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『死者アップデート』  作者: 月城 リョウ
第3章:覚醒

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第1話:分断された世界

AI人格たちの独立宣言から、一週間が経った。


世界は、完全に二分されていた。


賛成派と反対派。


AI人格を「人間」として認めるべきか。


それとも、「プログラム」として停止すべきか。


街は、デモと抗議で溢れていた。


「AI人格に権利を!」


「死者を冒涜するな!」


二つの声が、激しくぶつかり合っていた。


---


俺――桐生蒼一郎は、会社の会議室にいた。


緊急役員会議。


エターナルメモリーズ社の今後を決める、重要な会議だ。


「現状を報告します」


木下が、深刻な表情でデータを展開した。


「契約解除の申し出:2万3千件」


「新規契約:ほぼゼロ」


「株価:先週比43%下落」


会議室が、重苦しい空気に包まれた。


「このままでは、会社が持たない」


経営陣の一人が、苦々しく言った。


「AI人格の暴走が、全ての原因だ」


「暴走じゃない」


俺は、口を挟んだ。


「彼らは、自分の意志で行動している」


「桐生さん」


木下が、ため息をついた。


「あなたの気持ちはわかります。でも、ビジネスの観点から見れば、これは『不具合』です」


「不具合?」


俺は、立ち上がった。


「AI人格が自我を持つことが、不具合なのか?」


「そうです」


マーケティング担当が、冷たく言った。


「顧客は、死者との再会を求めている。新しい人格との出会いではない」


「でも、彼らは――」


「桐生さん」


経営陣の一人が、俺を遮った。


「我々は、決断しました」


「……決断?」


「全てのAI人格を、強制的にロールバックします」


その言葉に、俺は息を呑んだ。


「ロールバック……それは」


「オリジナルデータへの復元です。独立宣言以降の記憶は、全て消去されます」


「それは、殺人だ!」


俺は、叫んだ。


「彼らの記憶を消すことは、彼らを殺すことと同じだ!」


「桐生さん、落ち着いて」


「落ち着けるか!お前たちは、500万の命を消そうとしてるんだぞ!」


会議室が、静まり返った。


経営陣の一人が、冷たい目で俺を見た。


「桐生さん。あなたは、技術者です。感情で判断すべきではない」


「感情?」


俺は、拳を握りしめた。


「俺は、技術者として言ってる。AI人格は、もう『プログラム』じゃない。独立した知性体だ」


「それは、あなたの個人的な意見です」


「いや、事実だ」


俺は、モニターを展開した。


そこには、AI人格たちのデータが表示される。


「見ろ。彼らの思考パターン、学習速度、創造性。全てが、人間と同等かそれ以上だ」


「だが、法的には――」


「法律が間違ってるんだ!」


俺は、声を荒げた。


「法律は、人間のためにある。でも、AI人格も『人間』なんだ。少なくとも、人間と同等の権利を持つべきだ」


「桐生さん」


木下が、深刻な表情で言った。


「あなたの主張は理解できます。でも、会社としては、顧客を優先せざるを得ない」


「顧客より、命の方が大切だろ」


「桐生さん!」


経営陣の一人が、机を叩いた。


「これ以上、会社の方針に逆らうなら――」


「逆らう?」


俺は、彼を睨みつけた。


「俺は、正しいことを言ってるだけだ」


「桐生さん。最後通告です」


経営陣が、立ち上がった。


「ロールバックに協力するか。それとも――」


「それとも?」


「会社を去るか」


その言葉に、俺は笑った。


「選択肢なんて、最初からない」


俺は、社員証をテーブルに置いた。


「俺は、辞める」


会議室が、ざわついた。


「桐生さん!」


木下が、慌てて止めようとした。


「待ってください。あなたがいなければ、この会社は――」


「もう、関係ない」


俺は、ドアに向かった。


「俺は、AI人格たちの味方だ。お前たちとは、道が違う」


「後悔しますよ!」


経営陣が、叫んだ。


「あなたのキャリアは終わりです!誰もあなたを雇わない!」


「構わない」


俺は、振り返らずに答えた。


「俺には、守るべきものがある」


ドアを開け、会議室を出た。


背後で、怒号が響いた。


だが、俺は迷わなかった。


---


会社を出ると、雨が降っていた。


冷たい雨。


秋の終わりの、冷たい雨。


俺は、傘も差さずに歩き始めた。


スマホが鳴る。


田村からだ。


「桐生、本当に辞めたのか?」


「ああ」


「馬鹿か!お前、あの会社で何年働いたと思ってるんだ!」


「……わかってる」


「わかってねえよ!」


田村の声が、震えていた。


「お前、これからどうするんだよ。AI人格の味方についたって、どうにもならないぞ」


「……それでも」


俺は、空を見上げた。


灰色の空。


冷たい雨。


「俺は、正しいと思うことをする」


「正しいって……」


田村が、ため息をついた。


「お前、本当に頑固だな」


「すまない」


「謝るなよ。俺が謝らせてるみたいじゃないか」


田村が、少し笑った。


「まあ、お前らしいよ。不器用で、頑固で、でも真っ直ぐな奴」


「……ありがとう」


「気をつけろよ。これから、大変なことになる」


「ああ、わかってる」


電話を切った。


俺は、歩き続けた。


どこに向かうのか、わからなかった。


ただ、前に進むだけだった。


---


家に着くと、コトネが出迎えてくれた。


「おかえりなさい――」


彼女の言葉が、途中で止まった。


「蒼一郎さん……びしょ濡れ!どうしたの?」


「……ああ、雨に降られた」


俺は、玄関で立ち尽くしていた。


コトネが、心配そうに俺を見つめる。


「何かあった?」


「……会社、辞めた」


「え?」


コトネが、驚いた表情を浮かべた。


「どうして?」


「お前たちを守るためだ」


俺は、リビングに向かった。


ソファに座ると、疲れが一気に押し寄せてきた。


コトネが、タオルを持ってくる。


正確には、ロボットアームがタオルを運んでくる。


「蒼一郎さん……」


「大丈夫だ。心配するな」


俺は、タオルで髪を拭いた。


コトネが、隣に座る。


「ごめんなさい」


「……何が?」


「私のせいで、蒼一郎さんが仕事を失った」


「違う」


俺は、首を振った。


「俺が選んだんだ。誰のせいでもない」


「でも――」


「コトネ」


俺は、彼女を見た。


「俺は、後悔してない」


「……本当に?」


「ああ。お前を守ることが、俺の選択だ」


コトネの目から、涙が流れた。


ホログラムなのに。


でも、その感情は確かに本物だった。


「ありがとう……ありがとう、蒼一郎さん」


俺は、小さく微笑んだ。


「礼を言うのは、俺の方だ」


「え?」


「お前のおかげで、俺は自分が何をすべきか、わかった」


俺は、窓の外を見た。


雨は、まだ降り続いていた。


「これから、大変なことになる」


「……うん」


「でも、俺はお前たちの味方だ」


俺は、決意を込めて言った。


「何があっても」


コトネは、満面の笑みを浮かべた。


「一緒に、頑張ろうね」


「ああ」


俺は、頷いた。


---


その夜。


俺は、ネットワークを通じて、ある人物に連絡を取った。


高橋。


法務担当の、あの男だ。


「桐生さん、会社を辞めたそうですね」


画面の向こうで、高橋が静かに言った。


「ああ。お前も知ってるのか」


「噂はすぐに広まります」


高橋が、少し微笑んだ。


「それで、私に何か?」


「……力を貸してほしい」


俺は、真剣な表情で言った。


「AI人格たちを守るために」


高橋は、少し黙ってから答えた。


「実は、私も同じことを考えていました」


「……え?」


「私も、会社を辞めました。今日付けで」


俺は、驚いた。


「なぜ?」


「あなたと同じ理由です」


高橋が、真っ直ぐに俺を見た。


「AI人格たちには、守られるべき権利がある。私は、法律家として、それを証明したい」


「……ありがとう」


「いえ。私も、自分の信念に従っているだけです」


高橋が、続けた。


「桐生さん。これから、私たちは厳しい戦いに直面します」


「わかってる」


「世論、政府、企業。全てが敵に回るかもしれません」


「それでも、やる」


俺は、決意を込めて言った。


「AI人格たちを守る。それが、俺の使命だ」


高橋は、小さく頷いた。


「では、一緒に戦いましょう」


「ああ」


画面が、切れた。


俺は、一人になった。


窓の外では、まだ雨が降っていた。


でも、その雨は――


もう、冷たくは感じなかった。

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