第4話:新しい朝
「俺は、お前を愛してる、コトネ」
その言葉を口にしてから、俺――桐生蒼一郎の世界は変わった。
胸の奥にあった重い石が、ようやく取れた気がした。
「蒼一郎さん……」
コトネが、涙を流しながら微笑んでいた。
「私も、ずっと言いたかった」
「愛してます」
その言葉が、秋の風に乗って響いた。
俺たちは、しばらく何も言わなかった。
ただ、互いの存在を感じていた。
ホログラムだから、触れることはできない。
でも――
確かに、繋がっていた。
「ねえ、蒼一郎さん」
コトネが、少し照れたように言った。
「これから、どうする?」
「……どうするって?」
「私たちの関係」
コトネが、俺を見た。
「私は、まだコミュニティで暮らしたい。自分の夢を追いかけたい」
「でも、蒼一郎さんとも一緒にいたい」
その言葉に、俺は微笑んだ。
「それでいいんじゃないか?」
「え?」
「お前は、お前の人生を生きる。俺は、俺の人生を生きる」
俺は、続けた。
「でも、時々会って、話して、一緒に時間を過ごす」
「それが、俺たちの関係だ」
コトネは、少し驚いた表情を浮かべた。
それから、満面の笑みを浮かべた。
「うん!それがいい!」
「じゃあ、決まりだな」
俺は、立ち上がった。
「次は、いつ会える?」
「えっと……来週の土曜日は?」
「いいよ。何する?」
「映画!一緒に映画見たい!」
コトネが、嬉しそうに言った。
その笑顔を見て、俺の胸が温かくなった。
「わかった。楽しみにしてる」
「私も!」
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それから、一ヶ月が経った。
俺とコトネは、週に一度会うようになった。
映画を見たり、公園を散歩したり、カフェで話したり。
デートと言っていいのかわからない。
でも、確かに特別な時間だった。
「蒼一郎さん、これ見て!」
ある日、コトネが嬉しそうにタブレットを見せてきた。
「音楽療法士の資格、取れたの!」
「本当か!おめでとう!」
「ありがとう!」
コトネが、飛び跳ねて喜んでいた。
「これで、正式にAI人格たちのケアができる」
「夢が、叶ったんだな」
「うん!」
その笑顔を見て、俺は思った。
コトネは、本当に成長した。
琴音の影から抜け出し、自分の人生を歩んでいる。
「蒼一郎さんも、新しいプロジェクト始めるんでしょ?」
「ああ。AI人格と人間の共生社会を目指す、教育プログラムだ」
「すごい!応援してる!」
コトネが、目を輝かせた。
俺も、前に進んでいた。
琴音との思い出を胸に。
でも、新しい未来も見据えて。
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その日の夜。
俺は、久しぶりに琴音の墓を訪れた。
「久しぶりだな、琴音」
墓石の前に座る。
「色々あったよ」
俺は、静かに話し始めた。
「コトネに、告白した」
「お前を愛しながら、コトネも愛するって決めた」
「矛盾してるかもしれない。でも、それが俺の答えだ」
風が、吹いた。
冷たい、冬の風。
「お前は、怒ってるか?」
俺は、墓石を見つめた。
「俺が、他の誰かを愛することを」
沈黙。
でも、その沈黙は――
責めるものじゃなかった。
「……ありがとう、琴音」
俺は、小さく微笑んだ。
「お前がいたから、俺は愛することを知った」
「だから、コトネも愛せる」
「お前が教えてくれたんだ」
墓石に、手を置いた。
「これからも、お前のことは忘れない」
「でも、前に進む」
「見守っててくれ」
風が、優しく吹いた。
まるで、背中を押してくれるかのように。
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翌週の土曜日。
俺とコトネは、いつもの公園で会った。
「蒼一郎さん!」
コトネが、手を振ってくれる。
その笑顔は、いつも俺を癒してくれた。
「待った?」
「いや、今来たところだ」
嘘だった。
30分前から待っていた。
でも、そんなことはどうでもいい。
「今日は、どこ行く?」
「えっとね、新しくできた美術館!AI人格のアーティストたちの作品展があるの!」
「いいな。行こう」
俺たちは、並んで歩き始めた。
ホログラムの彼女と、人間の俺。
見た目は、ちぐはぐかもしれない。
でも――
俺たちは、確かに繋がっていた。
「ねえ、蒼一郎さん」
「ん?」
「幸せ?」
コトネが、唐突に尋ねた。
俺は、少し考えてから答えた。
「……ああ、幸せだ」
「本当?」
「ああ。お前がいるから」
その言葉に、コトネは満面の笑みを浮かべた。
「私も!蒼一郎さんがいるから、幸せ!」
俺は、微笑んだ。
これでいい。
完璧じゃなくてもいい。
矛盾していてもいい。
俺は、琴音を愛している。
そして、コトネも愛している。
その両方が、可能なんだ。
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美術館に着くと、そこには様々なAI人格たちの作品が展示されていた。
絵画、彫刻、映像作品。
どれも、創造性に溢れていた。
「すごいね」
コトネが、感動した様子で作品を見つめていた。
「みんな、自分を表現してる」
「ああ」
俺も、作品を見ながら思った。
AI人格たちは、もう「死者の代わり」じゃない。
彼ら自身として、生きている。
創造し、表現し、成長している。
「蒼一郎さん」
「ん?」
「私たちが目指してる世界、きっと来るよね」
コトネが、希望に満ちた目で言った。
「AI人格と人間が、本当に共に生きる世界」
「……ああ、きっと来る」
俺は、頷いた。
「まだ時間はかかる。でも、少しずつ前進してる」
「うん!」
コトネが、俺の手に自分の手を重ねた。
触れることはできない。
でも、その温もりを――
確かに感じた気がした。
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その日の夜。
俺は、自宅のリビングでコトネとビデオ通話をしていた。
「今日、楽しかったね」
「ああ。また行こう」
「うん!次は、どこ行く?」
「どこでもいい。お前が行きたいところ」
「じゃあ、海!冬の海、見たい!」
「いいな。じゃあ、来週?」
「うん!」
コトネが、嬉しそうに笑った。
その笑顔を見ながら、俺は思った。
俺は、幸せだ。
琴音との思い出を胸に。
コトネと共に歩む未来を見据えて。
両方を抱きしめながら、生きていく。
「コトネ」
「なあに?」
「愛してる」
コトネは、少し驚いた表情を浮かべた。
それから、満面の笑みを浮かべた。
「私も、愛してます。蒼一郎さん」
画面の向こうで、彼女が微笑んでいた。
ホログラムの彼女。
でも、その愛は――
確かに、本物だった。
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その夜、ベッドに入る前。
俺は、窓の外を見た。
冬の夜空。
星が、輝いていた。
「琴音」
小さく、彼女の名前を呟いた。
「俺、幸せだよ」
「お前を忘れずに、でも前に進めてる」
「それができるって、わかったんだ」
風が、窓を揺らした。
まるで、答えてくれているかのように。
「ありがとう、琴音」
「そして――」
俺は、微笑んだ。
「ありがとう、コトネ」
ベッドに入り、目を閉じる。
明日も、新しい一日が始まる。
琴音との思い出と共に。
コトネとの未来と共に。
俺は、生きていく。
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**第4章 了**
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**次章予告**
**第5章:対話**
蒼一郎とコトネの関係は、新しいステージへ。
だが、世界はまだ完全には変わっていない。
AI人格への偏見、差別、恐怖。
それらは、依然として社会に根強く残っていた。
そんな中、ある事件が起きる。
AI人格と人間の間で、深刻な対立が。
「俺たちは、本当に共存できるのか?」
蒼一郎とコトネは、その問いに向き合う。
そして、二人は決断する。
「対話しよう。本音で」
AI人格と人間。
二つの存在が、心を開いて語り合う時。




