15 【正月準備】門松
昨日の激闘の余韻で、僕たちは全員、だいたい同じ顔をしていた。
肩が重い。腕が痛い。なのに、悠真だけは妙に元気だ。
リビングのテーブルには、鏡餅用の餅が鎮座している。
つきたてのときは柔らかかったのに、一晩でしっかり形が落ち着いていた。
「鏡餅もいい感じに固まったし、次はお正月飾りつけようよ!」
「ああ。そうだな」
僕は深く頷いた。
こういうのは、思い立った瞬間が勝負だ。――悠真が言い出す前に、手配しておくのが鳳城流。
僕が指を鳴らすと、黒服たちが重そうに「それ」を運び込んできた。
天井に届きそうな巨体。
そして――目が痛いほどの輝き。
「……は、隼人? これ何?」
「門松だ」
竹は純金メッキ。
松にはプラチナ箔。
さらに先端からは、高出力のサーチライトが天へ伸びている。
悠真の目が、ゆっくり点になる。
「……え。光ってるよね?」
「当然だ」
僕は真顔で言い切った。
「年神様を迎えるための目印――依代だろ。
悠真、任せておけ。お前の願いを叶えるために、特注で作らせた」
「え、ボクの願い?」
「前に言っていただろ。『来年はパッと明るい、輝くような一年にしたいな』って」
「言っ、言ったけど! それは比喩だよ!?」
「比喩? いや、僕は本気だ」
だって、悠真が「明るい一年がいい」と言った。
なら、明るくする。物理で。
「お前の未来を照らすなら、光量も最大であるべきだろう?
この光は成層圏まで届く。空を飛ぶ年神様だって――」
僕は胸を張る。
「迷わずお前の元へ『幸福』を運べる」
神様だって忙しい。迷わせるのは失礼だ。
運頼みなんてしたくない。悠真の幸せは、僕が確定させる。
――その理屈が通じない相手が、二人いた。
「……まあ……!」
最初に声を上げたのはエレナだった。
扇子をぱちんと閉じ、門松を見上げる。瞳がきらきらしている。
「これほど堂々たる依代、わたくしの国でも見たことがありませんわ。
神を迎えるのではなく、神を“誘導”する発想……さすが鳳城家」
「だろう?」
分かる者には分かる。
だが、エレナは続けて、首をかしげた。
「ただ……年神様、眩しすぎて目が潰れませんの?」
「ほら!!」
悠真が、僕とエレナをまとめて指さした。
「エレナさんも言ってる! 神様が可哀想だよ! それに近所迷惑だし!」
「む……」
僕は少し考える。
「……神は光に弱いのか?」
「そうじゃないけど! もっと普通のがいいの!」
「隼人様、悠真様の仰る通りですわ」
エレナがやけに真面目な顔で頷く。
「この国の神に仕える者の作法は、派手さより“慎ましさ”……と聞きました。
この世界では、そういう美徳が尊ばれるのですね」
……くっ。
二対一は卑怯だ。
「分かった。撤去しよう」
僕が合図すると、『超光度・幸福誘導システム(時価数億円)』は静かに運び出されていった。
◇ ★ ♡
代わりに、悠真が雑貨屋で買ってきたのは、ミニ門松の手作りキットだった。
竹と松、紅白の水引が、小さな箱にきれいに収まっている。
「完成品もあったんだけどさ。せっかくだから、みんなで作る方がいいかなって」
少し照れたように言う悠真に、僕は一瞬だけ言葉に詰まった。
(……共同作業)
危険だ。
だが、悠真が選んだなら、それが正解だ。
「合理的だな。……作業工程を共有した方が、思い出として定着する」
平静を装って頷くが、内心は落ち着かない。
そんな僕をよそに、エレナは箱を覗き込み、目を輝かせた。
「まあ……! 自分たちで形を整えるのですか?」
竹を一本持ち上げて、感心したように眺める。
「迎えるための飾りを、自らの手で作る……これはもう、立派な儀式ですわ。
異文化体験というもの、胸が高鳴ります」
「そんな大げさなものじゃないけど……」
悠真は笑いながら、水引を広げる。
「でも、気持ちを込めるって意味では、近いかもね」
「はい! でしたら、わたくしも全力で取り組みますわ!」
エレナは袖をまくり、やる気満々だ。
――で。
僕はというと。
悠真のすぐ隣で、竹を支える係に回された。
(近い)
(普通に近い)
(これは門松作りだ。冷静になれ)
指先が触れないように気を配りながら、必死に作業に集中する。
「隼人、ちょっとこっち押さえてくれる?」
「あ、ああ。……ここだな」
「うん、ありがとう」
その一言で、心拍数が跳ねた。
一方、エレナは松の位置を微調整しながら、楽しそうに頷いている。
「小さいけれど、きちんと形になるのですね。
控えめで……でも、迎える気持ちは、しっかり伝わりますわ」
出来上がったミニ門松は、広い玄関ホールに設えられた飾り台の上に、ちょこんと収まった。
派手さはない。けれど、この家に入る者を、きちんと迎える佇まいだった。
「うん。これくらいが、ちょうどいいね」
悠真が満足そうに言う。
「……そうだな」
正直、巨大な門松の方が視認性は高い。
だが――。
悠真が笑って、エレナが楽しそうで。
三人で作った、それだけで。
今年の年神様は、きっと迷わない。
この部屋はもう、十分あたたかいから。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
「物理で幸せを確定させる」隼人と、「みんなで作りたい」悠真と、「異文化儀式にワクワク」なエレナで、正月準備がいい感じに噛み合ってきました。
なお、数億円の門松が秒で撤去されるのは鳳城家あるあるです。
次回も、年末年始イベントを全力で(たぶんズレながら)やっていきます。
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