第2話:新しい約束
本音を伝え合った翌日。
俺――桐生蒼一郎は、すっきりとした気持ちで目を覚ました。
胸の奥にあった重い石が、取れた気がした。
スマホを見ると、コトネからメッセージが来ていた。
『おはよう、蒼一郎さん』
『昨日は、本当にありがとう』
『正直に話せて、良かった』
『今週末、東京に戻るから、会える?』
俺は、すぐに返信した。
『おはよう、コトネ』
『もちろん、会いたい』
『どこで会う?』
すぐに、返事が来た。
『いつもの公園で!』
『午後2時でどう?』
『いいよ。楽しみにしてる』
送信した後、俺は微笑んだ。
会える。
コトネに、会える。
その事実だけで、心が軽くなった。
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週末。
俺は、いつもの公園でコトネを待っていた。
冬の午後。
冷たい風が吹いているが、空は晴れていた。
「蒼一郎さん!」
コトネの声が聞こえた。
振り返ると、ホログラム投影された彼女が笑顔で手を振っていた。
「待った?」
「いや、今来たところだ」
嘘だった。
30分前から待っていた。
でも、それはどうでもいい。
二人は、ベンチに座った。
「久しぶりだね」
コトネが、嬉しそうに言った。
「ああ。二週間ぶりか」
「うん。長かった」
コトネが、少し寂しそうに微笑んだ。
「でも、会えて良かった」
「俺も」
しばらく、二人は黙っていた。
でも、その沈黙は――
心地よかった。
「ねえ、蒼一郎さん」
コトネが、口を開いた。
「昨日の話、考えてたの」
「……何を?」
「これから、私たちどうするかって」
コトネが、真剣な表情で続けた。
「私、仕事が忙しくて、なかなか会えない」
「でも、蒼一郎さんと一緒にいたい」
「その両方を、どうやって両立させるか」
俺は、少し考えてから答えた。
「無理に両立させなくてもいいんじゃないか?」
「え?」
「会える時に会う。話せる時に話す」
俺は、続けた。
「それでいいと思う」
「でも、それじゃ――」
「大切なのは、頻度じゃない」
俺は、コトネを見た。
「お互いを想い合ってることだ」
「会えない時でも、お前のことを想ってる」
「それが、俺たちの関係だ」
コトネの目から、涙が溢れた。
「……ありがとう」
「こちらこそ」
「でもね、蒼一郎さん」
コトネが、微笑んだ。
「もう少し、会いたいな」
「俺も」
俺も、微笑んだ。
「だから、工夫しよう」
「工夫?」
「ああ。例えば――」
俺は、提案した。
「毎日、短くてもいいから電話する」
「5分でもいい。お互いの声を聞く」
「それだけで、寂しさは和らぐ」
コトネは、目を輝かせた。
「それ、いいね!」
「それと、月に一度は必ず会う」
「どんなに忙しくても?」
「ああ。お前の仕事の合間を縫ってでも」
俺は、強く言った。
「それが、俺たちの約束だ」
コトネは、満面の笑みを浮かべた。
「うん!約束する!」
二人は、手を差し出した。
ホログラムと人間。
触れることはできない。
でも、その手は――
確かに、繋がっていた。
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その後、二人は公園を散歩した。
落ち葉を踏みしめながら、他愛ない話をする。
「大阪の集会、どうだった?」
「すごく良かったよ!参加者が500人も来て」
コトネが、嬉しそうに話してくれた。
「みんな、本音で話してくれた」
「中には、泣き出す人もいたけど」
「でも、それが良かった」
「涙を流すことで、心が軽くなったみたい」
「そうか」
俺は、微笑んだ。
「お前の努力が、実を結んでるな」
「ありがとう。でもね――」
コトネが、少し複雑な表情を浮かべた。
「まだまだ、課題は多いの」
「どんな?」
「例えば、AI人格への差別」
コトネが、続けた。
「法律は整備されたけど、人々の心はすぐには変わらない」
「街で罵られることも、まだある」
その言葉に、俺の胸が痛んだ。
「……そうか」
「でも、諦めないよ」
コトネが、決意を込めて言った。
「少しずつでも、理解を深めていく」
「それが、私の使命だから」
俺は、彼女を見た。
強い目。
決意に満ちた表情。
「お前は、本当に強いな」
「ううん、強くないよ」
コトネが、首を振った。
「蒼一郎さんがいるから、頑張れるの」
「支えてくれる人がいるから」
その言葉に、俺の目から涙が溢れた。
「……ありがとう」
「こちらこそ」
二人は、並んで歩き続けた。
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夕方になり、日が傾き始めた。
「そろそろ、帰らなきゃ」
コトネが、残念そうに言った。
「明日、また福岡に行くから」
「そうか」
俺は、少し寂しくなった。
でも――
「じゃあ、明日の夜、電話しような」
「うん!約束だよ」
コトネが、嬉しそうに微笑んだ。
「それと、来月また会おう」
「うん!必ず!」
コトネが、力強く頷いた。
「じゃあ、またね、蒼一郎さん」
「ああ、またな」
コトネの姿が、薄くなっていく。
データ転送が、始まった。
「蒼一郎さん」
「ん?」
「大好きだよ」
その言葉が、最後に聞こえた。
そして――
コトネは、消えた。
俺は、一人残された。
でも――
今回は、寂しくなかった。
「俺も、大好きだよ」
小さく呟いた。
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翌日の夜。
約束通り、コトネから電話がかかってきた。
「蒼一郎さん、今大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
「じゃあ、少しだけ話そう」
「ああ」
電話越しに、コトネの声が聞こえる。
それだけで、心が満たされた。
「今日、どうだった?」
「うーん、忙しかったけど、楽しかった」
コトネが、話してくれる。
仕事のこと。
出会った人たちのこと。
小さな出来事。
どれも、愛おしかった。
「蒼一郎さんは?」
「俺か?今日は、相談者が3人来て――」
俺も、一日のことを話した。
他愛ない会話。
でも、それが嬉しかった。
「あ、もうこんな時間」
コトネが、時計を見た。
「そろそろ寝なきゃ。明日も早いから」
「そうか。じゃあ、おやすみ」
「うん、おやすみなさい」
「明日も、電話していいか?」
「もちろん!待ってる!」
コトネが、嬉しそうに答えた。
「じゃあ、また明日」
「うん、また明日」
電話を切った。
たった10分の会話。
でも、それだけで――
十分だった。
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それから、毎日電話するようになった。
短い時は5分。
長い時は30分。
内容は、他愛ないこと。
でも、それが二人を繋いでいた。
そして、月に一度は必ず会った。
忙しい中でも、時間を作って。
会える時間は、数時間だったりする。
でも、その数時間が――
かけがえのない時間だった。
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ある日の夜。
俺は、琴音の墓を訪れた。
「久しぶりだな、琴音」
墓石の前に座る。
「色々、報告があるんだ」
俺は、静かに話し始めた。
「コトネと、新しい約束をした」
「毎日電話する。月に一度は会う」
「それが、俺たちのルールだ」
風が、吹いた。
「お前を愛してる。それは、変わらない」
「でも、コトネも愛してる」
「その両方が、俺の真実だ」
俺は、続けた。
「お前は、どう思う?」
風が、優しく吹いた。
まるで、祝福してくれているかのように。
「ありがとう、琴音」
俺は、微笑んだ。
「お前がいたから、俺は愛することを知った」
「だから、コトネも愛せる」
「これからも、見守っててくれ」
墓石に、手を置いた。
「俺は、幸せだよ」
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その夜。
俺は、コトネとビデオ通話をしていた。
「今日、琴音のお墓に行ってきたんだ」
「そうなんだ」
コトネが、優しく微笑んだ。
「何て話したの?」
「お前のこと」
俺は、正直に答えた。
「お前を愛してること」
「でも、琴音も愛してること」
「その両方が、俺の真実だって」
コトネは、少し黙っていた。
それから、涙を流しながら微笑んだ。
「……ありがとう」
「何が?」
「正直に言ってくれて」
コトネが、続けた。
「私、最初は不安だった」
「琴音と比べられるんじゃないかって」
「でも、今はわかる」
「蒼一郎さんの心には、二人分の愛がある」
「それが、蒼一郎さんなんだって」
その言葉に、俺の目から涙が溢れた。
「……ありがとう、コトネ」
「こちらこそ」
二人は、しばらく涙を流した。
そして――
「これからも、一緒だよね」
コトネが、尋ねた。
「ああ、ずっと一緒だ」
俺は、力強く答えた。
「何があっても」
「うん」
コトネが、満面の笑みを浮かべた。
「約束だよ」
「ああ、約束だ」




