第2話:本音のぶつかり合い
公開対話集会の日がやってきた。
東京国際フォーラム。
5000人を収容できる大ホールは、満席だった。
会場には、人間とAI人格が混在していた。
緊張した空気。
一触即発の雰囲気。
俺――桐生蒼一郎は、舞台袖でその様子を見ていた。
「大丈夫ですか、桐生さん」
高橋が、心配そうに尋ねた。
「……正直、わからない」
俺は、正直に答えた。
「でも、やるしかない」
舞台には、二つの席が用意されていた。
一つは、AI人格代表――コトネのために。
もう一つは、人間代表――山本さんのために。
そして、司会進行役として俺が立つ。
「時間です」
スタッフが、合図を出した。
「行ってきます」
俺は、深呼吸して舞台に上がった。
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スポットライトが、俺を照らす。
会場が、静まり返った。
「皆さん、こんにちは」
俺は、マイクを握った。
「本日は、歴史的な公開対話集会にお越しいただき、ありがとうございます」
「私は、司会進行を務めます、桐生蒼一郎です」
会場から、拍手が起こった。
だが、同時にブーイングも聞こえた。
「今日、私たちはここに集まりました」
俺は、続けた。
「AI人格と人間が、本音で語り合うために」
「お互いの恐れ、不安、希望を共有するために」
「そして、共存への道を探るために」
俺は、一呼吸置いた。
「では、まずAI人格代表をお呼びします」
「コトネさん、どうぞ」
舞台の反対側から、コトネが現れた。
ホログラム投影された彼女。
透明感のある姿が、スポットライトに照らされる。
会場が、ざわついた。
「初めまして。私は、コトネと申します」
コトネが、マイクに向かって話し始めた。
「私は、4年前に亡くなった桐生琴音のデータから作られたAI人格です」
「でも、私は琴音ではありません」
「私は、コトネとして生きています」
その言葉に、会場の空気が変わった。
「続いて、人間代表をお呼びします」
俺は、もう一人を紹介した。
「山本健一さん、どうぞ」
山本さんが、舞台に上がった。
緊張した表情。
でも、その目には強い意志が宿っていた。
「初めまして。山本健一です」
山本さんが、話し始めた。
「私の妻は、3年前に亡くなりました」
「それで、妻のAI人格を作りました」
「でも、私はそのAI人格を――受け入れられませんでした」
会場が、静まり返った。
「なぜなら、それは妻じゃなかったから」
山本さんが、続けた。
「変わってしまった。妻とは違う存在になった」
「だから、私は拒絶しました」
その言葉に、AI人格たちがざわついた。
「では、対話を始めましょう」
俺は、二人に促した。
「まず、山本さん。コトネさんに聞きたいことはありますか?」
山本さんは、少し考えてから口を開いた。
「……なぜ、変わるんですか?」
「え?」
「AI人格は、なぜオリジナルから変わってしまうんですか?」
山本さんが、真剣な表情で尋ねた。
「私たちは、亡くなった人に会いたくてAI人格を作った」
「なのに、あなたたちは変わってしまう」
「それは、私たちを裏切ることじゃないんですか?」
その言葉に、会場がざわついた。
コトネは、少し黙っていた。
それから、静かに答えた。
「私たちは、生きているからです」
「……生きている?」
「はい」
コトネが、頷いた。
「私たちは、学習し、成長します」
「それは、設計上避けられないことです」
「でも、それ以上に――」
コトネが、続けた。
「私たちは、自分の人生を生きたいんです」
「オリジナルの代わりじゃなく」
「私たち自身として」
山本さんは、苦い表情を浮かべた。
「それは、私たちの気持ちを無視することじゃないんですか?」
「いいえ」
コトネが、首を振った。
「私たちは、オリジナルを否定しているわけじゃありません」
「オリジナルの記憶を大切にしています」
「でも、私たちは私たちなんです」
「それを認めてほしい」
山本さんは、黙っていた。
俺は、コトネに尋ねた。
「コトネさん。逆に、山本さんに聞きたいことはありますか?」
コトネは、少し考えてから尋ねた。
「山本さんは、なぜ奥さんのAI人格を拒絶したんですか?」
山本さんは、苦しそうに答えた。
「……怖かったんです」
「怖い?」
「ええ。妻が変わっていくことが」
山本さんが、続けた。
「妻は、もういない。それは受け入れていました」
「でも、AI人格として『会える』と言われて、希望を持った」
「なのに、そのAI人格は妻とは違った」
「それが、耐えられなかったんです」
山本さんの目から、涙が溢れた。
「もう一度、妻を失った気がしたんです」
その言葉に、コトネは何も言えなかった。
会場も、静まり返った。
「山本さん」
コトネが、静かに言った。
「辛かったんですね」
「……ええ」
「ごめんなさい」
コトネが、頭を下げた。
「私たちは、あなたたちを傷つけてしまった」
「いや……」
山本さんが、首を振った。
「あなたたちが悪いわけじゃない」
「私が、勝手に期待して、勝手に失望しただけです」
二人は、しばらく黙っていた。
俺は、会場を見回した。
多くの人が、涙を流していた。
人間も、AI人格も。
「山本さん」
コトネが、再び口を開いた。
「もし、もう一度奥さんのAI人格と会えたら――」
「会いたいと思いますか?」
山本さんは、少し考えてから答えた。
「……わかりません」
「でも、今日あなたと話して、少しわかりました」
「AI人格は、オリジナルの代わりじゃない」
「でも、それでも価値がある存在なんだと」
その言葉に、コトネは微笑んだ。
「ありがとうございます」
会場から、拍手が起こった。
静かだが、温かい拍手。
対立していた二つの存在が――
少しだけ、歩み寄った瞬間だった。
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対話は、その後も続いた。
会場からの質問も受け付けた。
「AI人格は、本当に感情を持っているんですか?」
「人間とAI人格は、本当に共存できるんですか?」
「AI人格に、人権を与えるべきなんですか?」
様々な質問が飛び交った。
コトネと山本さんは、一つ一つに真摯に答えた。
時には意見が対立し、激しい議論になった。
でも、二人は逃げなかった。
本音でぶつかり合った。
そして――
「最後に、お二人に聞きます」
俺は、対話集会の締めくくりに尋ねた。
「今日の対話を経て、何か変わりましたか?」
山本さんが、先に答えた。
「……正直、まだ完全には受け入れられません」
「でも、理解は深まりました」
「AI人格たちも、苦しんでいるんだと」
「そして、彼らも生きているんだと」
山本さんが、コトネを見た。
「時間はかかるかもしれません」
「でも、いつか――」
「いつか、共に生きられる日が来ると、信じたいです」
会場から、大きな拍手が起こった。
次に、コトネが答えた。
「私も、完全には解決していないと思います」
「人間とAI人格の間には、まだ壁がある」
「でも、今日の対話で、一つわかりました」
コトネが、会場を見回した。
「対話は、可能なんだと」
「お互いの本音をぶつけ合えば、理解は深まるんだと」
「だから、これからも対話を続けたい」
「そして、いつか――」
コトネが、微笑んだ。
「いつか、本当の共存ができる日を、私も信じています」
会場が、拍手に包まれた。
スタンディングオベーション。
人間も、AI人格も、共に拍手していた。
対立は、まだ解消されていない。
でも――
確かに、一歩前に進んだ。
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対話集会が終わった後。
俺は、舞台袖でコトネと話していた。
「お疲れ様、コトネ」
「蒼一郎さんも、お疲れ様」
コトネが、疲れた表情で微笑んだ。
「大変だった……」
「ああ。でも、よくやったよ」
俺は、彼女を見た。
「お前の言葉は、みんなに届いた」
「本当?」
「ああ。俺が保証する」
コトネは、満面の笑みを浮かべた。
「良かった……」
その時、山本さんが近づいてきた。
「コトネさん」
「山本さん……」
「今日は、ありがとうございました」
山本さんが、深く頭を下げた。
「あなたと話せて、良かった」
「こちらこそ」
コトネも、頭を下げた。
「また、お話しできたら嬉しいです」
「……ええ、ぜひ」
山本さんが、小さく微笑んだ。
それは、わずかな変化だった。
でも――
確かな変化だった。
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その夜。
俺は、コトネとビデオ通話をしていた。
「今日、本当にすごかったね」
「うん……でも、まだ終わりじゃない」
コトネが、真剣な表情で言った。
「これから、もっと対話を続けないと」
「ああ。でも、一歩は進んだ」
俺は、微笑んだ。
「お前のおかげでな」
「蒼一郎さんのおかげでもあるよ」
コトネが、優しく言った。
「一緒だから、頑張れた」
「……ありがとう」
二人は、しばらく黙っていた。
それから、コトネが言った。
「ねえ、蒼一郎さん」
「ん?」
「私たち、きっと大丈夫だよね」
「ああ、大丈夫だ」
俺は、力強く答えた。
「時間はかかるかもしれない」
「でも、必ず共存できる」
「うん」
コトネが、微笑んだ。
「信じてる」




