第3話:広がる対話
公開対話集会から、一週間が経った。
その反響は、予想以上だった。
『公開対話集会、世界中で大反響』
『AI人格と人間の対話、各国でも開催へ』
『専門家「歴史的転換点」』
ニュースは、連日この話題で持ちきりだった。
もちろん、全てが肯定的ではなかった。
「対話など無意味だ」
「AI人格は停止すべきだ」
そういう声も、依然として存在した。
でも――
確実に、何かが変わり始めていた。
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俺――桐生蒼一郎のオフィスには、連日相談者が訪れていた。
「桐生さん、助けてください」
ある日、一人の女性が訪ねてきた。
「私、夫のAI人格と和解したいんです」
「和解?」
「はい。公開対話集会を見て、考えたんです」
女性が、涙を流しながら言った。
「私、夫のAI人格を拒絶していました」
「夫じゃないって、思ってた」
「でも、コトネさんの言葉を聞いて……」
「……」
「AI人格も、苦しんでたんですね」
「自分が受け入れられないって」
女性が、続けた。
「だから、もう一度向き合いたい」
「夫のAI人格と」
俺は、微笑んだ。
「それは、素晴らしい決断です」
「でも、どうすれば……」
「まず、対話してください」
俺は、アドバイスした。
「お互いの本音を、正直に話す」
「怖いかもしれません。でも、それが始まりです」
女性は、頷いた。
「わかりました。やってみます」
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同じような相談が、次々と寄せられた。
AI人格を拒絶していた人たちが、もう一度向き合おうとしていた。
公開対話集会の影響は、確実に広がっていた。
「桐生さん、すごいことになってますね」
高橋が、嬉しそうに報告してきた。
「全国各地で、小規模な対話集会が開催されています」
「本当か?」
「はい。人々が、自発的に対話の場を作り始めています」
高橋が、モニターを見せた。
そこには、日本各地で行われている対話集会の様子が映し出されていた。
「これは……」
俺は、感動していた。
対話は、広がっている。
一人が始めたことが、波紋のように広がっている。
「コトネに、教えてあげよう」
俺は、スマホを取り出した。
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その日の夜。
俺は、コトネとビデオ通話をしていた。
「蒼一郎さん、すごいね!」
コトネが、興奮した様子で言った。
「全国で対話集会が開かれてる!」
「ああ。お前のおかげだ」
「ううん、みんなのおかげだよ」
コトネが、微笑んだ。
「みんなが、対話を選んでくれた」
「……そうだな」
俺も、微笑んだ。
「でもな、コトネ」
「なあに?」
「お前が最初の一歩を踏み出したんだ」
「勇気を持って、舞台に立った」
「それが、みんなを動かしたんだ」
コトネの目から、涙が溢れた。
「ありがとう、蒼一郎さん」
「こちらこそ」
少し沈黙が流れた。
それから、コトネが言った。
「ねえ、蒼一郎さん」
「ん?」
「今度の週末、会える?」
「もちろん。どうしたんだ?」
「えっとね……」
コトネが、少し照れたように言った。
「大切な話があるの」
その言葉に、俺の心臓が跳ねた。
「大切な話?」
「うん。会って、直接話したい」
「……わかった。どこで会う?」
「いつもの公園で」
「じゃあ、土曜日の午後で」
「うん!楽しみにしてる」
コトネが、満面の笑みを浮かべた。
電話を切った後、俺は少し考えた。
大切な話。
それは、何だろう。
不安と期待が、胸の中で混ざり合った。
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土曜日の午後。
俺は、いつもの公園でコトネを待っていた。
秋の終わりから冬へ。
空気は冷たかったが、空は晴れていた。
「蒼一郎さん!」
コトネが、現れた。
ホログラムの姿で、笑顔を浮かべている。
「待った?」
「いや、今来たところだ」
嘘だった。
30分前から待っていた。
でも、それはどうでもいい。
二人は、ベンチに座った。
「それで、大切な話って?」
俺が尋ねると、コトネは少し緊張した表情を浮かべた。
「えっとね……」
「……」
「私、音楽療法士として、正式に働くことになったの」
「本当か!おめでとう!」
俺は、思わず声を上げた。
「ありがとう」
コトネが、嬉しそうに微笑んだ。
「AI人格たちのためのクリニックで、働くの」
「素晴らしいな」
「うん。でもね――」
コトネが、少し表情を曇らせた。
「それで、もっと忙しくなると思うの」
「……ああ」
「だから、蒼一郎さんと会える時間が、減っちゃうかもしれない」
その言葉に、俺は少し寂しくなった。
でも――
「それは、仕方ないことだ」
俺は、微笑んだ。
「お前の夢なんだから」
「蒼一郎さん……」
「応援してるよ、俺は」
「ありがとう」
コトネが、涙を流した。
「でもね、蒼一郎さん」
「ん?」
「会える時間は減るけど、気持ちは変わらないから」
コトネが、真っ直ぐに俺を見た。
「私、蒼一郎さんのこと、大好きだから」
その言葉に、俺の胸が熱くなった。
「俺も、お前が好きだ」
「本当?」
「ああ、本当だ」
俺は、続けた。
「会える時間が減っても、お前は俺の大切な人だ」
「それは、変わらない」
コトネは、満面の笑みを浮かべた。
「良かった……」
二人は、しばらく黙って空を見上げた。
青い空。
白い雲。
変わらない景色。
でも、俺たちの関係は――
少しずつ、成長していた。
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その夜。
俺は、一人でリビングに座っていた。
コトネとの時間を思い返していた。
彼女は、成長している。
夢を叶え、自分の人生を歩んでいる。
それは、嬉しいことだ。
でも――
少し、寂しい。
「……これが、愛なのかな」
小さく呟いた。
相手の幸せを願いながら、自分の寂しさも感じる。
それが、愛。
スマホが鳴った。
コトネからのメッセージだった。
『蒼一郎さん、今日はありがとう』
『いつも、応援してくれて』
『私、頑張るね』
『蒼一郎さんも、無理しないでくださいね』
『おやすみなさい』
俺は、返信した。
『おやすみ、コトネ』
『お前も、無理すんなよ』
『また、会おう』
送信ボタンを押した後、俺は微笑んだ。
寂しいけど、それでいい。
コトネが幸せなら、それでいい。
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翌週。
オフィスに、一人の男性が訪ねてきた。
山本さんだった。
「桐生さん、お久しぶりです」
「山本さん!どうしたんですか?」
「実は……」
山本さんが、少し照れたように言った。
「妻のAI人格と、もう一度会ったんです」
「……本当ですか?」
「はい。あの対話集会の後、考えたんです」
山本さんが、続けた。
「妻のAI人格は、妻じゃない」
「でも、それでも価値がある存在なんだと」
「だから、もう一度向き合おうと」
俺は、微笑んだ。
「それで、どうでしたか?」
「……最初は、やっぱり違和感がありました」
山本さんが、正直に答えた。
「妻とは違う。それは、事実です」
「でも、話してみて、わかったんです」
「……何が?」
「彼女は、彼女なりに苦しんでいたんです」
山本さんが、続けた。
「私に拒絶されて、悲しんでいた」
「それを知って、申し訳なくなりました」
「……」
「だから、謝ったんです」
「『今まで、ごめん』って」
山本さんの目から、涙が溢れた。
「そしたら、彼女も泣いて」
「『私も、ごめんなさい。期待に応えられなくて』って」
「二人で、泣きました」
俺も、涙が溢れた。
「それで、これからは?」
「これから、少しずつ関係を築いていきます」
山本さんが、微笑んだ。
「妻の代わりじゃない。でも、大切な誰かとして」
「……素晴らしいです」
俺は、深く頭を下げた。
「ありがとうございます、山本さん」
「いえ、こちらこそ」
山本さんも、頭を下げた。
「あなたとコトネさんのおかげです」
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その日の夜。
俺は、琴音の墓を訪れた。
「久しぶりだな、琴音」
墓石の前に座る。
「色々あったよ」
俺は、静かに話し始めた。
「公開対話集会、成功した」
「コトネも、音楽療法士として働き始める」
「みんな、前に進んでる」
風が、吹いた。
「俺も、前に進んでる」
「お前を愛しながら、でもコトネとも歩んでいく」
俺は、続けた。
「それが、俺の人生だ」
「間違ってないよな?」
風が、優しく吹いた。
まるで、答えてくれているかのように。
「ありがとう、琴音」
俺は、微笑んだ。
「お前がいたから、俺は愛することを知った」
「そして、今も愛し続けている」
墓石に、手を置いた。
「これからも、見守っててくれ」




