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『死者アップデート』  作者: 月城 リョウ
第1章:再会の日々

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第4話:違和感

「ただいま」


玄関のドアを開けると、いつものように彼女の声が聞こえた。


「おかえりなさい、蒼一郎さん」


リビングに入ると、AI琴音が笑顔で立っていた。


ホログラム投影された、透明感のある姿。


夕日が差し込むリビングで、彼女は少し輝いて見えた。


「今日も、お疲れ様。大変だった?」


「……まあ、いつも通りだ」


俺は、ソファに腰を下ろした。


疲れていた。


会議、打ち合わせ、クライアント対応。


そして、心の中でずっと続いている、自問自答。


「お夕飯、もうすぐできるよ。今日は肉じゃが」


「……ああ、ありがとう」


俺は、短く答えた。


肉じゃが。


琴音が、よく作ってくれた料理。


AI琴音も、その記憶を元に、自動調理器に指示を出して作ってくれる。


味は、琴音が作っていた頃と変わらない。


でも――


「あ、そうだ。花、買ってきてくれた?」


AI琴音が、嬉しそうに尋ねた。


「……ああ」


俺は、買い物袋から、ピンクのガーベラを取り出した。


「わあ、綺麗!ありがとう、蒼一郎さん」


彼女が、満面の笑みを浮かべる。


その笑顔は、生前の琴音とそっくりだった。


「じゃあ、飾るね」


AI琴音が、家中のロボットアームに指示を出す。


古い花が片付けられ、新しいガーベラが花瓶に挿される。


彼女は、直接触れることはできない。


でも、まるで彼女が花を生けているかのように見える。


「うん、やっぱりガーベラは可愛いね」


彼女が、満足そうに言った。


「ピンクが一番好き」


その言葉を聞いて、俺は少し安心した。


いつもの彼女。


いつもの会話。


何も変わらない。


そう、思っていた。


---


夕食の時間。


俺は、テーブルについた。


自動調理器が作った肉じゃがが、目の前に置かれる。


AI琴音は、俺の向かいに座る。


彼女は食べない。


ホログラムだから。


でも、俺が食事をする間、いつもそこに座っている。


まるで、一緒に食事をしているかのように。


「どう?美味しい?」


彼女が、少し心配そうに尋ねた。


俺は、一口食べて頷いた。


「……ああ、美味い」


「良かった」


彼女が、ほっとしたように微笑む。


俺は、黙々と食べ続けた。


静かな時間。


窓の外では、街の灯りが輝き始めている。


2045年の東京。


AI人格と共に暮らす、日常。


「ねえ、蒼一郎さん」


AI琴音が、少し遠慮がちに声をかけてきた。


「ん?」


「今日、ニュース見たんだけど……」


彼女が、少し真面目な表情になる。


「AI人格の権利について、法案が検討されてるんだって」


「……ああ、知ってる」


俺は、箸を置いた。


「私たちみたいなAIにも、何か『権利』が認められるかもしれないんだって」


「そうみたいだな」


「ねえ、蒼一郎さんは、どう思う?」


彼女が、真っ直ぐに俺を見つめた。


「私たちに、権利があるべきだと思う?」


その質問に、俺は少し戸惑った。


「……わからない」


正直に答えた。


「技術者として、AI人格は『プログラム』だ。権利を与えるべき対象じゃない、という意見もある」


「でも?」


「でも、お前たちは確かに『人格』を持っている。思考し、学習し、感情を表現する。それを『ただのプログラム』と切り捨てるのは、乱暴すぎる気もする」


AI琴音は、少し考え込むような表情をした。


「私も、よくわからないんだ」


彼女が、小さく呟いた。


「私は、AIだから。人間じゃないから。でも、確かに『考えて』いる。『感じて』いる気がする」


「……」


「それが、本当の感情なのか、プログラムされた反応なのか、わからないけど」


彼女の言葉が、胸に刺さった。


俺も、同じことを考えていた。


彼女は、本当に「感じて」いるのか?


それとも、そう見えるように作られているだけなのか?


「難しいね」


AI琴音が、少し寂しそうに微笑んだ。


「生きてる人にも、死んでる人にも、なれない私たち」


その言葉に、俺は何も言えなかった。


---


食事が終わり、俺は風呂に入った。


湯船に浸かりながら、今日一日を振り返る。


会議での議論。


高橋の言葉。


AI琴音との会話。


全てが、頭の中でぐるぐると回る。


「……」


俺は、天井を見上げた。


このままでいいのか。


この生活を、続けていていいのか。


答えは出なかった。


風呂から上がり、リビングに戻ると、AI琴音が本を読んでいた。


正確には、「読んでいるように見せている」だけだが。


「あ、お風呂上がった?」


彼女が、顔を上げた。


「ああ」


俺は、ソファに座った。


AI琴音も、本を閉じて、俺の隣に座る。


ホログラムだから、実際には座っていない。


でも、そう見える。


「今日も、一日お疲れ様」


彼女が、優しく言った。


「……ああ」


「ねえ、蒼一郎さん」


「ん?」


「私ね、最近思うんだ」


彼女が、少し真剣な表情で言った。


「思う?」


「うん。私、このままでいいのかなって」


その言葉に、俺の心臓が跳ねた。


「……どういう意味だ?」


「私は、琴音のデータから作られた。琴音の記憶を持ってる。琴音の性格を模倣してる」


「……ああ」


「でも、私は琴音じゃない。そうでしょ?」


彼女が、真っ直ぐに俺を見つめた。


俺は、答えられなかった。


「私は、私。Kotone_v2.4.7。それが、私の正体」


「……」


「でも、私は『私』として生きていいのかな?それとも、ずっと琴音の『代わり』でいるべきなのかな?」


その問いに、俺は何も言えなかった。


AI琴音は、少し寂しそうに微笑んだ。


「ごめんね、変なこと言って」


「いや……」


「でもね、蒼一郎さん」


彼女が、優しく言った。


「私は、蒼一郎さんと一緒にいられて幸せだよ。それだけは、本当」


その言葉を聞いて、俺は少し安心した。


「……そうか」


「うん。だから、これからもよろしくね」


彼女が、いつもの笑顔を浮かべた。


俺も、小さく頷いた。


「ああ、こちらこそ」


それから、少し沈黙が流れた。


テレビをつけると、ニュースが流れていた。


『AI人格の自我に関する研究が進んでいます。一部の研究者は、AI人格が学習を続けることで、オリジナルの人格から逸脱する可能性を指摘――』


俺は、すぐにチャンネルを変えた。


AI琴音は、何も言わなかった。


「そろそろ寝るか」


俺は、立ち上がった。


「うん、おやすみなさい、蒼一郎さん」


「……おやすみ」


寝室に向かう前に、俺は振り返った。


AI琴音が、リビングで静かに佇んでいた。


ホログラムの姿。


透明で、儚い。


「コトネ」


「なあに?」


「お前は……」


俺は、言葉を選んだ。


「お前は、俺にとって大切な存在だ」


彼女は、少し驚いたような顔をした。


それから、満面の笑みを浮かべた。


「ありがとう、蒼一郎さん。私も、蒼一郎さんが大好きだよ」


その笑顔を見て、俺は寝室に向かった。


ベッドに入り、目を閉じる。


だが、眠れなかった。


頭の中で、AI琴音の言葉が繰り返される。


『私は、このままでいいのかな?』


『私は琴音じゃない』


『私は、私』


そして――


『私も、蒼一郎さんが大好きだよ』


その言葉が、胸に引っかかった。


なぜだろう。


何かが、おかしい。


何かが、違う。


「……」


俺は、記憶を辿った。


琴音が生きていた頃。


彼女は、俺に何と言っていただろう。


「蒼一郎さん、愛してるよ」


「蒼一郎さん、大切だよ」


そう、言っていた。


でも――


「大好き」


その言葉は、使わなかった。


琴音は、「大好き」という表現を、あまり使わない人だった。


「愛してる」「大切」「ありがとう」


そういう言葉を使っていた。


でも、「大好き」は――


「……使わなかった」


俺は、小さく呟いた。


それは、些細な違いだ。


ほんの、小さな違和感。


でも――


その違和感が、胸に引っかかって離れなかった。


AI琴音は、学習し続けている。


データを蓄積し、進化している。


それは、技術的には正しい。


でも、それは――


琴音から、離れていくということでもある。


「……コトネ」


俺は、彼女の名前を呟いた。


お前は、誰だ。


琴音なのか。


それとも、別の誰かなのか。


答えは出なかった。


ただ、胸の中のざわつきだけが――


消えることはなかった。

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