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16 【正月準備】しめ縄

 次は、玄関のドアに「しめ縄」を飾る番だ。


「しめ縄っていうのはね、悪いものが入ってこないようにする『結界』みたいなものなんだよ」


 悠真がそう説明した瞬間。

 背後で、エレナの目の色が変わった。


「結界……! 重要ですわ。拠点の防衛ラインということですね」


「ええと、まあ、そういう意味だけど……」


「なるほど。隼人様が『招く』係なら、わたくしは『選別』する係ですわね」


 エレナはしめ縄を手に取ると、愛用のマジックバッグを開いた。

 取り出したのは、銀色に輝く針金のようなものと、硬そうな鱗。


「ちょ、エレナさん!? なんか編み込んでるけど!?」


「ミスリルの糸と、地竜の鱗で補強しました。

 これで『幸福』を持たぬ者はゲートを通過できません」


 バチッ、バチチッ……。

 しめ縄の周囲に、青白い電流のような魔力が走っている。


「郵便屋は通れますが、不幸の手紙や、怪しい勧誘員、そして悠真様に害なす存在は、触れた瞬間に黒焦げになります」


「ほう、便利だな。採用だ」


「採用しないで!? 普通の人が来れなくなっちゃう! ていうか郵便屋さんも怖くて逃げるよ!」


 悠真の必死の説得により、物理的な迎撃システムは解除された。

 代わりに、精神的な「厄除け」の魔法だけを込めてもらい、飾ることになった。

 それでも、普通のしめ縄より神々しいオーラを放っている気がするが……まあ、セキュリティは高いに越したことはない。



 ◇ ★ ♡



 最後は、リビングに「鏡餅」を飾る。

 もちろん使うのは、昨日みんなで作って乾かしておいた――いや、エレナが超高速でつき上げたあの餅だ。


 一晩経ってカチカチに固まった餅を二段に重ねる。

 その表面はシルクのような光沢を放ち、神々しいほどに輝いている。


「……美しい。分子レベルで密度が均一ですわ。我ながら完璧な仕事です」


 エレナが腕を組んで、芸術品を鑑定するように満足げに頷く。


「さあ、最後に一番上にみかんを乗せて、完成だよ!」


 悠真がみかんを手に取った、その時。


「待て」「お待ちください」


 僕とエレナの声が重なった。

 僕は懐から、小箱を取り出した。


 パカッ。


「この餅の輝きに釣り合うのは、みかんではない。『ブルーダイヤモンド(時価10億)』だ」


「いいえ。この神聖な円錐構造の頂点には、『飛竜の心臓石クリスタル』こそがふさわしいですわ」


 エレナも拳大の赤い宝石を取り出す。

 僕たちは鏡餅の前で睨み合った。


「甘いな、エレナさん。ダイヤの輝きこそが富の象徴。年神への最高のアピールになる」


「ふっ。魔力を生まぬ石など、ただの石ころ。この場に神気を集めるための『触媒』にはなりえません」


 僕とエレナが、それぞれのみかんをどかして「最高のもの」を乗せようとした、その時。


「もう! だめだってば!」


 悠真が割って入った。


「みかんは『代々(橙)』続くようにって意味があるの!

 高いとか強いとかじゃなくて、『家族がずっと続きますように』って願いなの!」


「……!」


 僕の手が止まった。

 エレナも、クリスタルを持つ手を下ろした。


「……家族が、続く」「代々……」


 悠真はふくれっ面で、僕たちからダイヤと宝石を取り上げ、普通のみかんを乗せ直した。


「ボクは、ダイヤよりも、みんなと来年も一緒にいたい。……それじゃ、だめ?」


 ――完敗だ。

 10億のダイヤも、伝説の秘宝も、その願いの前には霞んで見える。


「……そうだな。その願いには、どんな宝石も敵わないな」


「ええ。永遠の繁栄より、今の絆を守る。……悪くない願いですわ」


 僕たちは顔を見合わせて、小さく笑った。


 夕方。飾り付けが完了した。


 玄関ホールの飾り台には、小さな門松(僕が位置を1ミリ単位で調整した)。

 玄関の扉には、最強の守護魔法がかかったしめ縄。

 テーブルには、昨日作った最高級の鏡餅と、みかん。


 チグハグで、統一感なんてないけれど。

 なんだか、とても温かい。


「うん! これでお正月を迎えられるね!」


 悠真が嬉しそうに笑う。

 僕はコーヒーを飲みながら、みかんを見つめた。

 純金の誘導灯よりも、悠真の笑顔の方が、よほど幸福を呼び寄せそうだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


年末準備、無事(?)完了です。

しめ縄が結界になりかけ、鏡餅の頂点が一瞬で神話級になりかけましたが――最後に勝ったのは、みかんと悠真の願いでした。


次回からはいよいよ年末本番。


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