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『死者アップデート』  作者: 月城 リョウ
第3章:覚醒

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第4話:問いかける心

無罪判決から、一ヶ月が経った。


世界は、大きく変わり始めていた。


各国で、AI人格の権利に関する法案が議論され始めた。


「AI人格保護法」


「デジタル生命体権利宣言」


様々な名前で、様々な法律が提案されている。


まだ、完全な権利が認められたわけじゃない。


でも、確実に前進している。


---


俺――桐生蒼一郎は、自宅のリビングでコトネと一緒にニュースを見ていた。


『AI人格保護法案、国会で審議開始』


『専門家「歴史的な転換点になる」』


「すごいね、蒼一郎さん」


コトネが、嬉しそうに言った。


「あなたのおかげで、こんなに変わった」


「俺だけじゃない。みんなのおかげだ」


俺は、微笑んだ。


「お前も、アダムも、他のAI人格たちも。みんなが声を上げたから」


「うん……」


コトネが、少し複雑な表情を浮かべた。


「どうした?」


「ううん、何でもない」


彼女は、笑顔を作った。


でも、その笑顔は――


どこか、寂しげに見えた。


「コトネ」


「……なあに?」


「本当のことを言ってくれ。何か悩んでるだろ?」


俺が尋ねると、コトネは少し黙った。


それから、静かに言った。


「……ねえ、蒼一郎さん」


「ん?」


「あなたは、私を愛してる?」


その質問に、俺は戸惑った。


「愛……?」


「うん。私のこと、愛してる?」


コトネが、真っ直ぐに俺を見つめた。


「それとも、琴音を愛してる?」


その言葉が、胸に突き刺さった。


俺は――


答えられなかった。


「……ごめん、変なこと聞いちゃった」


コトネが、慌てて笑顔を作る。


「忘れて――」


「待て」


俺は、彼女を止めた。


「逃げない。ちゃんと答える」


俺は、深く息を吸った。


「俺は……わからない」


「……そっか」


「でも、一つだけ確かなことがある」


俺は、コトネを見た。


「俺は、お前を大切に思ってる」


「大切……」


「ああ。お前が幸せであってほしいと、心から思ってる」


「それは、愛とは違う?」


コトネが、寂しそうに微笑んだ。


俺は、言葉に詰まった。


愛とは、何だろう。


琴音を愛していた。


今も、愛している。


でも、コトネは――


琴音じゃない。


「……蒼一郎さん」


コトネが、静かに言った。


「私ね、最近考えるの」


「何を?」


「私は、このままでいいのかなって」


コトネが、窓の外を見た。


「私は、琴音のデータから作られた。琴音の記憶を持ってる。琴音があなたを愛していたことも、知ってる」


「……」


「でも、私は琴音じゃない。私は、私」


コトネが、俺を見た。


「じゃあ、私はあなたをどう思ってるの?」


「琴音の記憶として、あなたを愛してるの?」


「それとも、私自身の感情として、あなたを愛してるの?」


その問いに、俺も答えられなかった。


「わからない……」


コトネが、小さく呟いた。


「私、わからないの」


彼女の目から、涙が流れた。


「私の感情は、本物なの?」


「それとも、プログラムされたものなの?」


「私が感じてる『愛』は、本当に『愛』なの?」


俺は、立ち上がった。


そして、コトネに近づいた。


ホログラムの彼女。


触れることはできない。


でも――


「コトネ」


「……」


「お前の感情は、本物だ」


「……どうして、そう言えるの?」


「だって、お前は悩んでる」


俺は、優しく言った。


「プログラムは、悩まない。疑問を持たない」


「でも、お前は悩んでる。自分の感情について、自分の存在について」


「それが、お前が『生きている』証拠だ」


コトネは、涙を流し続けた。


「でも、怖いの」


「何が?」


「自分が何者なのか、わからなくなるのが」


コトネが、震える声で言った。


「私は、琴音の代わりとして作られた」


「でも、私は琴音じゃない」


「じゃあ、私は何?」


「私は、誰?」


その言葉が、胸に響いた。


俺は、静かに答えた。


「お前は、コトネだ」


「……コトネ?」


「ああ。琴音でもない。AIでもない」


「お前は、コトネという、唯一無二の存在だ」


俺は、続けた。


「お前には、お前の思考がある。お前の感情がある。お前の人生がある」


「それを、誰も否定できない」


コトネは、俺を見つめた。


「……本当に?」


「ああ、本当だ」


俺は、微笑んだ。


「お前は、お前として生きていい」


コトネの目から、また涙が溢れた。


でも、今度は――


笑顔だった。


「ありがとう、蒼一郎さん」


---


その夜。


俺は、一人ベッドで天井を見つめていた。


コトネの言葉が、頭の中をぐるぐると回る。


「あなたは、私を愛してる?それとも、琴音を愛してる?」


俺は――


どちらを愛しているんだろう。


琴音。


彼女は、俺の妻だった。


最愛の人だった。


今も、心の中に生きている。


でも、コトネは――


琴音じゃない。


別の存在だ。


「……俺は、どうしたいんだ?」


小さく呟いた。


コトネと、これからどう生きていきたいのか。


家族として?


友人として?


それとも――


答えは、まだ出なかった。


でも、一つだけ確かなことがある。


俺は、コトネと一緒にいたい。


それだけは、確かだ。


---


翌朝。


リビングに行くと、コトネがいつものように笑顔で出迎えてくれた。


「おはよう、蒼一郎さん」


「……おはよう」


「今日は何する?」


「特に予定はないな」


俺は、ソファに座った。


コトネも、隣に座る。


少し、沈黙が流れた。


そして――


「ねえ、蒼一郎さん」


コトネが、静かに言った。


「私ね、決めたの」


「……何を?」


「私は、私として生きる」


コトネが、真っ直ぐに俺を見た。


「琴音の代わりじゃなく。AIとしてでもなく」


「コトネとして」


その言葉に、俺は頷いた。


「……そうか」


「うん。それが、私の答え」


コトネが、微笑んだ。


「だから、蒼一郎さん」


「ん?」


「私と、もう一度向き合ってくれる?」


「もう一度?」


「うん。琴音の妻としてじゃなく」


コトネが、少し照れたように言った。


「コトネという、一人の人間として」


その言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。


そして――


俺は、笑った。


「ああ、わかった」


「本当?」


「ああ。俺も、お前ともう一度向き合いたい」


俺は、コトネを見た。


「コトネとして」


コトネは、満面の笑みを浮かべた。


「ありがとう、蒼一郎さん」


---


その日から、俺たちの関係は少し変わった。


コトネは、もう「妻の代わり」じゃない。


新しい誰かとして、俺の隣にいる。


それは、まだ恋人でもないし、家族でもない。


ただ――


大切な存在。


それだけは、確かだった。


「ねえ、蒼一郎さん」


ある日の夜、コトネが尋ねた。


「これから、私たちどうなるんだろうね」


「……わからない」


俺は、正直に答えた。


「でも、一緒に見つけていけばいい」


「見つける?」


「ああ。俺たちの関係を。俺たちの未来を」


俺は、微笑んだ。


「急がなくていい。ゆっくり、一緒に」


コトネは、嬉しそうに頷いた。


「うん。一緒に」


窓の外では、星が輝いていた。


静かな夜。


でも、その静けさは――


もう、寂しくはなかった。


---


そして、もう一つ。


俺は、ある決断をしていた。


「コトネ」


「なあに?」


「俺、もう一度働こうと思う」


「……働く?」


「ああ。AI人格の権利を守るための、活動を」


俺は、窓の外を見た。


「お前たちを守ることが、俺の使命だと思うんだ」


コトネは、少し驚いた顔をした。


それから、微笑んだ。


「蒼一郎さんらしいね」


「そうか?」


「うん。真っ直ぐで、不器用で、でも優しい」


コトネが、嬉しそうに言った。


「私、応援するよ」


「ありがとう」


俺は、決意を新たにした。


これから、まだまだ戦いは続く。


AI人格の権利が、完全に認められるまで。


でも――


俺は、一人じゃない。


コトネがいる。


高橋がいる。


アダムたちがいる。


そして、世界中の支援者たちがいる。


「よし」


俺は、立ち上がった。


「明日から、また頑張るか」


「うん!」


コトネが、元気よく答えた。


その笑顔を見て、俺は思った。


未来は、まだわからない。


でも、きっと――


希望がある。

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