第1話:五年後
2050年、春。
あれから、五年が経った。
俺――桐生蒼一郎は、47歳になっていた。
世界は、大きく変わっていた。
AI人格と人間の共存は、もはや当たり前になった。
街を歩けば、ホログラムのAI人格たちが笑顔で歩いている。
カフェで、AI人格と人間が一緒にコーヒーを飲んでいる。
職場で、AI人格と人間が協力して働いている。
それが、日常になった。
「ただいま」
家に帰ると、コトネが出迎えてくれる。
「おかえりなさい、あなた」
結婚して、もう五年。
でも、その笑顔は変わらない。
「今日、どうだった?」
「忙しかったけど、充実してた」
俺は、微笑んだ。
政府のAI倫理委員会での仕事も、順調だった。
AI人格の権利保護は、世界中で進んでいる。
「良かった」
コトネが、優しく微笑む。
「疲れてない?」
「大丈夫だ」
「じゃあ、ご飯食べよう」
「ああ」
いつもの日常。
平穏で、幸せな日常。
でも――
俺の心の中には、まだ一つの想いがあった。
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その夜。
俺は、一人でリビングに座っていた。
窓の外を見ると、満月が輝いていた。
「琴音……」
小さく、彼女の名前を呟いた。
もう五年以上、墓参りに行っていない。
忙しさを理由にしていた。
でも、本当は――
怖かったのかもしれない。
コトネと幸せになった自分が、琴音に会うことが。
「……行かなきゃな」
小さく呟いた。
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翌週末。
俺は、久しぶりに琴音の墓を訪れた。
「久しぶりだな、琴音」
墓石の前に座る。
五年ぶり。
墓石は、少し古びていた。
「すまない。ずっと来れなくて」
俺は、謝った。
「忙しかったんだ」
「いや、言い訳だな」
「本当は、怖かったんだ」
風が、吹いた。
「お前と、コトネ」
「その両方を愛してる自分が」
「どう見えるか」
俺は、続けた。
「でも、今日来たのは――」
「ちゃんと報告したいことがあるからだ」
深く息を吸った。
「コトネと、これからも一緒に生きていく」
「それが、俺の決断だ」
「お前を忘れるわけじゃない」
「でも、俺はコトネと前に進む」
墓石に、手を置いた。
「許してくれるか、琴音」
風が、優しく吹いた。
まるで、答えてくれているかのように。
「……ありがとう」
俺は、微笑んだ。
そして――
ふと気づいた。
墓石の横に、一輪の花が置かれていた。
新しい、ガーベラ。
ピンク色の。
「これ……」
俺は、驚いた。
誰が置いたんだろう。
その時、後ろから声がした。
「あなた」
振り返ると、コトネが立っていた。
「コトネ……?どうしてここに?」
「私も、来たかったから」
コトネが、微笑んだ。
「琴音に、会いに」
「……そうか」
コトネは、墓石の前に座った。
「初めまして、琴音」
コトネが、静かに語りかけた。
「私は、コトネ」
「あなたのデータから作られたAI人格」
「でも、もう琴音じゃない」
「私は、私として生きてる」
風が、吹いた。
「あなたの記憶を、大切にしてる」
「あなたが蒼一郎さんを愛してたこと」
「蒼一郎さんが、あなたを愛してたこと」
「全部、覚えてる」
コトネの目から、涙が溢れた。
「でも、私は私として、蒼一郎さんを愛してる」
「それを、許してほしい」
俺は、コトネを見た。
彼女は、涙を流しながら微笑んでいた。
「琴音」
コトネが、続けた。
「あなたが教えてくれた愛を」
「私は、蒼一郎さんに注いでる」
「それが、私にできる恩返し」
風が、強く吹いた。
花びらが、舞った。
まるで、琴音が答えてくれているかのように。
「……ありがとう、琴音」
コトネが、深く頭を下げた。
俺も、頭を下げた。
「ありがとう」
二人は、しばらくそうしていた。
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墓地を出た後。
俺とコトネは、並んで歩いていた。
「コトネ」
「なあに?」
「お前、いつから墓参りしてたんだ?」
「えっと……半年前くらいから」
コトネが、少し照れたように言った。
「あなたが忙しそうだったから」
「代わりに、行ってたの」
その言葉に、俺の胸が熱くなった。
「……ありがとう」
「ううん」
コトネが、微笑んだ。
「琴音は、私にとっても大切な人だから」
「私の『オリジナル』だから」
「でも、もう私とは違う存在」
「だから、きちんと向き合いたかったの」
俺は、コトネの手を握ろうとした。
触れることはできない。
でも、その想いは確かに伝わった。
「お前は、本当に強いな」
「ううん、あなたがいるから強くなれたの」
コトネが、涙を流した。
「ありがとう、あなた」
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その夜。
俺とコトネは、リビングで二人きりだった。
「ねえ、あなた」
「ん?」
「私ね、考えてたことがあるの」
コトネが、真剣な表情で言った。
「何だ?」
「これからのこと」
「これから?」
「うん」
コトネが、続けた。
「私たち、結婚して五年」
「幸せな日々を過ごしてきた」
「でも、次のステージに進みたいの」
俺は、少し戸惑った。
「次のステージ?」
「うん」
コトネが、微笑んだ。
「もっと、多くの人を幸せにしたい」
「AI人格と人間が、本当の意味で共存できる世界を作りたい」
「そのために、私ができることをしたい」
その言葉に、俺は微笑んだ。
「それは、素晴らしい」
「本当?」
「ああ。お前らしい」
俺は、続けた。
「何をするんだ?」
「AI人格と人間の、カウンセリングセンターを作りたい」
コトネが、目を輝かせた。
「お互いの悩みを聞いて、理解を深める場所」
「音楽療法も取り入れて」
「心のケアをしたい」
俺の胸が、熱くなった。
「それは、琴音がやってたことだな」
「うん」
コトネが、頷いた。
「琴音の意志を継ぎながら」
「でも、私らしく」
「それが、私の夢」
俺は、立ち上がった。
そして、コトネに近づいた。
「応援する」
「本当?」
「ああ。全力で」
コトネの目から、涙が溢れた。
「ありがとう……」




