表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/19

第4話 湯煙の向こうと手紙の秘密

 春の夜が、静かに訪れてた。

 4月6日、新学期初日の夕暮れが終わりを迎える。

 俺、袋田龍輝は、温泉の脱衣所で息を整えてた。

 湯船から逃げ出した後。

 千陽の衝撃が頭から離れねぇ。

 裸で抱きついてきた幼なじみ。

 女だった。

 心臓がまだドキドキしてる。

 タオルで体を拭く。

 汗と湯の湿気が、肌にまとわりつく。

「リュウちゃん、まだいるよね?」

 浴室から千陽の声。

「あぁ。

 って、千陽、女だったのか?」

「だから、そう言ってるじゃん」

「だからって、性転換とかじゃねぇのか?

 俺、そういうの全然気にしねぇし、千陽がそうだとしても親友に戻るのは良いんだが」

「生まれたときからずっと女だって。

 一度もチンコ生えたことねぇよ。

 それでも親友だったじゃん。

 親友に戻れねぇの?

 男と女の友情はねぇって言わねぇよね?」

「いや、それとこれとは話が別だろ。

 男と女だろうと友情は結べるだろ。

 だとしても、混浴はダメだろ」

「え~、俺とリュウちゃんだよ?

 ねぇ、隠すから一緒に入ろうよ」

「やだよ」

「なんだよ、意気地なし、根性なし、弱虫、二次元世界の住人、ヘタレ主人公」

 軽い挑発。

 そこまで言われると悔しい。

 ドアを開ける。

 千陽は大きなタオルで前を隠して、岩風呂に浸かってた。

「持ってるなら最初から隠せよな」

 ニヤニヤする千陽。

 俺の心を見透かしてるみたいだ。

 意地になって湯船に戻る。

 湯船に浸かる。

 熱い湯が体を包む。

 千陽がタオルを腰に巻いて、俺の隣に座る。

「体は男らしいじゃん」

「うっせぇ。

 とにかく何なんだよ、このラノベ展開。

 幼なじみだと思ってた親友が女だったって。

 だったら、そこは美少女に育ってる展開だろ?

『そら』はちゃんと美少女だったよ」

「そら?

 あははっ、ラノベのヒロインかな?

 何それって、えいっ!」

 千陽が俺のタオルを引っ張る。

「うわ、バカ!

 俺のタオル返せよ!」

「良いじゃん、減るもんじゃねぇし。

 見せてくれたって。

 ねぇ、実は見たいでしょ?」

「タオル取ったら出るからな。

 俺のタオル返せ!」

「出すの間違いじゃねぇの?」

「バカか!

 とにかく何なんだよ、エロ美青年系ヒロインって」

「リュウちゃんの目にも俺、美青年系に見えてるんだよね?」

 タオルを投げ返してくる。

 ボソリと呟く千陽。

 今日ほど、この温泉が濁り湯だったら良かったのにと思ったことはねぇ。

 ここは単純塩化物泉。

 透明だ。

「千陽、イケメンの自覚ねぇのか?」

「女がイケメンって褒められてもね。

 いつも言われてんだ。

 でも、リュウちゃんにまで言われるとは思わなかったよ」

 困り顔が妙に可愛い。

「男だろうと女だろうと、千陽は千陽だ。

 俺の親友だよ」

「親友にまたなれるんだね」

 千陽がニヤッと笑う。

 なぜかタオルを剥ぎ取ろうとじりじり近づいてくる。

「だから、裸で近づいてくんなって!

 変態、痴女かよ!」

 パシャリとお湯を顔に勢いよくかける。

「顔射大当たり!」

「うっせ、バカ!

 何なんだよ!」

 近づいてきたところで湯船に身を沈める。

 隠してねぇけど。

「リュウちゃんだからだよ。

 一緒に入りたいじゃん。

 昔、大洗に海水浴に行った帰りにも一緒に入ったじゃん」

「覚えてねぇって!

 その頃ならギリ条例的にもセーフだったんだろうけど、今はアウトだろ」

 混浴は条例で年齢や身長で制限されてる。

 幼稚園の頃、千陽のおじいちゃんか俺の父ちゃんが大洗の海水浴場に連れてってくれた。

 有名な大洗サンビーチじゃねぇ。

 水族館との中間にある、岩がゴツゴツした天然プールみたいな場所。

 波が静かで、小さい俺たちにはちょうど良かった。

 その帰りに、戦車アニメで有名な温泉で潮を流した。

 でも、風呂の記憶は鮮明じゃねぇ。

 そもそも、小さい頃に股間を凝視したか?

 あの時の俺、ちゃんと千陽を女だって認識しろよな。

 観測しなかったチンコは存在しなかったのか?

 観測してりゃ存在したのか?

 猫の実験みたいなアホな考えが頭をよぎる。

 湯あたりしたのかも。

「ダメだ、変な妄想が膨らむ。

 先出る」

「え~、俺の体で妄想しちゃったなら、ここでしていいよ」

「バカ!

 誰がエロい妄想って言った!

 湯あたりしそうだから出るんだよ」

「そっか。

 俺、もう少し入ってるね」

 風呂から出る。

 湯上がり場の自販機でコーヒー牛乳を買う。

 飲んで涼む。

 15分後、千陽が出てきた。

「俺も一杯」

 イチゴミルクを買う。

 腰に手を当てて一気に飲む姿がカッコいい。

「ぷはぁ~!

 日本に帰ってきて良かったって思う瞬間」

 満面の笑み。

 イケメン美少女を複雑な思いで見つめる。

 何なんだよ、こいつ。

 休憩所の長椅子に座る。

 おばさま方も千陽に注目してる。

 ドキドキしてるんじゃねぇか?

 そのイケメン、実は女だからな。

 そう言ったら、「貸し切り風呂でいかがわしいことしてたのでは?」と思われかねねぇ。

 黙って宿を出た。

 日が落ちた道を自転車で帰る。

 車も人もほとんどいねぇ。

 横並びで走る。

 熱った体が冷えてきた春の夕暮れ。

 心地良い風が吹いてる。

「リュウちゃん、やっぱり男だと思ってたんだね」

「記憶が鮮明じゃねぇけど、野山走って一緒に虫取りとかしてなかったっけ?

 海でも泳ぐよりカニやウミウシ捕まえて喜んでたような」

「女でも虫好きはいるよ。

 アメフラシのぷにゅぷにゅした触り心地、気持ち良かったよね」

「今でも虫好きか?」

「好きとか嫌いとかじゃなくて平気。

 東南アジアの虫なんてすっごいんだから。

 好き嫌い騒いでたら生活できねぇよ。

 ヤモリかイモリか分かんねぇのもいっぱいいたし」

「あぁ、世界ふしぎ発見とかで観てるから想像つくけど。

 なぁ、今さらだけど何で帰ってきたんだ?」

「リュウちゃんに会うためだよ」

「冗談は良いって」

「冗談じゃねぇよ。

 約束もあるし。

 それに、やっぱ日本で生活したいかなって。

 おじいちゃんおばあちゃんにも会いたかったし、あのままじゃ世界一周して自分が日本人だって忘れそうだったし。

 日本人でいたかったし、日本人であることを嫌いになりたくなかったし」

 何か重い気持ちを聞く。

 どう返していいか迷う。

「そっか」

 そっけなく返す。

 家の前に着く。

「また、明日」

「おう」

 いつでも会える事実は、そんな短い言葉で一日を終えられる。

 家に帰る。

「お帰り。

 あんた、夕飯は?」

 リビングで母さんが言う。

「まだだよ」

「何か買ってきたの?

 ほら、千陽ちゃんも」

「いや、コンビニ寄ってねぇ」

「気の利かねぇ子ね。

 ほら、千陽ちゃん呼んできて。

 ガスまだならご飯作れねぇでしょ。

 呼んでらっしゃい」

「おっ、おう、そうだった。

 呼んでくるよ」

 温泉の衝撃で、ガスが来てねぇことを忘れてた。

 千陽の飯を気にしてやれなかったのが、親友として苛立つ。

「おい、千陽。

 飯、うちで食うか?

 母さんが用意するって」

「え?

 良いの?

 悪いよ~」

「遠慮すんなよ」

「うん。

 昔もよく食べさせてもらったよね?」

「俺も母さんが遅い時、食べさせてもらったよな。

 覚えてるぞ」

「そういうのはちゃんと覚えてるんだ」

 にへっと笑う千陽。

 カップラーメンを探して、玄関のダンボールを物色してた。

 電気ポットでしのぐつもりだったらしい。

「お邪魔します」

「遠慮しないでどうぞ。

 千陽ちゃん、ほんと大きくなったね。

 何?

 バレーでもやってる?

 バスケ?

 サッカー?

 将来はなでしこジャパン?」

 ん?

「あれ?

 母さん、千陽が女って知ってたの?」

 母さんが一瞬ポカンと口を開ける。

 固まる。

 ハッと我に返ると、バシバシ俺の肩を叩く。

「あんた、何バカなこと言ってんの!

 千陽ちゃんは女の子でしょ。

 ほんと、子供の頃の記憶どこかに忘れたの?

 千陽ちゃんがバレンタインデーで…」

「うわっ、おばさん、それは良いから!

 料理手伝いますよ」

「あら、そう?

 じゃあ一緒に」

 母さんと並ぶ千陽。

 俺に兄貴ができたみたいに見えた。

 母さんが嬉しそうに鼻歌交じりで料理してる。

 もこみっちーと並んでる気分なのか?

 千陽なら、高い位置から塩振っても絵になりそうだ。

 唐揚げとサラダと味噌汁を手早く作る。

「お母さんは友達とカラオケの約束あるから。

 お父さんは残業で遅くなるって。

 滝音は先に済ませて部屋にいるから、龍輝はちゃんと千陽ちゃん家の戸締まり確認しときなさいよ。

 女子高生一人なんだから」

 母さんが出てく。

 ちなみに滝音は妹。

 絶賛思春期か反抗期中だ。

 家族揃って「いただきます」は過去の話。

 今じゃほとんどねぇ。

 父さんも社畜ってわけじゃねぇけど、最近出世して忙しい。

 帰りが遅い。

 母さんは遊び歩いてるわけじゃねぇ。

 昼は近所のスーパーでパートだ。

 名誉のために言っとく。

 職場仲間とたまのカラオケで息抜きに出かけただけ。

 千陽と2人で向かい合って夕飯。

 既視感が湧き上がる。

 懐かしくて、気恥ずかしい。

「俺だけが誤解してたのか?」

 唐揚げを一口噛んで呟く。

「だと思うけど?」

 千陽が首を傾げる。

 その姿はイケメンなのに可愛らしい。

 オリジナルストーリー:千陽の手紙

 食事を終える。

 千陽が片付けを始める。

「お前、料理上手いな。

 どこで覚えたんだ?」

「海外でさ。

 寂しくて、料理してたんだ。

 リュウちゃんに食べて欲しいって思って」

「俺に?」

「うん。

 実はさ、引っ越しの荷物の中に手紙が入ってたんだ。

 リュウちゃんに宛てたやつ」

 千陽がダンボールから封筒を取り出す。

 古びた紙。

 俺の名前が書いてある。

「何だ、これ?」

「引っ越す前に書いたんだ。

 でも、渡せなくてさ。

 おじいちゃんに預けたら、荷物に紛れ込んでたみたい」

 封を開ける。

 子供っぽい字で、こう書いてあった。

「リュウちゃんへ

 明日、遠くに引っ越すよ。

 でも、絶対帰ってくるから。

 そしたら、また一緒に遊ぼうね。

 約束だよ。

 千陽より」

 胸が締め付けられる。

「こんな手紙、書いてたのか…」

「うん。

 でも、リュウちゃんが入院してて会えなくて。

 寂しかったよ。

 海外で、この手紙何度も読み返してた」

 千陽の目が、少し濡れてる。

「なぁ、千陽。

 お前、ずっと俺のこと覚えてたのか?」

「当たり前だろ。

 リュウちゃんは俺の親友だもん。

 ずっと隣にいたかったよ」

 手紙を握る。

 9年の空白が、また一つ埋まった気がした。

「お前、泣いてんのか?」

「ううん、泣いてねぇよ。

 ただ…リュウちゃんに気持ち伝えたくてさ」

「…俺、どうすりゃいいんだよ」

「リュウちゃんが俺のこと嫌いじゃなけりゃ…それで良いよ。

 少しずつで良いから、俺のこと見てて欲しい」

「…嫌いじゃねぇよ」

「ほんと?」

「ほんとだよ。

 お前、親友だろ。

 …でも、それ以上って言われると、まだ分かんねぇ」

「うん、良いよ。

 ゆっくりで良いから。

 俺、リュウちゃんの隣にいるからね」

「お前、ほんと面倒くせぇな」

「リュウちゃんにしか言わねぇよ?」

 ニヤッと笑う千陽。

 こいつ、ズルい。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ