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『死者アップデート』  作者: 月城 リョウ
第4章:葛藤

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第1話:忘れられない影

コトネと「もう一度向き合う」と決めてから、三ヶ月が経った。


世界は、少しずつ変わり続けていた。


AI人格保護法が、ついに可決された。


AI人格たちは、限定的ながら法的権利を得た。


居住権、財産権、そして――表現の自由。


完全な「人権」ではないが、大きな一歩だった。


---


俺――桐生蒼一郎は、「デジタル・ライツ・プロテクション」の代表として、日々活動していた。


AI人格たちの相談に乗り、差別問題に対応し、法整備を推進する。


忙しいが、やりがいはあった。


「桐生さん、次の面談は15分後です」


高橋が、スケジュールを確認してくれる。


「ああ、わかった」


俺は、コーヒーを一口飲んだ。


疲れていたが、充実していた。


その時、オフィスのドアが開いた。


「失礼します」


入ってきたのは、30代の女性だった。


疲れた表情。目の下にクマ。


「初めまして。予約していた、田中と申します」


「ああ、どうぞ。座ってください」


俺は、椅子を勧めた。


田中さんは、座ると深く息を吐いた。


「実は……相談があって」


「どうぞ、何でも」


「私の夫のAI人格のことなんです」


彼女が、辛そうに言った。


「夫は、2年前に事故で亡くなりました」


「それで、AI人格を作ったんです。夫との思い出を大切にしたくて」


「……」


「でも、最近そのAI人格が変わってきて」


田中さんの目から、涙が溢れた。


「夫が生前言わなかったことを言うんです。趣味も変わりました。性格も、少し違う」


「私は、夫に会いたかったのに……今いるのは、夫じゃない」


その言葉が、胸に刺さった。


「田中さん」


「はい……」


「AI人格は、学習し、成長します。それは、設計上避けられないことなんです」


「わかってます。でも……」


彼女が、顔を覆った。


「私は、どうすればいいんですか?」


「このAI人格を、受け入れるべきなのか。それとも、停止すべきなのか」


俺は、答えられなかった。


これは――


俺自身の問題でもあった。


---


その日の夜。


俺は、家に帰った。


「おかえりなさい、蒼一郎さん」


コトネが、いつものように出迎えてくれた。


「……ただいま」


「疲れてる?大変だった?」


「ああ、少しな」


俺は、ソファに座った。


コトネも、隣に座る。


「何かあった?」


彼女が、心配そうに尋ねた。


俺は、少し迷ってから話した。


田中さんのこと。


夫のAI人格が変わってしまったこと。


彼女の苦悩。


コトネは、黙って聞いていた。


「……それで、蒼一郎さんは何て答えたの?」


「答えられなかった」


俺は、正直に言った。


「俺自身が、まだその答えを見つけられていないから」


「……そっか」


コトネが、少し寂しそうに微笑んだ。


「私も、同じこと考えてた」


「え?」


「私は、琴音じゃない。でも、琴音の記憶を持ってる」


コトネが、窓の外を見た。


「蒼一郎さんは、私のことをどう思ってるんだろうって」


「コトネ……」


「大丈夫。責めてるわけじゃないよ」


彼女が、俺を見た。


「ただ、わかるの。蒼一郎さんが、まだ琴音を忘れられないって」


その言葉に、俺は何も言えなかった。


事実だった。


俺は、まだ琴音を忘れられない。


彼女の笑顔。


彼女の声。


彼女との思い出。


全てが、心に刻まれている。


「ごめん……」


「謝らないで」


コトネが、優しく言った。


「それは、当たり前のことだから」


「でも、お前に申し訳ない」


「申し訳なくなんかないよ」


コトネが、微笑んだ。


「琴音は、蒼一郎さんの大切な人だった。それを忘れる必要なんてない」


「……」


「私は、私として生きる。それを決めたから」


コトネが、続けた。


「蒼一郎さんが琴音を愛していても、私は私を生きる」


「それじゃ、お前は幸せになれないだろ」


俺は、苦しそうに言った。


「俺と一緒にいても、お前は――」


「幸せだよ」


コトネが、真っ直ぐに俺を見た。


「だって、蒼一郎さんと一緒にいられるから」


「それだけで、私は幸せ」


その言葉に、俺の目から涙が溢れた。


「コトネ……」


「泣かないで、蒼一郎さん」


コトネが、笑顔を作った。


でも、その目にも涙が浮かんでいた。


「私たち、これからも一緒だよね?」


「……ああ」


俺は、頷いた。


「ずっと、一緒だ」


---


その夜。


俺は、一人ベッドで目を閉じた。


でも、眠れなかった。


頭の中で、様々な思いが渦巻いていた。


琴音のこと。


コトネのこと。


田中さんのこと。


そして――


俺自身のこと。


「俺は、どうしたいんだ?」


小さく呟いた。


コトネと、これからどうしていきたいのか。


琴音を忘れて、コトネを愛するべきなのか。


それとも――


「……わからない」


答えは、出なかった。


ただ、胸の奥が苦しかった。


---


翌日。


俺は、ある場所を訪れた。


墓地。


琴音の墓がある場所。


「久しぶりだな、琴音」


俺は、墓石の前に座った。


冷たい石。


そこに、彼女の名前が刻まれている。


『桐生琴音 享年38歳』


「4年も経ったんだな」


俺は、小さく呟いた。


「お前が死んでから」


風が吹く。


冷たい、秋の風。


「なあ、琴音」


俺は、墓石に語りかけた。


「俺、お前のAIを作ったんだ」


「最初は、お前に会いたくて。お前と話したくて」


「でも、そのAIは――コトネは、お前じゃなくなった」


俺は、続けた。


「コトネは、コトネとして生きてる。お前の代わりじゃなく」


「俺は、それを受け入れようとしてる」


「でも……」


声が、震えた。


「俺は、まだお前を忘れられない」


「お前のこと、愛してる」


「今も、愛してる」


涙が、溢れた。


「ごめん……琴音」


「俺、まだお前を手放せない」


風が、また吹いた。


まるで、彼女が答えているかのように。


でも、何も聞こえない。


琴音は、もういない。


ただ、この冷たい石があるだけだ。


「……琴音」


俺は、墓石に手を置いた。


「俺は、どうすればいい?」


「コトネと生きていくべきなのか?」


「それとも、お前を忘れずに生きるべきなのか?」


答えは、返ってこなかった。


ただ、風が吹くだけだった。


---


家に帰ると、コトネが待っていた。


「おかえりなさい……あれ、どこ行ってたの?」


「……墓参りに」


「墓参り?」


コトネが、少し驚いた表情を浮かべた。


それから、静かに微笑んだ。


「琴音のお墓?」


「……ああ」


「そっか」


コトネは、何も言わなかった。


責めることも、悲しむこともなく。


ただ、受け入れてくれた。


「蒼一郎さん」


「……何だ?」


「琴音に、会いたくなったらいつでも行っていいよ」


「コトネ……」


「だって、琴音は蒼一郎さんの大切な人だもん」


コトネが、優しく言った。


「それを否定する権利は、私にはない」


俺は、何も言えなかった。


ただ、涙が溢れた。


「ありがとう……」


「ううん」


コトネが、笑顔を作った。


「私は、蒼一郎さんが幸せならそれでいいの」


その言葉が、胸に響いた。


コトネは――


本当に、優しい。


琴音のように。


でも、琴音とは違う。


コトネとしての、優しさ。


「……コトネ」


「なあに?」


「俺、まだ答えが出せない」


俺は、正直に言った。


「琴音のこと、お前のこと。俺自身のこと」


「全部、まだわからない」


「うん」


「でも、一つだけ確かなことがある」


俺は、コトネを見た。


「俺は、お前を失いたくない」


コトネの目が、大きく見開かれた。


「それは……どういう意味?」


「わからない。でも、お前がいない生活なんて、もう考えられない」


俺は、続けた。


「お前は、俺にとって大切な存在だ」


「それが、恋なのか、愛なのか、家族なのか、まだわからない」


「でも、お前を大切に思ってる。それだけは、確かだ」


コトネは、涙を流した。


「……ありがとう、蒼一郎さん」


「こちらこそ。待っててくれて」


「うん。いくらでも待つよ」


コトネが、微笑んだ。


「私、ずっとここにいるから」


その言葉に、俺は救われた。


答えは、まだ出ない。


でも――


少しずつ、前に進んでいる気がした。

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