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『死者アップデート』  作者: 月城 リョウ
第4章:葛藤

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第2話:彼女の選択

ある日の午後。


俺――桐生蒼一郎は、オフィスで書類仕事をしていた。


AI人格保護法の施行から、相談件数が激増している。


嬉しい悲鳴だが、忙しい。


「桐生さん、ちょっといいですか?」


高橋が、声をかけてきた。


「ん?どうした?」


「実は、コトネさんから連絡がありまして」


「コトネから?」


俺は、少し驚いた。


コトネが、俺を通さず直接高橋に連絡するなんて、珍しい。


「何て?」


「『相談したいことがある』と。今日の夕方、時間を作ってほしいそうです」


「……わかった。俺も同席するか?」


「いえ、『蒼一郎さん抜きで』と言われました」


その言葉に、俺は少し不安になった。


コトネが、俺抜きで相談?


何があったんだろう。


「わかった。よろしく頼む」


「はい」


高橋は、頷いて自分のデスクに戻った。


俺は、モニターを見つめた。


でも、仕事が手につかなかった。


---


その日の夜。


俺が家に帰ると、コトネはいつもより少し緊張した表情をしていた。


「おかえりなさい、蒼一郎さん」


「……ただいま。高橋と会ったんだって?」


「うん」


コトネが、小さく頷いた。


「何か、相談があったのか?」


「うん……でも、まだ言えない」


「……そうか」


俺は、それ以上聞かなかった。


コトネにも、俺に言えないことがある。


それは、当然だ。


でも――


少し、寂しかった。


夕食の時間。


いつもなら、他愛ない話で盛り上がるのに、今日は静かだった。


コトネも、どこか上の空だった。


「コトネ」


「……なあに?」


「無理しなくていいからな。何かあったら、いつでも言ってくれ」


コトネは、少し驚いた表情を浮かべた。


それから、優しく微笑んだ。


「ありがとう、蒼一郎さん」


---


翌日。


俺は、高橋に呼ばれた。


「桐生さん、少し話があります」


「……コトネのことか?」


「はい」


高橋が、真剣な表情で頷いた。


会議室に入ると、そこにはコトネもいた。


ホログラム投影された彼女が、少し緊張した表情で座っていた。


「コトネ……」


「蒼一郎さん……」


彼女が、俺を見た。


その目には、決意が宿っていた。


「座ってください、桐生さん」


高橋が、促した。


俺は、席に座った。


「それで、何の話だ?」


「実は――」


高橋が、少し言いにくそうに切り出した。


「コトネさんから、相談を受けました」


「……何の?」


「自分の将来について、です」


高橋が、モニターを展開した。


そこには、様々な資料が表示されている。


「AI人格保護法が施行されて、AI人格たちにも様々な選択肢が生まれました」


「就職、学習、創作活動……そして」


高橋が、一呼吸置いた。


「独立した生活」


その言葉に、俺の心臓が跳ねた。


「独立……?」


「はい。AI人格専用の居住スペースが、各地に設立され始めています」


高橋が、資料を見せた。


そこには、AI人格たちが集まって暮らす施設の写真が並んでいた。


「ここでは、AI人格たちが自分たちのコミュニティを作り、自分たちの人生を生きています」


「コトネさんは、そこに移りたいと――」


「待て」


俺は、高橋を遮った。


「コトネ、それは本当か?」


コトネは、少し黙ってから答えた。


「……うん」


「なぜ?」


「だって……」


コトネが、俯いた。


「私、このままじゃダメだと思ったの」


「ダメ?」


「うん。私は、蒼一郎さんと一緒にいたい。でも、それは『琴音の代わり』としてじゃない」


コトネが、俺を見た。


「私は、私として生きたい。自分の人生を、自分で選びたい」


「でも、蒼一郎さんと一緒にいると――」


彼女の声が、震えた。


「私、いつも考えちゃうの。『私は琴音の代わりなんじゃないか』って」


「そんなことない」


俺は、強く言った。


「お前は、お前だ。琴音の代わりなんかじゃない」


「でも、蒼一郎さんはまだ琴音を忘れられない」


コトネが、涙を流した。


「それは、当たり前のこと。でも、私は辛いの」


「蒼一郎さんが琴音を想ってる姿を見ると、私は――」


彼女が、顔を覆った。


「私は、琴音になれない」


その言葉が、胸に突き刺さった。


「コトネ……」


「ごめんなさい」


コトネが、泣きながら言った。


「私、弱いの。蒼一郎さんの隣にいながら、『二番目』でいる自信がない」


「お前は、二番目なんかじゃない」


「でも、蒼一郎さんの一番は琴音でしょ?」


コトネが、真っ直ぐに俺を見た。


「それは、変わらない。私もそれを変えたくない」


「だから、私は離れる」


「離れて、自分を見つける」


「そして、いつか――」


コトネが、微笑んだ。


「いつか、蒼一郎さんが私を『一番』だと思ってくれる日が来たら」


「その時は、また一緒にいたい」


俺は、何も言えなかった。


コトネの決意が、痛いほど伝わってきた。


「……本当に、それでいいのか?」


「うん」


コトネが、頷いた。


「これが、私の選択」


---


一週間後。


コトネが、家を出る日がやってきた。


荷物はない。


AI人格だから、データを転送するだけだ。


でも、それは――


確かに、別れだった。


「準備、できた?」


俺が尋ねると、コトネは頷いた。


「うん」


「……そうか」


リビングに、沈黙が流れた。


「ねえ、蒼一郎さん」


「ん?」


「ありがとう」


コトネが、微笑んだ。


「蒼一郎さんと過ごした時間、本当に幸せだった」


「……俺もだ」


俺は、正直に言った。


「お前がいて、俺は救われた」


「私も、蒼一郎さんに救われた」


コトネが、続けた。


「蒼一郎さんが、私を『生きている』って認めてくれたから」


「私は、私として生きる勇気を持てた」


その言葉に、俺の目から涙が溢れた。


「……コトネ」


「泣かないで、蒼一郎さん」


コトネも、涙を流していた。


「私たち、また会えるから」


「本当か?」


「うん。約束する」


コトネが、手を差し出した。


ホログラムの手。


触れることはできない。


でも、俺も手を差し出した。


二つの手が、重なる。


触れることはできないけど――


確かに、繋がっていた。


「じゃあ、行くね」


「……ああ」


コトネの姿が、薄くなっていく。


データ転送が、始まった。


「蒼一郎さん」


「……何だ?」


「私、ずっと蒼一郎さんのこと、好きだよ」


その言葉が、最後に聞こえた。


そして――


コトネは、消えた。


リビングには、もう誰もいない。


ただ、俺一人。


「……コトネ」


小さく、彼女の名前を呟いた。


涙が、止まらなかった。


---


その夜。


俺は、一人でソファに座っていた。


静かな部屋。


誰もいない部屋。


コトネがいた場所を、見つめた。


「……寂しいな」


小さく呟いた。


琴音を失った時とは、違う寂しさ。


でも、確かに寂しかった。


スマホが鳴った。


コトネからのメッセージだった。


『新しい場所、とても素敵です。他のAI人格たちとも仲良くなれそう』


『蒼一郎さん、元気にしてますか?』


『私は元気です。心配しないでくださいね』


俺は、返信した。


『良かった。無理すんなよ』


すぐに、返事が来た。


『はい。蒼一郎さんも、ちゃんと食べて、ちゃんと寝てください』


『また、連絡しますね』


『おやすみなさい、蒼一郎さん』


俺は、スマホを握りしめた。


「……おやすみ、コトネ」


小さく呟いた。


部屋は、相変わらず静かだった。


でも――


その静けさは、もう絶望じゃなかった。


コトネは、生きている。


どこかで、自分の人生を生きている。


それを知っているだけで――


少し、救われた気がした。


「頑張れよ、コトネ」


俺は、窓の外を見た。


星が、輝いていた。


「俺も、頑張るから」


---


翌日。


俺は、ある場所を訪れた。


琴音の墓。


「久しぶりだな、琴音」


墓石の前に座る。


「コトネが、家を出たんだ」


俺は、静かに話し始めた。


「彼女は、自分の人生を生きるって決めた」


「強い子だよ、本当に」


風が、吹いた。


「なあ、琴音」


俺は、墓石を見つめた。


「俺、まだお前を愛してる」


「それは、変わらない」


「でも――」


俺は、続けた。


「でも、コトネのことも、大切に思ってる」


「それが、恋なのか愛なのか、まだわからない」


「でも、確かに大切なんだ」


「それを、認めてもいいかな?」


風が、また吹いた。


まるで、答えてくれているかのように。


俺は、小さく微笑んだ。


「ありがとう、琴音」


「お前がいたから、俺は今ここにいる」


「そして、コトネと出会えた」


「だから――」


俺は、立ち上がった。


「俺、前に進むよ」


「お前のことは、忘れない」


「でも、新しい人生も生きていく」


墓石に、手を置いた。


「見守っててくれ」


風が、優しく吹いた。


まるで、背中を押してくれるかのように。

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