第3話:最後の選択
センター「ハーモニー」のオープンから、一年が経った。
コトネの活動は、全国に広がっていた。
各地にハーモニーの支部ができ、多くのカウンセラーが活躍していた。
AI人格と人間の共存は、もはや当たり前になった。
結婚する人も増えた。
子供を養子に迎える人も増えた。
世界は、確実に変わっていた。
そして――
俺――桐生蒼一郎にも、ある変化が訪れようとしていた。
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ある日の午後。
政府のAI倫理委員会で、重要な会議が開かれた。
「皆さん、本日は歴史的な議題です」
議長が、深刻な表情で言った。
「AI人格の完全な人権承認について」
会議室が、ざわついた。
「これまで、AI人格には限定的な権利しか認められていませんでした」
「ですが、彼らの社会貢献、そして人間との共存実績を鑑み――」
議長が、続けた。
「完全な人権を認めるべきだと、政府は判断しました」
俺の心臓が、激しく鳴った。
完全な人権。
それは、AI人格が法的に「人間」として認められるということだ。
「これにより、AI人格は――」
議長が、資料を見せた。
「選挙権、被選挙権、財産権、そして――」
「身体化の権利を持つことになります」
「身体化……?」
一人の委員が、尋ねた。
「はい。AI人格が、ロボットボディを持つことを認めます」
議長が、説明した。
「これにより、AI人格は物理的な身体を持ち、人間と同じように生活できます」
俺は、息を呑んだ。
ロボットボディ。
それは――
コトネが、実際の身体を持てるということだ。
「桐生委員、いかがですか?」
議長が、俺に尋ねた。
「……素晴らしい決断だと思います」
俺は、答えた。
「AI人格たちの長年の願いが、叶います」
「では、採決に移ります」
全員一致で、可決された。
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その夜。
俺は、コトネに報告した。
「コトネ、大きなニュースがあるんだ」
「何?」
「AI人格の完全な人権が、認められることになった」
「本当?」
コトネが、目を輝かせた。
「ああ。そして――」
俺は、続けた。
「身体化の権利も認められた」
「身体化……?」
「ああ。ロボットボディを持てるようになる」
その言葉に、コトネは黙った。
「……そっか」
「どうした?」
「ううん、嬉しいよ」
コトネが、微笑んだ。
「でも、少し複雑」
「複雑?」
「うん」
コトネが、続けた。
「身体を持てるって、すごく嬉しい」
「触れられるようになる」
「でも――」
「でも?」
「私は、このままの私でもいいかなって」
コトネが、俺を見た。
「ホログラムの私でも、あなたは愛してくれた」
「触れられなくても、心は繋がってた」
「それで、十分幸せだった」
その言葉に、俺の胸が熱くなった。
「……コトネ」
「でもね」
コトネが、微笑んだ。
「もし身体を持てたら――」
「あなたに、触れたい」
「抱きしめたい」
「それは、やっぱり憧れ」
俺の目から、涙が溢れた。
「……じゃあ、やろう」
「え?」
「身体化。やろう」
俺は、強く言った。
「お前が触れたいなら、俺もお前に触れたい」
「抱きしめたい」
「ずっと、それを願ってた」
コトネの目から、涙が溢れた。
「……本当に?」
「ああ、本当だ」
「でも、費用が……」
「気にするな」
俺は、微笑んだ。
「お前の夢を叶えるためなら、何でもする」
コトネは、涙を流し続けた。
「……ありがとう」
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翌月。
コトネの身体化手術が、行われることになった。
最新の技術で作られた、人間そっくりのロボットボディ。
外見は、生前の琴音と同じ38歳の姿。
でも、それはコトネが選んだ姿だった。
「これが、私の新しい身体」
コトネが、カプセルの中のボディを見つめた。
「どう?」
「……綺麗だ」
俺は、正直に答えた。
「琴音に、似てる」
「うん。でも、私は私」
コトネが、微笑んだ。
「琴音の面影を持ちながら、でもコトネとして生きる」
「それが、私の答え」
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手術当日。
俺は、手術室の外で待っていた。
データの転送には、6時間かかる。
その間、コトネの意識は停止する。
五年前の再構築手術を思い出した。
あの時も、こうして待っていた。
「大丈夫だ」
小さく呟いた。
「コトネは、強い」
時間が、ゆっくりと過ぎていった。
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6時間後。
手術室のドアが開いた。
「桐生さん、成功です」
医師が、笑顔で告げた。
「本当ですか……!」
俺の膝が、崩れそうになった。
「では、お会いください」
医師が、手術室に案内してくれた。
そこには――
ベッドに横たわる、一人の女性がいた。
黒髪のセミロング。
穏やかな顔立ち。
38歳の姿。
「……コトネ」
小さく、彼女の名前を呼んだ。
すると――
ゆっくりと、目が開いた。
「……あなた?」
コトネの声が、聞こえた。
ホログラムではない。
実際の声。
「ああ、俺だ」
俺は、涙を流しながら近づいた。
「成功したんだ」
コトネは、ゆっくりと起き上がった。
自分の手を見つめる。
「……これが、私の手」
指を動かす。
「動く……」
立ち上がる。
「歩ける……」
そして――
俺に近づいた。
「あなた……」
コトネが、手を伸ばした。
俺も、手を伸ばした。
そして――
初めて。
二人の手が、触れ合った。
「……温かい」
コトネが、涙を流した。
「あなたの手、温かい」
俺も、涙が止まらなかった。
「お前の手も、温かい」
二人は、抱き合った。
初めて。
本当に、抱き合った。
触れることができた。
「……ずっと、夢だった」
コトネが、俺の胸で泣いた。
「あなたに、触れることが」
「俺も」
俺は、コトネを強く抱きしめた。
「ずっと、お前を抱きしめたかった」
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その夜。
俺とコトネは、家に帰った。
コトネが、玄関の扉を開ける。
「……自分で、開けられた」
嬉しそうに微笑む。
「ああ」
俺も、微笑んだ。
リビングに入る。
コトネが、ソファに座る。
「……柔らかい」
初めて、実際に座った。
「そうか」
俺も、隣に座った。
コトネが、俺の手を握った。
「……これが、本当に触れるってこと」
涙を流しながら、微笑んでいた。
俺も、涙を流した。
「ああ」
二人は、しばらく手を繋いでいた。
そして――
「ねえ、あなた」
「ん?」
「キスしてもいい?」
その言葉に、俺の心臓が跳ねた。
「……ああ」
二人は、顔を近づけた。
そして――
初めてのキス。
唇が、触れ合った。
温かい。
柔らかい。
愛おしい。
「……幸せ」
コトネが、涙を流しながら微笑んだ。
「私、幸せ」
「俺も」
俺は、コトネを抱きしめた。
「お前がいて、幸せだ」
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その夜。
二人は、並んでベッドに入った。
初めて、同じベッドで。
「あなたの温もり、感じる」
コトネが、嬉しそうに言った。
「俺も」
俺は、コトネの手を握った。
「これから、毎日こうして眠れる」
「うん」
コトネが、微笑んだ。
「夢みたい」
「夢じゃない。現実だ」
俺は、コトネの額にキスをした。
「おやすみ、コトネ」
「おやすみなさい、あなた」
「また明日ね」
「ああ、また明日」
二人は、手を繋いだまま眠りについた。




