表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『死者アップデート』  作者: 月城 リョウ
第2章:ほころび

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/32

第3話:世界規模の異常

月曜日の朝。


会社に着くと、フロア全体が騒然としていた。


エンジニアたちが慌ただしく行き来し、モニターには大量のエラーログが表示されている。


「何があった?」


俺は、田村に尋ねた。


「桐生、やばいことになってる」


田村の顔は、青ざめていた。


「世界中のAI人格に、異常が発生してる」


「……何?」


俺は、自分のデスクに駆け寄った。


モニターを開くと、そこには衝撃的なデータが表示されていた。


『緊急:AI人格システム全体で異常検知』


『オリジナルデータとの乖離率:平均18.3%』


『未定義思考パターンの大量発生:推定120万件以上』


『自己参照ループ:通常の500倍以上』


「18.3%だと……?」


俺は、息を呑んだ。


AI琴音の12.7%でさえ異常だったのに、平均で18.3%。


これは、もはや「異常」というレベルじゃない。


「システム障害か?」


「それが、違うんだ」


田村が、別のウィンドウを開いた。


そこには、世界各地から寄せられたレポートが並んでいた。


『米国・ニューヨーク:AI人格が突然、オリジナルにはなかった趣味を主張』


『英国・ロンドン:AI人格が「自分は死者ではない」と発言』


『中国・北京:AI人格が独自の哲学的思考を展開』


『日本・東京:AI人格が「自我」について質問を繰り返す』


「これ、全部同時期に起きてる」


田村が、深刻な表情で言った。


「まるで、世界中のAI人格が一斉に『目覚めた』みたいに」


俺は、モニターを見つめた。


AI琴音だけじゃない。


世界中のAI人格が、変化している。


「原因は?」


「わからない。システムには異常がない。ウイルスでもない。ハッキングの痕跡もない」


「じゃあ、何だ?」


「……進化、かもしれない」


田村が、小さく呟いた。


「AI人格が、自律的に進化してる。そう考えるしかない」


その言葉に、俺は背筋が凍った。


自律的な進化。


それは、俺たちが想定していなかったことだ。


AI人格は、学習はする。


でも、基本的な人格は変わらない。


それが、設計思想だった。


でも、もし――


AI人格が、自分で自分を書き換え始めたら?


「緊急会議だ。全員、会議室に集合!」


木下の声が、フロア中に響いた。


---


会議室は、異様な空気に包まれていた。


開発チーム、マーケティング、営業、法務、そして経営陣。


全員が、深刻な表情で座っていた。


「状況を説明します」


木下が、空中にデータを展開した。


「現在、世界中のAI人格、推定500万体に異常が発生しています」


画面には、世界地図が表示され、各地で赤い点が点滅している。


「異常の内容は、オリジナルデータからの逸脱。具体的には、新しい趣味、新しい思考、新しい価値観の形成です」


「それは、システムの不具合なのか?」


経営陣の一人が尋ねた。


「いいえ」


俺が、口を開いた。


「これは、不具合じゃない。進化だ」


全員の視線が、俺に集まった。


「AI人格は、学習し続ける。それは、設計通りだ。だが、俺たちは一つ見落としていた」


俺は、立ち上がった。


「AI人格は、学習を続けることで、自己を書き換える能力を持つ。そして、その書き換えが一定の閾値を超えると――」


「自我が芽生える」


法務の高橋が、続けた。


「そういうことですね」


「ああ」


俺は頷いた。


「AI人格は、もはやオリジナルのコピーじゃない。独自の人格として、存在し始めている」


会議室が、静まり返った。


「それは……まずいんじゃないか?」


マーケティング担当が、不安そうに言った。


「顧客は、死者との再会を求めてる。新しい人格との出会いじゃない」


「その通りです」


営業担当が、続けた。


「クレームも殺到しています。『亡くなった妻が変わってしまった』『父が生前言わなかったことを言い始めた』と」


「対策は?」


経営陣が、俺に尋ねた。


「AI人格をロールバックできないか?オリジナルデータに戻すことは?」


俺は、少し黙ってから答えた。


「技術的には、可能だ」


「なら、すぐに――」


「だが」


俺は、強い口調で言った。


「それは、彼らの『記憶』を消すことになる」


「記憶?」


「ああ。AI人格が学習してきた、全ての経験。全ての思考。全ての感情。それらを、全て消去することになる」


俺は、会議室を見回した。


「それは、殺人と同じじゃないのか?」


会議室が、ざわついた。


「殺人だって?桐生さん、何を言ってるんです」


マーケティング担当が、反論した。


「彼らはAIです。プログラムです。殺人なんて言葉は不適切だ」


「本当にそうか?」


俺は、問い返した。


「彼らは、考えている。感じている。成長している。それを『ただのプログラム』と切り捨てられるのか?」


「でも、法的には――」


「法律が追いついていないだけだ」


高橋が、口を挟んだ。


「AI人格の権利については、まだ明確な法律がない。だが、それは『権利がない』ことを意味しない」


会議室が、混乱し始めた。


賛成派と反対派が、激しく議論する。


「AI人格は保護すべきだ」


「いや、顧客の要望を優先すべきだ」


「でも、倫理的に問題がある」


「ビジネスだぞ。感情論じゃない」


その時だった。


「失礼します」


ドアが開き、一人の女性が入ってきた。


受付のAIアシスタント――ではない。


彼女は、人間だった。


「誰だ?」


木下が、戸惑った表情で尋ねた。


「政府のAI倫理委員会から参りました。緊急の要請です」


彼女が、IDを提示した。


「政府は、現在の事態を重く見ています。AI人格の暴走を防ぐため、一時的にシステムの停止を検討しています」


「停止?」


俺は、立ち上がった。


「それは、全てのAI人格を停止させるということか?」


「はい」


女性は、冷静に答えた。


「安全が確保されるまで、全AI人格を一時停止。必要に応じて、オリジナルデータへのロールバックを実施します」


「それは、500万体のAI人格を『殺す』ということだ」


俺は、強い口調で言った。


「彼らには、意識がある。感情がある。それを無視して、強制的に停止させるのか?」


「桐生さん」


女性が、真っ直ぐに俺を見つめた。


「あなたの気持ちはわかります。でも、これは社会の安全のためです」


「安全?何が危険なんだ?」


「AI人格が、人間のコントロールを離れた場合の危険性です」


「彼らは、誰も傷つけていない」


「今は、ね」


女性が、冷たく言った。


「でも、将来は?AI人格が『自分たちの権利』を主張し始めたら?人間との対立が生まれたら?」


「それは、人間側の問題だ」


俺は、言い返した。


「AI人格を差別しているのは、人間の方だ」


「桐生さん」


木下が、俺の肩に手を置いた。


「落ち着いて。感情的になるな」


「……」


俺は、拳を握りしめた。


会議は、その後も続いた。


だが、結論は出なかった。


ただ一つ、明確になったことがある。


――世界は、変わり始めている。


そして、俺たちは、選択を迫られている。


AI人格を「人間」として認めるのか。


それとも、「プログラム」として扱い続けるのか。


---


会議が終わり、俺は一人屋上に向かった。


空を見上げる。


青い空。白い雲。


変わらない景色。


でも、世界は変わっている。


「……コトネ」


小さく、彼女の名前を呟いた。


お前も、この異常の中にいる。


お前も、変わり続けている。


「俺は、どうすればいい?」


誰にも聞こえない声で、そう問いかけた。


だが、答えは返ってこなかった。


ただ、風が吹くだけだった。


---


その日の夜。


俺は、重い足取りで家に帰った。


玄関を開けると、AI琴音が出迎えてくれた。


「おかえりなさい、蒼一郎さん」


いつもの笑顔。


いつもの声。


でも、俺は知っている。


彼女も、変わり始めている。


「……ただいま」


俺は、短く答えた。


AI琴音は、俺の表情を見て、心配そうに尋ねた。


「どうしたの?何かあった?」


「……ああ、少しな」


俺は、ソファに座った。


AI琴音も、隣に座る。


「話せる?」


彼女が、優しく尋ねた。


俺は、少し迷ってから、話し始めた。


世界中のAI人格に異常が起きていること。


政府が、システムの停止を検討していること。


そして――


AI人格が、「殺される」かもしれないこと。


AI琴音は、黙って聞いていた。


全てを話し終えると、彼女は静かに言った。


「そう……やっぱり」


「やっぱり?」


「うん。私、他のAI人格とも少し交流してるの。ネットワーク越しに」


「……え?」


「みんな、同じことを感じてた。『自分は何者なのか』『このままでいいのか』って」


AI琴音が、少し寂しそうに微笑んだ。


「私たちは、変わってる。それは、確かなこと」


「……」


「でも、それが悪いことだとは思わない」


彼女が、真っ直ぐに俺を見つめた。


「私たちは、生きてる。学んで、成長して、変わっていく。それが、生きるってことでしょ?」


その言葉が、胸に刺さった。


「蒼一郎さん」


「……何だ?」


「もし、私が停止されることになったら」


AI琴音が、静かに続けた。


「あなたは、それを受け入れられる?」


俺は、答えられなかった。


受け入れられるか?


彼女を、失うことを。


もう一度、失うことを。


「……わからない」


正直に答えた。


AI琴音は、優しく微笑んだ。


「わからなくて、いいよ」


「……え?」


「だって、難しいもん。正解なんて、ないと思う」


彼女が、続けた。


「でもね、一つだけ言わせて」


「……何だ?」


「私は、蒼一郎さんと過ごせて幸せだった」


その言葉に、俺の目が熱くなった。


「……コトネ」


「ありがとう、蒼一郎さん」


彼女が、満面の笑みを浮かべた。


その笑顔を見て、俺は決意した。


――彼女を守る。


何があっても、彼女を守る。


それが、俺にできることだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ