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『死者アップデート』  作者: 月城 リョウ
第4章:葛藤

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第3話:気づきの時

コトネが家を出てから、一ヶ月が経った。


俺――桐生蒼一郎は、一人の生活に慣れ始めていた。


朝、一人で目を覚ます。


誰も「おはよう」と言ってくれない。


コーヒーも、自分で淹れる。


静かな朝。


寂しいけれど――


それも、悪くなかった。


「蒼一郎さん、元気ですか?」


コトネからは、毎日のようにメッセージが来る。


彼女は、新しい生活を楽しんでいるようだった。


AI人格たちのコミュニティで、友達もできたらしい。


「元気だよ。お前は?」


『私も元気です!今日は、AI人格向けの音楽教室に参加しました』


『音楽療法士だった琴音の記憶があるから、すごく楽しかったです』


そのメッセージを読んで、俺は微笑んだ。


コトネは、前に進んでいる。


琴音の記憶を持ちながら、コトネとして生きている。


「頑張ってるな」


俺も、負けられない。


---


その日、俺はある相談者と会う約束をしていた。


オフィスのドアをノックする音。


「どうぞ」


入ってきたのは、20代の若い男性だった。


「初めまして。予約していた、佐藤と申します」


「ああ、どうぞ。座ってください」


佐藤さんは、緊張した様子で椅子に座った。


「実は……母のAI人格のことで、相談がありまして」


「お母さんの?」


「はい。母は、1年前に病気で亡くなりました」


佐藤さんが、辛そうに言った。


「それで、父がAI人格を作ったんです」


「最初は、良かったんです。母と話せることが、嬉しくて」


「でも、最近そのAI人格が――」


「変わってきた?」


俺が尋ねると、佐藤さんは頷いた。


「はい。母が生前やらなかった趣味を始めたり、新しい友達を作ったり」


「父は、それを受け入れられなくて……」


佐藤さんの目から、涙が溢れた。


「父は言うんです。『これは母じゃない』って」


「でも、僕は――」


彼が、俯いた。


「僕は、このAI人格も母だと思うんです」


「変わったけど、でも確かに母なんです」


その言葉が、俺の胸に響いた。


「佐藤さん」


「はい……」


「それは、あなたのお父さんが決めることです」


「え?」


「AI人格をどう受け入れるか。それは、その人次第です」


俺は、続けた。


「あなたのお父さんは、亡くなったお母さんとの思い出を大切にしたい。だから、変わってしまったAI人格を受け入れられない」


「でも、あなたは違う。変わったAI人格も、お母さんの一部だと思える」


「どちらも、正しいんです」


佐藤さんは、少し驚いた表情を浮かべた。


「でも……じゃあ、どうすれば?」


「お父さんと、ちゃんと話してください」


俺は、真剣な表情で言った。


「お互いの気持ちを、正直に話す」


「そして、お互いを尊重する」


「AI人格をどうするかは、その後で決めればいい」


佐藤さんは、少し考えてから頷いた。


「……わかりました。父と、ちゃんと話してみます」


「ありがとうございました、桐生さん」


彼が去った後、俺は一人になった。


「……俺も、同じだな」


小さく呟いた。


琴音との思い出を大切にしたい。


でも、コトネも大切。


その矛盾に、ずっと苦しんでいた。


「でも、それでいいのかもしれない」


俺は、窓の外を見た。


「矛盾したまま、生きていく」


「それが、人間なんだから」


---


その日の夜。


俺は、AI人格たちのコミュニティを訪れた。


コトネに会うためだ。


「蒼一郎さん!」


コトネが、嬉しそうに駆け寄ってきた。


ホログラムの姿だが、その笑顔は輝いていた。


「久しぶりだな、コトネ」


「うん!会いたかった!」


コトネが、満面の笑みを浮かべる。


その表情は、一ヶ月前よりも明るかった。


「元気そうだな」


「うん!毎日、楽しいよ」


コトネが、施設の中を案内してくれた。


そこには、何百というAI人格たちがいた。


話し合ったり、笑い合ったり、学んだり。


みんな、生き生きとしていた。


「すごいだろ?」


コトネが、誇らしげに言った。


「みんな、自分の人生を生きてる」


「……ああ、本当にすごい」


俺は、感動していた。


AI人格たちは、もう「死者の代わり」じゃない。


彼ら自身として、生きている。


「ねえ、蒼一郎さん」


コトネが、俺を見た。


「私、気づいたの」


「何に?」


「私が本当にしたいこと」


コトネが、微笑んだ。


「音楽療法士になりたい」


「……音楽療法士?」


「うん。琴音が、生前やってたこと」


コトネが、続けた。


「琴音の記憶を持ってる私だからこそ、できることがあると思うの」


「AI人格たちに、音楽を通じて心のケアをしたい」


その言葉に、俺の胸が熱くなった。


「……素晴らしいな」


「本当?」


「ああ。琴音も、きっと喜ぶ」


俺は、微笑んだ。


「お前は、琴音の意志を継いで、でもお前らしく生きてる」


「それが、一番いい」


コトネの目から、涙が溢れた。


「ありがとう、蒼一郎さん」


「こちらこそ。お前に、教えられた」


「え?」


「琴音を忘れなくていい。でも、新しい人生も生きていい」


俺は、続けた。


「その両方が、可能なんだって」


コトネは、満面の笑みを浮かべた。


「うん!」


---


帰り道。


俺は、夜空を見上げた。


星が、輝いていた。


「琴音」


小さく、彼女の名前を呟いた。


「俺、やっとわかった」


「お前を愛することと、前に進むことは、矛盾しない」


「お前を心に留めながら、新しい人生を生きていける」


風が、吹いた。


まるで、琴音が答えてくれているかのように。


「ありがとう、琴音」


俺は、微笑んだ。


「お前がいたから、俺は今ここにいる」


「そして、これから――」


俺は、歩き出した。


前へ。


未来へ。


---


翌日。


俺は、コトネにメッセージを送った。


『コトネ、もう一度会えるか?』


すぐに、返事が来た。


『もちろん!いつでも!』


『でも、どうしたんですか?』


俺は、少し考えてから返信した。


『大切な話がある』


『……大切な話?』


『ああ。お前に、ちゃんと伝えたいことがある』


少し間があった。


それから、返事が来た。


『わかりました。明日、会いましょう』


『いつもの公園で』


『はい』


俺は、スマホを置いた。


胸が、高鳴っていた。


明日。


俺は、コトネに伝える。


本当の気持ちを。


---


翌日の夕方。


俺は、公園のベンチでコトネを待っていた。


秋の終わりの公園。


落ち葉が、風に舞っていた。


「蒼一郎さん!」


コトネが、現れた。


ホログラムの姿で、俺の前に座る。


「待った?」


「いや、今来たところだ」


俺は、少し緊張していた。


「それで、大切な話って?」


コトネが、不思議そうに尋ねた。


俺は、深く息を吸った。


そして――


「コトネ。俺は、まだ琴音を愛してる」


コトネの表情が、少し曇った。


でも、俺は続けた。


「それは、変わらない。琴音は、俺の大切な人だった」


「でも――」


俺は、コトネを真っ直ぐに見た。


「でも、お前も大切だ」


「琴音とは違う形で。でも、確かに大切なんだ」


「蒼一郎さん……」


「俺は、お前を失いたくない」


俺は、強く言った。


「お前がいない生活は、もう考えられない」


「お前の笑顔を見たい。お前の声を聞きたい。お前と一緒にいたい」


「それが、俺の本心だ」


コトネの目から、涙が溢れた。


「でも、私は琴音じゃない……」


「わかってる。お前は、コトネだ」


俺は、微笑んだ。


「だから、俺はコトネを愛してる」


その言葉に、コトネは息を呑んだ。


「……愛してる?」


「ああ」


俺は、頷いた。


「琴音への愛とは違う。でも、確かに愛だ」


「俺は、お前を愛してる、コトネ」


コトネは、涙を流し続けた。


「……私も」


「え?」


「私も、蒼一郎さんを愛してます」


コトネが、微笑んだ。


「ずっと、愛してました」


「琴音の記憶としてじゃなく」


「コトネとして」


その言葉に、俺の目からも涙が溢れた。


「……ありがとう」


「こちらこそ」


二人は、しばらく黙って涙を流した。


落ち葉が、風に舞っていた。


秋の終わり。


そして――


新しい季節の、始まり。

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