顔をしたら?」
本当に心当たりがなかったので、ティアは首を傾げた。
「ティアったら覚えてる? 二か月くらい前に二人で買い出しに行ったときに、男の子から声をかけられたこと!」
「……? えぇ、覚えてるわ。それがなーに?」
「その男の子が、実は伯爵令息様だったのよ! お忍びでお出かけされていたときに、わたしたちと出会ったのですって!」
「まぁ、そうなのね。凄い偶然だわ」
「……」
何を求められているか判らないまま返し続けていたら、セアラは言葉につまり、俯いて震え始めた。
ティアにして見れば、それは突然の爆発のようだった。
「……あなたって、いっつもそう!」
やり取りは教室で行われていたので、いつの間にかクラスメイトたちが息を飲んで二人の会話を見守っていた。セアラの大声に驚いた何人かの生徒が、小さく悲鳴を上げた。
「あなただって気づいてたでしょ、あの男の子はね、最初は、あなたが! ……あなたを! あなたに! ……あなたが気になって、声をかけてきたのよ! わたしなんか眼中になかったってわけ!」
実のところ、ティアはそのことには気づいていた。何しろ声をかけてきたときに、例の少年は明らかにティアと二人で行動をしたがっているような顔をしていたからだ。
ただそれは、ティアにとって大したことではなかった。
けれど、どうにも、それがセアラには大したことだったらしい。
「あなたのことが好きになって声をかけてきた次期伯爵様を、わたしが落としたってわけ! お陰でわたしは次期伯爵夫人様よ! 本当にありがたいことね!」
「……? そうなのね、おめでとう」
よく判らないながらもせめてもの礼儀でにこりと微笑んで返せば、セアラはいよいよ卒倒しそうなほど激高したようだった。
「いまのが嫌味だって判らないの!? あなた、少しくらい悔しそうな顔をしたらどうなのよ!」
「そう言われても……」
本当に困惑して、ティアは首を傾げた。
「わたしは故郷に、お慕いする方がいるわ。他のどんな方から想いを頂いても、最初から応えられないもの」
「あなた、本当に、いつも、いつも、そうやって……!」
セアラがワナワナと震えている。
「いっつも上から目線で、わたしのことを馬鹿にしてるんでしょ! これからはわたしのほうが偉いんだから、少しくらい媚びてみたらどうなの!」
「今までにも何度か、指摘したことだけれど」
あくまで丁寧に、ティアは微笑んだ。
「この学園で、身分をひけらかすことはみっともないことよ。それはつまり、自分の才能と努力では戦いの土俵に立てないと申告しているようなものだもの。……それこそいずれ伯爵夫人になるのなら、そういう場に応じた振る舞いも身につけたほうが良いんじゃないの?」
「――ティアァ!」
セアラが飛びかかってくる。生徒たちが悲鳴を上げるのと、教師が拘束の魔法を飛ばすのは当時だった。
「セアラ、ティア、何を騒いでる! 二人とも、職員室に来い! 事情を聞こう。他の生徒たちはいったん自習するように!」
***
「……それで、概ねはセアラが悪いけれど、騒ぎが大きくなったのはわたくしが不用意に挑発したのも悪いと、先生から叱られてしまったのです……」
ティーカップの口を指先でなぞりながら、ちょっと拗ねた口調で、ティアはそう言った。
ティアの向かいに座る男は、笑いを堪えたような顔をしている。
「まあ、正論を言えば良いというわけでもないからね」
そういう男は、帝国の第一皇女であるメーヴィスの兄、つまり第一皇子にして皇太子であった。
同時に、帝国の侯爵令嬢であるティアの婚約者でもある。皇太子は慣れた口調で、ティアの本当の名を呼んだ。
「それで、クリスティアナ。そのあとはどうなったの?」
「それが、セアラが妊娠していることが判りまして。先生方の制止を振り切って、セアラは学園を辞めてしまったのです」
クリスティアナの通っている魔法学園は長命の亜人種も在籍しているし、そもそも人間であっても卓越した魔法士には長い寿命を持つ者が多い。最初から色々と特殊な学園なのである。
だから妊娠したにしても出産したら、なんなら子育てが落ち着いてからでも気にせず戻ってくれば良いと、教師たちはセアラに退学ではなく一時的な休学を勧めたのだ。しかしセアラは伯爵令息と婚約したのだからもう魔法の知識など不要だと、引き留める声を振り切ってそのまま学園を辞めてしまった。
それを聞いて、さすがに皇太子は仰け反った。
「あの学園はどんな国の王族や貴族でも資産家でも、入りたいからというだけで入れるものじゃないんだよ。本当に特別な才能が必要なんだ。あの学園は完全な中立の立場にあって、どんな国家権力の思惑も届かない。あの学園で国際魔法士の資格を取れば一生困らないのに、勿体ない!」
「伯爵夫人になれるのだから魔法士の資格など不要、と思ったのかも知れませんわね。知識と技術を持っているに越したことはないと思うのですけれど……」
「魔法は国と民を豊かにする。魔法の研鑽は、貴族としての義務の一つでもあるからね」
頷いて、皇太子はいっそ感嘆したように顎に指を添えた。
「それにしても、あの学園の生徒としては珍しいタイプだね。あの学園じゃあ、卒業後には魔法と結婚したつもりでいるって女性も珍しくないでしょう」
「いいえ、魔法に熱中するあまり結果的にそうなることはあっても、最初からそのおつもりでいらっしゃる女性はさすがにそれほど多くはありませんけれど」
皇太子の思い込みをきっちりと訂正してから、クリスティアナは困ったように眉尻を下げた。
「別に仲良くはありませんでしたが、お元気になさっているとよろしいのですけれど。なにしろ平民出身でいらっしゃいましたから、きっと今から覚えることもたくさんおありでしょうし」
「確かお相手は、我が国と隣接している小王国の次期伯爵だったね。まあそれほど豊かではなくても、食い詰めていたり政治が混乱しているわけでも戦争しているわけでもないし、可もなく不可もなく、よほどの粗相をしなければ困らずに暮らせるのじゃないかな。むしろ……」
「むしろ、なんでしょう?」
きょとりと首を傾げるクリスティアナに微笑んで、皇太子は続けた。
「婚約と妊娠したからと学園を中退したことで、婚約破棄になる可能性すらあると思っているよ。あまり褒められたことではないが、堕胎という手がないでもない。国や家門によっては平民でもあの学園でそれなりの実績を残せば、それだけで貴族の養子として歓迎されることもある。あの学園を卒業したのか卒業していないのかは、婚約の継続可否を判断するうえで一つの大きな判断材料になるだろうね」
それに、と皇太子が指を立てた。
「優秀な魔法士の確保は国益に直結するから、だいたいの国ではあの学園に入学できた時点で家庭の資産状況に応じて生活と勉学に困らない程度の助成金が支給されるはずだ。それほど評価の高い学園なんだ。貴族たちは当然それを知っているからね、もしもそのセアラ嬢がうっかり社交の場で中退したなどと言えば……、とんだ愚か者だと軽んじられかねないだろうね」
うーん、とクリスティアナは唇を曲げた。セアラには口が軽く、お調子者な一面があったからだ。
まぁ、とここで皇太子が声音を変えた。話題を変えようという合図だった。
「いずれにせよ、わたしの可愛い妹メーヴィスと愛しい婚約者クリスティアナが楽しくも刺激的な学園生活を送っているようで、安心しているよ。わたしとしては、メーヴィスの親友だという他国の子爵令嬢が気になるかな」
「ノーマ様ですわね。研究者のご家系で、二年生ながら図書館の妖精とあだ名されるほど図書館に居着いている、風変わりですが気持ちの良いご令嬢ですわ」
「妖精!」
皇太子は完全に面白がっている。その様子が嬉しくて、クリスティアナはノーマと友人になったことで知った彼女の人となりを、皇太子に教え始めた。
ちなみにこれは、クリスティアナの知らなかったことだけれど。
セアラは数か月後に、魔力検診で胎の子の父親が婚約相手の伯爵令息ではないことが判明した。これによってセアラは、貴族の血統を簒奪しようとした罪で子どもを出産後に死罪となることが決まっている。
そのことを皇太子は、クリスティアナに教えるつもりはなかった。
なにしろクリスティアナの優しさを利用して色々な仕事を押しつけていたセアラに対して、皇太子は口に出さないまでもひっそりと怒っていたので。わずかにでもセアラが、クリスティアナの意識を引っ掻くようなことがあるのは気に入らなかったのだ。
前々から一国に依存しない、国際的な魔法士育成学園という設定はどこかで使ってみたかったので、今回ネタが降ってきたので使ってみました
わたしの中ではセアラは、なろうテンプレ異世界小説でよく見かける恋敵に冤罪押っ被せて処刑させるようなやべー女じゃなくて、『フツーにちょっと性格悪い女』くらいのつもりで書いていました。まあこれくらいなら女性同士のトラブルとしてはよくある範囲だよね、みたいな
托卵をしようとした相手が貴族ではなくて平民であればこれほど重い罪にはならなかったはずなので、セアラはうっかり貴族に近づくべきではなかったのです
【追記20260220】
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