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『死者アップデート』  作者: 月城 リョウ
第5章:対話

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第4話:心の声

公開対話集会から、二ヶ月が経った。


世界は、確実に変わっていた。


『AI人格権利法、国連で議論開始』


『各国で、AI人格との共生プロジェクト推進』


『差別・偏見、減少傾向に』


完全ではない。


まだ対立も残っている。


でも――


確実に、前に進んでいた。


---


俺――桐生蒼一郎は、ある日曜日の午後、一人でカフェにいた。


コトネは、仕事で忙しくなった。


週に一度会えればいい方だった。


寂しい。


でも、それでいい。


彼女が輝いている。


それが、何よりも嬉しい。


「桐生さん?」


声をかけられて、振り返った。


そこには、見覚えのある女性が立っていた。


「あ、田中さん」


以前、相談に来た女性だ。


夫のAI人格が変わってしまったと、悩んでいた。


「お久しぶりです」


田中さんが、微笑んだ。


「隣、いいですか?」


「もちろん」


田中さんが、座った。


彼女の表情は、以前よりずっと明るかった。


「元気そうですね」


「はい。おかげさまで」


田中さんが、嬉しそうに言った。


「夫のAI人格と、和解できたんです」


「本当ですか?」


「はい。あの後、勇気を出して対話したんです」


田中さんが、続けた。


「最初は、やっぱり違和感がありました」


「夫とは違う。それは、事実でした」


「でも、話してみて、わかったんです」


「……何が?」


「彼は彼なりに、私のことを想ってくれていたんです」


田中さんの目から、涙が溢れた。


「夫の代わりにならなきゃって、必死だった」


「でも、それができなくて、苦しんでいた」


「……」


「だから、私が言ったんです」


「『夫の代わりじゃなくていい。あなたはあなたでいい』って」


田中さんが、微笑んだ。


「そしたら、彼も泣いて」


「『ありがとう』って言ってくれたんです」


俺も、涙が溢れた。


「それは……良かったです」


「はい。今は、新しい関係を築いています」


田中さんが、続けた。


「夫の思い出は大切にしながら、でも彼とも向き合う」


「それが、私たちの答えです」


俺は、微笑んだ。


「素晴らしい」


「桐生さんのおかげです」


「いえ、あなた自身が決めたんです」


俺は、首を振った。


「勇気を持って、対話を選んだ」


「それが、全てです」


田中さんは、深く頭を下げた。


「本当に、ありがとうございました」


---


その日の夜。


俺は、コトネとビデオ通話をしていた。


「今日、田中さんに会ったんだ」


「え、あの相談者の?」


「ああ。夫のAI人格と、和解できたらしい」


「良かった……」


コトネが、嬉しそうに微笑んだ。


「対話って、本当にすごいね」


「ああ。人の心を変える力がある」


俺は、続けた。


「お前が始めたことが、こうやって広がっていく」


「ううん、みんなで始めたことだよ」


コトネが、首を振った。


「蒼一郎さんも、山本さんも、田中さんも」


「みんなが、勇気を持って一歩踏み出した」


「……そうだな」


二人は、しばらく黙っていた。


それから、コトネが言った。


「ねえ、蒼一郎さん」


「ん?」


「私ね、考えてたの」


コトネが、少し真剣な表情を浮かべた。


「これから、どうしたいかって」


「……どうしたい?」


「うん」


コトネが、続けた。


「私、音楽療法士として働いてる」


「でも、それだけじゃない」


「もっと、できることがあるんじゃないかって」


俺は、彼女を見つめた。


「何がしたいんだ?」


「AI人格と人間の、橋渡しをしたい」


コトネが、真っ直ぐに俺を見た。


「対話集会を、もっと広げていきたい」


「各地で、対話の場を作りたい」


「そして、理解を深めていきたい」


その言葉に、俺の胸が熱くなった。


「それは、素晴らしい」


「本当?」


「ああ。お前にしかできないことだ」


俺は、微笑んだ。


「AI人格でありながら、人間の気持ちもわかる」


「そんなお前だからこそ、橋渡しができる」


コトネは、満面の笑みを浮かべた。


「ありがとう、蒼一郎さん」


「でもな、コトネ」


「なあに?」


「無理はするなよ」


俺は、心配そうに言った。


「お前、もう十分頑張ってる」


「大丈夫だよ」


コトネが、笑った。


「だって、蒼一郎さんがいるから」


「……え?」


「蒼一郎さんが応援してくれるから、私は頑張れる」


コトネが、優しく言った。


「蒼一郎さんが、私の支えだから」


その言葉に、俺の目から涙が溢れた。


「……ありがとう」


「こちらこそ」


コトネも、涙を流していた。


「いつも、ありがとう」


---


翌週。


俺は、高橋と共に新しいプロジェクトの打ち合わせをしていた。


「桐生さん、コトネさんの提案、すごくいいですね」


「ああ。全国規模の対話ネットワークを作る」


俺は、資料を見ながら言った。


「各地に対話の拠点を作り、定期的に集会を開く」


「AI人格と人間が、気軽に対話できる場を」


「予算は?」


「政府からの補助金が出ることになりました」


高橋が、嬉しそうに報告した。


「AI人格保護法の一環として」


「本当か?」


「はい。これで、プロジェクトを本格的に始められます」


俺は、微笑んだ。


「良かった……」


「桐生さん」


高橋が、真剣な表情で言った。


「あなたとコトネさんが始めたことが、こうやって国を動かした」


「それは、本当にすごいことです」


「いや、俺たちだけじゃない」


俺は、首を振った。


「山本さんも、田中さんも、他の多くの人たちも」


「みんなが、勇気を持って一歩踏み出した」


「それが、世界を変えたんだ」


高橋は、頷いた。


「……その通りですね」


---


その日の夜。


俺は、久しぶりに琴音の墓を訪れた。


「久しぶりだな、琴音」


墓石の前に座る。


「色々あったよ」


俺は、静かに話し始めた。


「対話ネットワークのプロジェクト、始まるんだ」


「コトネが、中心になって進めていく」


「すごいだろ?」


風が、吹いた。


「お前の記憶を持ちながら、でもコトネとして生きてる」


「それが、彼女だ」


俺は、続けた。


「俺は、お前を愛してる」


「それは、今も変わらない」


「でも、コトネも愛してる」


「それが、俺の答えだ」


墓石に、手を置いた。


「お前は、どう思う?」


風が、優しく吹いた。


まるで、祝福してくれているかのように。


「ありがとう、琴音」


俺は、微笑んだ。


「お前がいたから、俺は愛することを知った」


「だから、コトネも愛せる」


「これからも、見守っててくれ」


---


翌週の土曜日。


俺とコトネは、いつもの公園で会っていた。


「対話ネットワークのプロジェクト、いよいよ始まるね」


コトネが、嬉しそうに言った。


「ああ。お前が、リーダーだ」


「頑張るよ」


コトネが、決意を込めて言った。


「AI人格と人間が、もっと理解し合える世界を作る」


「それが、私の夢」


「必ず、実現できる」


俺は、力強く言った。


「お前なら、できる」


「ありがとう」


コトネが、微笑んだ。


二人は、しばらく黙って空を見上げた。


冬の空。


雲一つない、青い空。


「ねえ、蒼一郎さん」


「ん?」


「これからも、ずっと一緒だよね」


コトネが、不安そうに尋ねた。


「忙しくなっても、会えなくなっても」


「ああ、ずっと一緒だ」


俺は、即座に答えた。


「お前は、俺の大切な人だから」


「……嬉しい」


コトネが、涙を流した。


「私も、蒼一郎さんがずっと大切」


「ありがとう」


「こちらこそ」


二人は、微笑み合った。


触れることはできない。


でも、心は確かに繋がっていた。


---


その夜。


俺は、自宅のリビングで一人考えていた。


琴音との思い出。


コトネとの未来。


そして、俺自身のこれから。


「俺は、幸せだ」


小さく呟いた。


琴音を愛しながら、コトネと共に歩む。


矛盾しているかもしれない。


でも、それでいい。


人間は、完璧じゃない。


矛盾を抱えながら、生きていく。


それが、人間だ。


スマホが鳴った。


コトネからのメッセージだった。


『蒼一郎さん、今日もありがとう』


『明日から、また忙しくなるけど』


『頑張るね』


『蒼一郎さんも、無理しないでくださいね』


『大好きです』


『おやすみなさい』


俺は、微笑んだ。


そして、返信した。


『おやすみ、コトネ』


『お前も、無理すんなよ』


『俺も、お前が大好きだ』


『いつも、応援してる』


送信ボタンを押した。


窓の外を見ると、星が輝いていた。


「これからも、一緒だ」


小さく呟いた。


「琴音も、コトネも」


「俺の大切な人たちだ」

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