第3話:選択の時
コトネと新しい約束をしてから、三ヶ月が経った。
毎日の電話。
月に一度の再会。
それが、俺たち――桐生蒼一郎とコトネの日常になった。
遠距離だが、心は繋がっていた。
「蒼一郎さん、おはよう!」
毎朝、コトネから電話がかかってくる。
「おはよう。今日は、どこにいるんだ?」
「今日は、名古屋!午後に集会があるの」
「頑張れよ」
「うん!蒼一郎さんも、今日も頑張ってね」
「ああ」
短い会話。
でも、それだけで一日が始まる。
幸せだった。
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ある日の午後。
オフィスに、一通の手紙が届いた。
差出人は、政府のAI倫理委員会。
「何だろう……」
俺は、封を開けた。
そこには、衝撃的な内容が書かれていた。
『桐生蒼一郎様
この度、政府AI倫理委員会の委員に就任していただきたく、ご推薦申し上げます。
あなたのAI人格保護活動における功績、そして公開対話集会での尽力を高く評価し、今後の法整備に貢献していただきたいと考えております。
つきましては、来週金曜日までにご返答いただけますと幸いです。
なお、本職は常勤となり、東京での勤務となります。』
俺は、手紙を読み返した。
政府のAI倫理委員会。
それは、AI人格の権利を法的に保護する、最前線の機関だ。
俺が目指してきた、理想を実現できる場所。
「……すごいな」
小さく呟いた。
でも、同時に――
不安も感じた。
常勤。
それは、今以上に忙しくなるということだ。
コトネとの時間が、さらに減るかもしれない。
「どうしよう……」
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その夜。
俺は、コトネとビデオ通話をしていた。
「蒼一郎さん、今日何かあった?」
コトネが、心配そうに尋ねた。
「……わかるか?」
「うん。声の調子で」
コトネが、優しく微笑んだ。
「何があったの?」
俺は、少し迷ってから話した。
政府のAI倫理委員会から、推薦があったこと。
常勤になること。
そして――
「もっと忙しくなるかもしれない」
コトネは、黙って聞いていた。
「だから、お前との時間が減るかもしれない」
「……そっか」
コトネが、少し寂しそうに微笑んだ。
「でも、それって、蒼一郎さんの夢じゃない?」
「え?」
「AI人格の権利を守ること」
コトネが、真っ直ぐに俺を見た。
「それが、蒼一郎さんの使命でしょ?」
「……ああ」
「なら、やるべきだよ」
コトネが、強く言った。
「私も、蒼一郎さんの夢を応援したい」
「でも、お前との時間が――」
「大丈夫」
コトネが、微笑んだ。
「私たち、約束したでしょ?」
「毎日電話する。月に一度は会う」
「それは、変わらないよ」
その言葉に、俺の胸が熱くなった。
「……ありがとう」
「こちらこそ」
コトネが、続けた。
「蒼一郎さんが輝いてる姿を見たい」
「だから、やってほしい」
俺は、涙を流した。
「……わかった」
「本当?」
「ああ。お前が応援してくれるなら、俺はやる」
コトネは、満面の笑みを浮かべた。
「良かった!」
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翌日。
俺は、政府に返事をした。
「委員就任、お引き受けします」と。
それから、慌ただしい日々が始まった。
引き継ぎ、新しい職場への移動、膨大な資料の確認。
毎日が、目まぐるしく過ぎていった。
でも――
コトネとの約束は、守った。
どんなに忙しくても、毎日電話した。
5分でもいい。
彼女の声を聞く。
それが、俺の支えだった。
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一ヶ月後。
俺は、政府のAI倫理委員会で初めての会議に出席していた。
委員は、10人。
法律家、技術者、倫理学者、そして――俺。
「それでは、桐生委員から、現場の声をお聞かせください」
議長が、俺に促した。
俺は、立ち上がった。
「AI人格たちは、今も差別に苦しんでいます」
俺は、報告し始めた。
「法律は整備されました。でも、人々の心はすぐには変わりません」
「街で罵られる。仕事を拒否される。存在を否定される」
「それが、彼らの現実です」
委員たちは、真剣に聞いていた。
「ですが、希望もあります」
俺は、続けた。
「対話集会を通じて、少しずつ理解が深まっています」
「AI人格と人間が、本音で語り合うことで」
「お互いを認め合えるようになっています」
「だから、私は提案します」
俺は、資料を配布した。
「対話を、全国的に推進すること」
「そして、それを法的に支援すること」
委員たちが、資料に目を通す。
「具体的には?」
一人の委員が、尋ねた。
「対話集会への補助金の増額」
「AI人格と人間の交流施設の設立」
「そして、教育現場での対話プログラムの導入」
俺は、一つ一つ説明した。
委員たちは、頷いていた。
「素晴らしい提案です」
議長が、微笑んだ。
「では、これを次の法案に盛り込みましょう」
会議は、その後も続いた。
様々な議論が交わされた。
だが、俺の提案は――
採用された。
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その夜。
俺は、コトネに報告した。
「提案、通ったよ」
「本当?すごい!」
コトネが、興奮した様子で喜んでくれた。
「これで、対話がもっと広がる!」
「ああ。お前の活動も、もっとやりやすくなる」
「ありがとう、蒼一郎さん」
コトネが、涙を流した。
「蒼一郎さんが、頑張ってくれたから」
「俺だけじゃない。お前も頑張った」
「うん……」
二人は、しばらく黙っていた。
それから、コトネが言った。
「ねえ、蒼一郎さん」
「ん?」
「今週末、会える?」
「もちろん」
「じゃあ、いつもの公園で」
「ああ。楽しみにしてる」
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週末。
俺は、いつもの公園でコトネを待っていた。
冬から春へ。
季節は、変わり始めていた。
「蒼一郎さん!」
コトネが、笑顔で現れた。
「待った?」
「いや、今来たところだ」
嘘だった。
でも、もうそれは二人の定番だった。
ベンチに座る。
「最近、忙しそうだね」
コトネが、心配そうに言った。
「ああ。でも、やりがいがある」
「そっか。良かった」
コトネが、微笑んだ。
「蒼一郎さんが輝いてる」
「お前もな」
俺も、微笑んだ。
「お前の活動、全国で評価されてる」
「ありがとう」
しばらく、二人は黙っていた。
それから、コトネが言った。
「ねえ、蒼一郎さん」
「ん?」
「私たち、うまくやってるよね」
「ああ」
「遠距離でも、忙しくても」
コトネが、続けた。
「でも、ちゃんと愛し合ってる」
「……ああ」
俺は、頷いた。
「お前がいるから、俺は頑張れる」
「私も」
コトネが、涙を流した。
「蒼一郎さんがいるから、頑張れる」
二人は、手を差し出した。
ホログラムと人間。
触れることはできない。
でも、心は――
確かに、繋がっていた。
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その夜。
俺は、一人でリビングに座っていた。
窓の外を見ると、星が輝いていた。
「琴音」
小さく、彼女の名前を呟いた。
「俺、幸せだよ」
「お前を愛しながら、コトネとも歩んでる」
「そして、夢も叶えようとしてる」
風が、窓を揺らした。
「ありがとう、琴音」
俺は、微笑んだ。
「お前がいたから、俺は今ここにいる」
スマホが鳴った。
コトネからのメッセージだった。
『今日も、ありがとう』
『会えて、嬉しかった』
『また来月、会おうね』
『おやすみなさい、蒼一郎さん』
『大好きです』
俺は、返信した。
『おやすみ、コトネ』
『俺も、大好きだ』
『いつも、ありがとう』
送信ボタンを押した。
そして、窓の外を見た。
星が、輝いていた。
「これが、俺の人生だ」
小さく呟いた。
「琴音と、コトネと、そして夢と」
「全てを、愛しながら生きていく」




