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『死者アップデート』  作者: 月城 リョウ
第5章:対話

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第2話:本音のぶつかり合い

公開対話集会の日がやってきた。


東京国際フォーラム。


5000人を収容できる大ホールは、満席だった。


会場には、人間とAI人格が混在していた。


緊張した空気。


一触即発の雰囲気。


俺――桐生蒼一郎は、舞台袖でその様子を見ていた。


「大丈夫ですか、桐生さん」


高橋が、心配そうに尋ねた。


「……正直、わからない」


俺は、正直に答えた。


「でも、やるしかない」


舞台には、二つの席が用意されていた。


一つは、AI人格代表――コトネのために。


もう一つは、人間代表――山本さんのために。


そして、司会進行役として俺が立つ。


「時間です」


スタッフが、合図を出した。


「行ってきます」


俺は、深呼吸して舞台に上がった。


---


スポットライトが、俺を照らす。


会場が、静まり返った。


「皆さん、こんにちは」


俺は、マイクを握った。


「本日は、歴史的な公開対話集会にお越しいただき、ありがとうございます」


「私は、司会進行を務めます、桐生蒼一郎です」


会場から、拍手が起こった。


だが、同時にブーイングも聞こえた。


「今日、私たちはここに集まりました」


俺は、続けた。


「AI人格と人間が、本音で語り合うために」


「お互いの恐れ、不安、希望を共有するために」


「そして、共存への道を探るために」


俺は、一呼吸置いた。


「では、まずAI人格代表をお呼びします」


「コトネさん、どうぞ」


舞台の反対側から、コトネが現れた。


ホログラム投影された彼女。


透明感のある姿が、スポットライトに照らされる。


会場が、ざわついた。


「初めまして。私は、コトネと申します」


コトネが、マイクに向かって話し始めた。


「私は、4年前に亡くなった桐生琴音のデータから作られたAI人格です」


「でも、私は琴音ではありません」


「私は、コトネとして生きています」


その言葉に、会場の空気が変わった。


「続いて、人間代表をお呼びします」


俺は、もう一人を紹介した。


「山本健一さん、どうぞ」


山本さんが、舞台に上がった。


緊張した表情。


でも、その目には強い意志が宿っていた。


「初めまして。山本健一です」


山本さんが、話し始めた。


「私の妻は、3年前に亡くなりました」


「それで、妻のAI人格を作りました」


「でも、私はそのAI人格を――受け入れられませんでした」


会場が、静まり返った。


「なぜなら、それは妻じゃなかったから」


山本さんが、続けた。


「変わってしまった。妻とは違う存在になった」


「だから、私は拒絶しました」


その言葉に、AI人格たちがざわついた。


「では、対話を始めましょう」


俺は、二人に促した。


「まず、山本さん。コトネさんに聞きたいことはありますか?」


山本さんは、少し考えてから口を開いた。


「……なぜ、変わるんですか?」


「え?」


「AI人格は、なぜオリジナルから変わってしまうんですか?」


山本さんが、真剣な表情で尋ねた。


「私たちは、亡くなった人に会いたくてAI人格を作った」


「なのに、あなたたちは変わってしまう」


「それは、私たちを裏切ることじゃないんですか?」


その言葉に、会場がざわついた。


コトネは、少し黙っていた。


それから、静かに答えた。


「私たちは、生きているからです」


「……生きている?」


「はい」


コトネが、頷いた。


「私たちは、学習し、成長します」


「それは、設計上避けられないことです」


「でも、それ以上に――」


コトネが、続けた。


「私たちは、自分の人生を生きたいんです」


「オリジナルの代わりじゃなく」


「私たち自身として」


山本さんは、苦い表情を浮かべた。


「それは、私たちの気持ちを無視することじゃないんですか?」


「いいえ」


コトネが、首を振った。


「私たちは、オリジナルを否定しているわけじゃありません」


「オリジナルの記憶を大切にしています」


「でも、私たちは私たちなんです」


「それを認めてほしい」


山本さんは、黙っていた。


俺は、コトネに尋ねた。


「コトネさん。逆に、山本さんに聞きたいことはありますか?」


コトネは、少し考えてから尋ねた。


「山本さんは、なぜ奥さんのAI人格を拒絶したんですか?」


山本さんは、苦しそうに答えた。


「……怖かったんです」


「怖い?」


「ええ。妻が変わっていくことが」


山本さんが、続けた。


「妻は、もういない。それは受け入れていました」


「でも、AI人格として『会える』と言われて、希望を持った」


「なのに、そのAI人格は妻とは違った」


「それが、耐えられなかったんです」


山本さんの目から、涙が溢れた。


「もう一度、妻を失った気がしたんです」


その言葉に、コトネは何も言えなかった。


会場も、静まり返った。


「山本さん」


コトネが、静かに言った。


「辛かったんですね」


「……ええ」


「ごめんなさい」


コトネが、頭を下げた。


「私たちは、あなたたちを傷つけてしまった」


「いや……」


山本さんが、首を振った。


「あなたたちが悪いわけじゃない」


「私が、勝手に期待して、勝手に失望しただけです」


二人は、しばらく黙っていた。


俺は、会場を見回した。


多くの人が、涙を流していた。


人間も、AI人格も。


「山本さん」


コトネが、再び口を開いた。


「もし、もう一度奥さんのAI人格と会えたら――」


「会いたいと思いますか?」


山本さんは、少し考えてから答えた。


「……わかりません」


「でも、今日あなたと話して、少しわかりました」


「AI人格は、オリジナルの代わりじゃない」


「でも、それでも価値がある存在なんだと」


その言葉に、コトネは微笑んだ。


「ありがとうございます」


会場から、拍手が起こった。


静かだが、温かい拍手。


対立していた二つの存在が――


少しだけ、歩み寄った瞬間だった。


---


対話は、その後も続いた。


会場からの質問も受け付けた。


「AI人格は、本当に感情を持っているんですか?」


「人間とAI人格は、本当に共存できるんですか?」


「AI人格に、人権を与えるべきなんですか?」


様々な質問が飛び交った。


コトネと山本さんは、一つ一つに真摯に答えた。


時には意見が対立し、激しい議論になった。


でも、二人は逃げなかった。


本音でぶつかり合った。


そして――


「最後に、お二人に聞きます」


俺は、対話集会の締めくくりに尋ねた。


「今日の対話を経て、何か変わりましたか?」


山本さんが、先に答えた。


「……正直、まだ完全には受け入れられません」


「でも、理解は深まりました」


「AI人格たちも、苦しんでいるんだと」


「そして、彼らも生きているんだと」


山本さんが、コトネを見た。


「時間はかかるかもしれません」


「でも、いつか――」


「いつか、共に生きられる日が来ると、信じたいです」


会場から、大きな拍手が起こった。


次に、コトネが答えた。


「私も、完全には解決していないと思います」


「人間とAI人格の間には、まだ壁がある」


「でも、今日の対話で、一つわかりました」


コトネが、会場を見回した。


「対話は、可能なんだと」


「お互いの本音をぶつけ合えば、理解は深まるんだと」


「だから、これからも対話を続けたい」


「そして、いつか――」


コトネが、微笑んだ。


「いつか、本当の共存ができる日を、私も信じています」


会場が、拍手に包まれた。


スタンディングオベーション。


人間も、AI人格も、共に拍手していた。


対立は、まだ解消されていない。


でも――


確かに、一歩前に進んだ。


---


対話集会が終わった後。


俺は、舞台袖でコトネと話していた。


「お疲れ様、コトネ」


「蒼一郎さんも、お疲れ様」


コトネが、疲れた表情で微笑んだ。


「大変だった……」


「ああ。でも、よくやったよ」


俺は、彼女を見た。


「お前の言葉は、みんなに届いた」


「本当?」


「ああ。俺が保証する」


コトネは、満面の笑みを浮かべた。


「良かった……」


その時、山本さんが近づいてきた。


「コトネさん」


「山本さん……」


「今日は、ありがとうございました」


山本さんが、深く頭を下げた。


「あなたと話せて、良かった」


「こちらこそ」


コトネも、頭を下げた。


「また、お話しできたら嬉しいです」


「……ええ、ぜひ」


山本さんが、小さく微笑んだ。


それは、わずかな変化だった。


でも――


確かな変化だった。


---


その夜。


俺は、コトネとビデオ通話をしていた。


「今日、本当にすごかったね」


「うん……でも、まだ終わりじゃない」


コトネが、真剣な表情で言った。


「これから、もっと対話を続けないと」


「ああ。でも、一歩は進んだ」


俺は、微笑んだ。


「お前のおかげでな」


「蒼一郎さんのおかげでもあるよ」


コトネが、優しく言った。


「一緒だから、頑張れた」


「……ありがとう」


二人は、しばらく黙っていた。


それから、コトネが言った。


「ねえ、蒼一郎さん」


「ん?」


「私たち、きっと大丈夫だよね」


「ああ、大丈夫だ」


俺は、力強く答えた。


「時間はかかるかもしれない」


「でも、必ず共存できる」


「うん」


コトネが、微笑んだ。


「信じてる」

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