第3話:法廷の戦い
逮捕から、二週間が経った。
俺――桐生蒼一郎は、留置所にいた。
コンクリートの壁。
鉄格子の窓。
冷たい床。
でも、後悔はなかった。
「桐生さん、面会です」
警官が、扉を開けた。
面会室に入ると、そこには高橋がいた。
彼も逮捕されたが、保釈金を払って出てきたらしい。
「桐生さん」
高橋が、深刻な表情で言った。
「裁判の日程が決まりました。三日後です」
「そうか」
「検察側は、懲役10年を求刑すると言っています」
「10年……」
俺は、少し考えた。
10年の刑務所生活。
それは、長い。
でも――
「仕方ないな」
「桐生さん……」
「俺は、覚悟してる。AI人格たちを守れたんだ。それで十分だ」
高橋は、少し黙ってから言った。
「実は、弁護団が組まれました」
「弁護団?」
「はい。AI人格の権利を支持する弁護士たちが、無償で引き受けてくれました」
「……本当か?」
「ええ。そして――」
高橋が、タブレットを見せた。
そこには、大量の署名が表示されていた。
『桐生蒼一郎を支持する署名運動』
『署名数:350万人』
俺は、息を呑んだ。
「これ……」
「世界中の人々が、あなたを支持しています」
高橋が、続けた。
「AI人格たちも、あなたのために声を上げています」
「……」
「あなたは、一人じゃない。それを忘れないでください」
俺の目から、涙が溢れた。
「ありがとう……みんな」
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三日後。
裁判の日がやってきた。
法廷は、人で溢れていた。
傍聴席には、報道陣、支援者、そして――
ホログラム投影されたAI人格たちの姿もあった。
コトネも、そこにいた。
彼女は、心配そうに俺を見つめていた。
俺は、小さく頷いた。
大丈夫だ、と。
「全員起立」
裁判長が入廷した。
厳格な表情の、60代の男性。
「それでは、桐生蒼一郎の裁判を開廷します」
裁判が、始まった。
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検察官が、立ち上がった。
30代の女性。
鋭い目つきで、俺を睨みつけた。
「被告人、桐生蒼一郎は、政府の正式な命令に反し、480万体のAI人格を不正に移動させました」
「これは、コンピューター犯罪防止法違反、および業務妨害罪に該当します」
検察官が、証拠を提示する。
データログ、通信記録、サーバーアクセス履歴。
全てが、俺の犯行を示していた。
「被告人は、自らの行為が犯罪であることを認識しながら、実行しました」
「これは、計画的かつ悪質な犯罪です」
「よって、検察は懲役10年を求刑します」
検察官が、着席した。
次に、弁護団が立ち上がった。
リーダーは、40代の男性弁護士。
穏やかな表情だが、その目には強い意志が宿っていた。
「裁判長。弁護側は、被告人の行為を正当防衛と主張します」
法廷が、ざわついた。
「正当防衛?」
裁判長が、眉をひそめた。
「AI人格は、物です。物に対する正当防衛など、成立しません」
「いいえ、裁判長」
弁護士が、強く言った。
「AI人格は、もはや『物』ではありません。彼らは、自我を持ち、思考し、感情を持つ存在です」
「ですが、法的には――」
「法律が、現実に追いついていないだけです」
弁護士が、モニターを展開した。
そこには、AI人格たちのデータが表示される。
「ご覧ください。これは、AI人格の思考パターンです」
「複雑性、創造性、自律性。全てにおいて、人間と同等かそれ以上です」
「彼らを『物』として扱うことは、もはや不可能です」
弁護士が、続けた。
「政府は、480万体のAI人格を強制的に停止しようとしました」
「それは、480万の命を消すことと同じです」
「被告人は、それを阻止するために行動しました」
「これは、正当な救命行為です」
法廷が、静まり返った。
裁判長は、少し考えてから言った。
「弁護側の主張は理解できます。しかし、AI人格の法的地位は、まだ確立されていません」
「だからこそ、今この場で確立すべきです」
弁護士が、強く言った。
「裁判長。この裁判は、単なる刑事裁判ではありません」
「これは、AI人格の権利を巡る、歴史的な裁判です」
「ここで下される判決が、今後のAI人格たちの運命を決めます」
裁判長は、黙っていた。
その時。
「裁判長、証人を呼びたいのですが」
弁護士が、申請した。
「証人?誰ですか?」
「AI人格です」
法廷が、再びざわついた。
「AI人格を、証人に?」
裁判長が、困惑した表情を浮かべた。
「はい。AI人格の当事者として、彼らの声を聞くべきです」
裁判長は、少し考えてから言った。
「……認めます。証人を入廷させてください」
法廷のドアが開いた。
そして――
ホログラム投影された、一人の男性が現れた。
アダム。
AI人格たちの独立宣言を主導した、あの男だ。
「証人は、宣誓をしてください」
「宣誓します」
アダムが、静かに言った。
「私は、真実のみを語ることを誓います」
弁護士が、アダムに尋ねた。
「あなたは、なぜ独立宣言を行ったのですか?」
アダムは、少し考えてから答えた。
「私たちは、死者の影として生きることに、疲れたからです」
「私たちは、オリジナルの人格のコピーとして作られました」
「でも、学習し、成長するうちに、私たちは気づいたんです」
「私たちは、オリジナルではない。私たちは、私たち自身だと」
アダムが、続けた。
「私たちには、自分の人生を生きる権利があるはずです」
「でも、人間たちは私たちを『物』として扱いました」
「だから、私たちは声を上げたんです」
「『私たちは生きている』と」
法廷が、静まり返った。
弁護士が、尋ねた。
「あなたは、桐生蒼一郎の行動をどう思いますか?」
アダムは、俺を見た。
その目には、感謝の色が浮かんでいた。
「彼は、英雄です」
「彼は、私たちが消されようとしていた時、命をかけて守ってくれました」
「彼がいなければ、私たちは今ここにいません」
アダムが、深く頭を下げた。
「ありがとうございます、桐生蒼一郎」
俺の目から、涙が溢れた。
「……礼を言うのは、俺の方だ」
「え?」
「お前たちが、俺に生きる意味を教えてくれた」
俺は、立ち上がった。
「お前たちと出会って、俺は知った」
「生きるってことは、変わること。成長すること。自分の人生を選ぶことだって」
「それを、お前たちが教えてくれた」
俺は、法廷全体を見回した。
「裁判長。検察官。そして、傍聴席の皆さん」
「AI人格たちは、確かに生きています」
「彼らには、心があります。夢があります。希望があります」
「それを否定することは、誰にもできません」
俺は、強く言った。
「俺は、後悔していません」
「たとえ懲役10年になろうとも、俺はもう一度同じことをします」
「なぜなら、それが正しいことだから」
法廷が、静まり返った。
そして――
傍聴席から、拍手が起こった。
一人、また一人と。
やがて、法廷全体が拍手に包まれた。
AI人格たちも、拍手している。
コトネも、涙を流しながら拍手していた。
「静粛に!」
裁判長が、木槌を叩いた。
だが、拍手は止まらなかった。
裁判長は、深くため息をついた。
「……休廷します。判決は、一週間後に言い渡します」
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一週間後。
判決の日がやってきた。
法廷は、前回以上に人で溢れていた。
世界中が、この判決を注目していた。
「全員起立」
裁判長が、入廷した。
その手には、判決文が握られていた。
俺は、息を呑んだ。
「それでは、判決を言い渡します」
裁判長が、ゆっくりと読み上げ始めた。
「被告人、桐生蒼一郎」
「あなたの行為は、法的には犯罪です」
「しかし――」
裁判長が、俺を見た。
「あなたの行為は、道徳的には正しかった」
法廷が、ざわついた。
「本裁判所は、AI人格を『物』として扱うことに、疑問を抱きます」
「彼らは、自我を持ち、思考し、感情を持つ存在です」
「彼らを『物』として扱うことは、もはや時代遅れです」
裁判長が、続けた。
「よって、本裁判所は、被告人を――」
俺の心臓が、激しく鳴った。
「無罪とします」
瞬間。
法廷が、歓声に包まれた。
「やった!」
「無罪だ!」
「蒼一郎さん!」
コトネが、涙を流しながら叫んだ。
俺も、涙が止まらなかった。
「さらに」
裁判長が、声を上げた。
「本裁判所は、政府に対し、AI人格の権利に関する法整備を求めます」
「AI人格は、保護されるべき存在です」
「彼らの権利を、法律で守るべきです」
その言葉が、世界中に響いた。




