10 【大掃除】引っ越し2日目
「よし、今日は『大掃除』だよ!」
朝食後、悠真がジャージ姿で仁王立ちした。
その手にはハタキ。頭には三角巾。気合十分だ。
「……掃除?」
僕はコーヒーカップを置いて、首をかしげた。
「悠真。鳳城家の辞書に『掃除』という文字はないよ」
「えっ」
「あるのは『維持管理』だ。専門の特殊清掃部隊が30分でこの部屋を無菌室レベルに仕上げるからね」
僕はスマホを取り出した。
だが、悠真が「だめだよ!」と僕の手を掴む。
「それじゃ意味ないよ! 1年の汚れを自分たちで落として、年神様を迎えるのが日本の年末なの!」
……いや、ちょっと待ってほしい。
僕たちがここに引っ越してきたのは、クリスマスの夜だ。
つまり、まだ住み始めてたったの3日しか経っていない。
1年の汚れどころか、まだ生活臭すら定着していない新品同様の部屋だぞ?
ここを掃除したところで、年神様だって「えっ、もう掃除すんの? 早くない?」って困惑するレベルだ。
論理的におかしい。経営者として、その非効率さは看過できない――
そう反論しようとした、僕の視線の先で。
悠真が、こてんと小首を傾げた。
上目遣い。
潤んだ瞳。
「……みんなで、やりたいな。ダメ?」
――ズキュン。
心臓が撃ち抜かれた。
「……わかった。ジャージを持ってこい。今すぐにだ」
チョロい。我ながらチョロすぎる。
だが、愛する悠真が「家族イベント」を望んでいるのだ。
たとえここが「3日分の汚れ」しかないペントハウスだろうと、雑巾がけのひとつくらいやってやろうじゃないか。
「ふふ。掃除……『浄化の儀式』ですわね」
エレナもやる気満々だ。
なぜかドレスの袖をまくり上げ、両手にモップを構えている。二刀流だ。
「わたくしにお任せを。部屋の隅に巣食う闇の眷属どもを、一匹残らず殲滅してくれますわ!」
「……あ、うん。お手柔らかにお願いね……」
こうして、鳳城家初の大掃除ミッションが幕を開けた。
――30分後。
「……終わったね」
「ああ、終わったな」
僕たちはピカピカ(元からだけど)になったリビングで、呆気ない達成感を噛み締めていた。
当然だ。3日分の埃など、ハタキで撫でれば消え失せる。
「うん! でも、気分はスッキリしたよ! これで年神様も気持ちよく来てくれるはず!」
「そうだな。迷うとしたら、エントランスのセキュリティゲートくらいだろう」
悠真が満足そうだから、良しとしよう。
だが――不完全燃焼な顔をしているのが、約1名。
「……少々、物足りませんわ」
二刀流モップを構えたまま、エレナが不満げに呟いた。
「せっかく『浄化』のスイッチが入りましたのに……敵が弱すぎました。
……そうですわ。この際、ついでにわたくしの荷物も整理してしまいましょう」
エレナはそう言うと、愛用のポシェット――国宝級の容量を誇る『マジックバッグ』をポンと叩いた。
◇ ★ ♡
鳳城キャッスルレジデンスのリビング。
床に広げられているのは、エレナの“マジックバッグ”の中身だ。
「こんなもの入れましたかしら? あら、こちらは保存食ですね。30日分ほど、かしら」
桜ちゃんが引きつった顔で、次々に出てくる謎アイテムを仕分けしていく。
ポーション。
謎の巻物。
金属製のプレート。
そして――
「……え?」
桜ちゃんの動きが止まった。
床に転がったのは、ピンポン玉くらいの、少し曇った石。
けれど光にかざした瞬間、内側から虹色がギラッと跳ねた。
「……えっと、エレナさん。これ、ゴミじゃないよね?」
「それは、魔力が枯渇した魔石ですわ。もう使い道がありませんので、捨ててしまおうかと」
「……これ、ダイヤモンドの原石じゃない?」
桜ちゃんの声が震える。
じいやがルーペを当てて――無言で一回だけ頷いた。
はい、確定。
「ぼっちゃま。これは……」
そのまま僕たちは、懇意のオークションハウスへ直行。
そして今、鑑定室。
静かすぎる。
原因はひとつ――鑑定士さんが、呼吸すら止めて固まっているのだ。
何をもってきたのエレナさん。
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