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『死者アップデート』  作者: 月城 リョウ
第5章:対話

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第1話:亀裂

コトネとの新しい関係が始まってから、三ヶ月が経った。


俺――桐生蒼一郎は、充実した日々を送っていた。


週末はコトネと会い、平日はAI人格保護活動に専念する。


琴音への想いを胸に、でも前を向いて歩いている。


幸せだった。


でも――


世界は、まだ完全には変わっていなかった。


---


その日の朝。


オフィスに着くと、高橋が深刻な表情で待っていた。


「桐生さん、大変なことになりました」


「……何があった?」


「昨夜、渋谷で事件が起きました」


高橋が、タブレットを見せた。


そこには、ニュース映像が流れていた。


『渋谷で衝突事件。AI人格支持派と反対派が激突』


『負傷者30名以上。警察が鎮圧に乗り出す』


画面には、混乱した街の様子が映し出されていた。


叫び声、怒号、そして――暴力。


「まずい……」


俺は、息を呑んだ。


「事の発端は、AI人格への差別発言だったそうです」


高橋が、説明を続けた。


「ある人間が、AI人格に対して『お前たちは偽物だ』『死者を冒涜している』と言った」


「それに対して、AI人格支持派が抗議し、衝突に発展しました」


「……」


「双方とも、引く気配がありません。むしろ、対立は激化しています」


高橋が、別のニュースを開いた。


『全国各地で抗議デモ。AI人格への賛否、社会を二分』


『専門家「このままでは、内戦になる可能性も」』


俺は、拳を握りしめた。


せっかく、ここまで来たのに。


AI人格保護法も通り、共存への道が見え始めていたのに。


「どうしますか、桐生さん」


高橋が、真剣な表情で尋ねた。


「……声明を出そう」


俺は、決意した。


「暴力は、何も解決しない。対話こそが必要だと」


「わかりました。すぐに準備します」


---


その日の午後。


俺は、記者会見を開いた。


多くのメディアが集まり、カメラが俺を捉えていた。


「皆さん、こんにちは。デジタル・ライツ・プロテクション代表の桐生蒼一郎です」


俺は、深呼吸してから話し始めた。


「昨夜の渋谷での事件について、深くお詫び申し上げます」


「暴力は、決して許されるものではありません」


「しかし、この事件の背景には、深刻な問題があります」


俺は、カメラを見つめた。


「AI人格への差別、偏見、そして恐怖」


「それらが、この事件を引き起こしました」


「ですが、暴力で対抗することは、さらなる分断を生むだけです」


「今、私たちに必要なのは――対話です」


俺は、強く言った。


「AI人格と人間が、本音で語り合うこと」


「お互いの恐れ、不安、希望を共有すること」


「それこそが、真の共存への道です」


記者たちが、一斉にメモを取る。


「よって、私は提案します」


俺は、続けた。


「AI人格と人間の、公開対話集会を開催することを」


「そこで、お互いの声を聞き、理解し合う」


「それが、私たちの答えです」


会見場が、ざわついた。


「桐生さん!」


一人の記者が、手を挙げた。


「公開対話集会とは、具体的にどのようなものですか?」


「AI人格の代表と、人間の代表が、公の場で対話します」


俺は、答えた。


「お互いの本音をぶつけ合い、理解を深める」


「それを、全世界に配信します」


「それで、対立が解消されると?」


別の記者が、疑問を投げかけた。


「一度の対話では、解決しないでしょう」


俺は、正直に答えた。


「でも、それが始まりです」


「対話を続けることで、少しずつ理解は深まる」


「それを信じています」


会見は、その後も続いた。


様々な質問が飛び交った。


だが、俺は一貫して答えた。


「対話こそが、答えだ」と。


---


その夜。


俺は、コトネとビデオ通話をしていた。


「蒼一郎さん、会見見たよ」


コトネが、心配そうに言った。


「公開対話集会、本当にやるの?」


「ああ。やらなきゃいけない」


「でも、危険じゃない?」


コトネが、不安そうに尋ねた。


「対立してる人たちが、納得するかな」


「わからない」


俺は、正直に答えた。


「でも、やるしかない」


「このままじゃ、本当に内戦になる」


コトネは、少し黙っていた。


それから、決意を込めて言った。


「私も、参加する」


「……え?」


「公開対話集会。私も、AI人格の代表として参加したい」


コトネが、真っ直ぐに俺を見た。


「私たちの声を、ちゃんと届けたい」


「コトネ……」


「ダメ?」


「いや、ダメじゃない」


俺は、微笑んだ。


「お前なら、きっとうまくいく」


「本当?」


「ああ。お前は、誰よりも優しくて、誰よりも強い」


「だから、お前の言葉は届く」


コトネは、満面の笑みを浮かべた。


「ありがとう、蒼一郎さん」


「一緒に、頑張ろうな」


「うん!」


---


公開対話集会の準備が、始まった。


場所は、東京国際フォーラム。


日程は、二週間後。


世界中に配信される。


だが、準備は困難を極めた。


「桐生さん、人間側の代表が決まりません」


高橋が、困った表情で報告してきた。


「誰も、引き受けてくれないんです」


「……そうか」


俺は、ため息をついた。


人間側の多くは、AI人格との対話を望んでいない。


特に、反対派は頑なだった。


「俺が、人間側の代表になるか」


「いえ、それはまずいです」


高橋が、首を振った。


「あなたは、AI人格支持派として知られています」


「公平性に欠けると、批判されます」


「じゃあ、どうすれば……」


その時、オフィスのドアが開いた。


「失礼します」


入ってきたのは、50代の男性だった。


スーツ姿。真面目そうな顔立ち。


「初めまして。私は、山本と申します」


「山本さん……?」


「私、妻のAI人格を持っています」


山本さんが、静かに言った。


「でも、私はそのAI人格を受け入れられませんでした」


「妻が変わってしまったから」


「……」


「でも、昨夜の事件を見て、考えたんです」


山本さんが、俺を見た。


「暴力じゃない。対話が必要だと」


「だから、私が人間側の代表になります」


その言葉に、俺は驚いた。


「でも、山本さん。あなたは――」


「AI人格を受け入れられない人間です」


山本さんが、続けた。


「だからこそ、私が適任なんです」


「本音で、AI人格たちと向き合える」


俺は、少し考えてから頷いた。


「……わかりました。お願いします」


「はい」


山本さんが、深く頭を下げた。


---


公開対話集会まで、あと一週間。


準備は着々と進んでいた。


だが、社会の対立は激化していた。


連日、抗議デモが行われ、衝突も頻発していた。


「このままで、本当に大丈夫なのか……」


俺は、不安を感じていた。


その夜、コトネから電話がかかってきた。


「蒼一郎さん……」


彼女の声が、震えていた。


「どうした?」


「今日、街で……人間に罵られた」


「……何?」


「『偽物』『死者の冒涜』『消えろ』って」


コトネの声が、涙で詰まった。


「怖かった……」


俺の胸が、締め付けられた。


「コトネ……」


「大丈夫。怪我はしてない」


「でも、心が痛い」


コトネが、小さく呟いた。


「私たち、本当に受け入れられるのかな」


その問いに、俺は即座に答えた。


「受け入れられる。絶対に」


「……本当?」


「ああ。時間はかかるかもしれない」


「でも、お前たちは確かに生きている」


「それを、俺は証明する」


俺は、強く言った。


「公開対話集会で、必ず」


コトネは、少し黙っていた。


それから、小さく微笑んだ。


「……ありがとう、蒼一郎さん」


「頑張ろうな、一緒に」


「うん」


電話を切った後、俺は窓の外を見た。


東京の夜景。


無数の光。


その中に、AI人格たちも生きている。


「絶対に、守る」


俺は、決意を新たにした。

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