14 【正月準備】餅つき
聖夜の転移騒動から、3日が過ぎた。
12月27日。
大掃除でピカピカになったリビングの床に、ブルーシートが敷かれている。
その中央には、最高級の欅で作られた臼と杵。
「お正月といえば、やっぱりお餅だよね!」
悠真が目を輝かせて言った。
その一言で、鳳城家の朝は「餅つき大会」となったわけだが……。
「……重っ!」
トップバッターの悠真が、杵を持ち上げようとしてよろけた。
可愛い。小動物が遊んでいるようだ。
だが、それでは餅はつけない。
「代わろう。これは結構、腰に来るな……」
僕が代わってつく。
ドスン、ドスン。
……重い。想像以上の重労働だ。3分もすれば息が切れてくる。
悠真にかっこいい所を見せたいが、このままだと美味しい餅になる前に、僕の腰が終わる。
その時だ。
「貸してくださいませ」
見かねたエレナが、紅茶を飲み干して立ち上がった。
ドレスの袖を、優雅にまくり上げる。
「要は、均一な力を、リズムよく加えればよいのですね?」
「え、エレナさん? 重いよ?」
悠真が心配するが、エレナは涼しい顔で、あの重い杵を――なんと片手で軽々と持ち上げた。
「問題ありません。――『身体強化・出力10%』」
静かな声で魔法を行使。
彼女のまとう空気が、キリッと引き締まる。
「隼人様、補佐をお願いできますか? ……わたくし、一度も外しませんので」
その目は、一流の武道家のように澄み切っていた。
僕はゴクリと喉を鳴らし、臼の前にしゃがみ込む。
「参ります」
ドォン!!
重低音が響いた。
速い。そして重い。
だが、エレナの表情は慈愛に満ちた聖女のままだ。
「はい」ドォン!
「はい」ドォン!
機械のように正確なリズム。一切のブレがない。
僕は必死で餅をひっくり返す。
(速い! 待って、リズムが一定すぎて逆に怖い!)
(これ、僕が0.1秒でも遅れたら手首が粉砕されるやつだ!)
命がけの作業に脂汗をかいていると、横から歓声が上がった。
「す、すごい……!」
悠真だ。
彼は杵を振るうエレナの姿を、キラキラした瞳で見つめている。
「エレナさん、かっこいい……! 魔法ってすごいなぁ。あんなに重いのに、ダンスしてるみたいだ!」
憧れと、尊敬の眼差し。
頬を少し紅潮させて、エレナの所作に見惚れている。
――ピクッ。
僕の眉が跳ねた。
ちょっと待て。
悠真、その「かっこいい……♡」みたいな視線は、僕に向けられるべきものだ。
なぜエレナなんだ。いや、確かにすごいけど。
(……負けられない)
謎の対抗心が、僕の中でメラメラと燃え上がった。
杵で勝てないなら、手水で魅せるしかない。
「ふっ……! まだまだ行けるぞ、エレナさん!」
「あら。では、少しペースを上げますわね」
ドガガガガッ!
さらに加速する杵。
僕は限界を超えた反射神経で、餅をこね、返し、叫んだ。
「はいっ! はいっ! どうだ悠真! この手首の返し! 見てるか!?」
「あはは、二人ともすごいよー!」
悠真の無邪気な声援だけが、走馬灯のように聞こえる。
僕は必死だった。
ここで手を抜けば、悠真の「かっこいい」枠を、悪役令嬢に奪われてしまう……!
◇ ★ ♡
数分後。
そこには、かつてないほど滑らかな、シルクのような餅が完成していた。
エレナの剛腕と、僕の嫉妬が生み出した奇跡の逸品だ。
「……良い運動になりましたわ」
エレナは汗ひとつかかず、涼しい顔で杵を置いた。
対する僕は、肩で息をしてゼェゼェ言っている。
さっそく丸めて、きなこ餅にして食べる。
頬張った悠真が、とろける顔になった。
「ん〜っ! すごい! 今まで食べたお餅で一番おいしいよ!」
「……悔しいが、確かに絶品だ」
きめ細かさが段違いだ。口の中で勝手に溶けていく。
悠真は口の端にきなこをつけたまま、僕を見てニコッと笑った。
「隼人もすごかったよ! あんな速いの、隼人にしかできないよ!」
「……そうか?」
「うん! かっこよかった!」
――ズキュン。
その一言で、筋肉痛も、死にかけた恐怖も、すべて吹き飛んだ。
ちょろい。我ながらちょろすぎる。
最後に、残ったお餅を大きく丸めて、鏡餅用の土台を作る。
まだ柔らかすぎて重ねられないため、バットに乗せて一晩乾かすことになった。
「……封印の儀は、明日ですわね」
エレナが丸まった餅を、油断ならない目で凝視している。
少しの嫉妬と、たくさんの甘味に満ちた、平和な年末の一日が過ぎていく。
年末イベント「餅つき」は、
エレナの規格外スペックと、隼人の謎の対抗心で一段と平和(?)になりました。
そして悠真の「かっこよかった!」が、やっぱり最強です。
次は鏡餅が固まって、いよいよ飾り付け回。
この家の正月準備は、たぶん普通には終わりません。
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