第3話 過去の鍵と温泉の衝撃
春の夕暮れが、空を茜色に染めてた。
4月6日、新学期初日の放課後。
俺、袋田龍輝は、自転車を停めて隣の家に足を踏み入れた。
千陽の家。
9年ぶりに戻ってきた幼なじみの新居だ。
門をくぐると、懐かしい庭が目に入る。
雑草が伸び放題だった空き家が、息を吹き返したみたいだ。
おじいさんが掃き出し窓を開けたまま帰ったのか、風がカーテンを揺らしてる。
「おーい、千陽。
飯食ってきたぞ。
引っ越し手伝い、始めようぜ」
玄関で声をかける。
中から千陽の声が響く。
「リュウちゃん、入ってきてよ。
今、ダンボール開けてるとこ」
靴を脱いで上がる。
茶の間に千陽がいる。
床に散らばったダンボール箱を一つずつ開けてる。
「お前、一人で始めちゃったのか?」
「うん、ちょっと懐かしくてさ。
昔の物が出てきたから、見てた」
千陽の手元を見る。
古い写真アルバムだ。
表紙に「幼稚園の思い出」って手書きの文字。
「これ、見てみろよ。
リュウちゃん、すげぇ笑顔だぞ」
千陽がアルバムを差し出す。
ページを開く。
そこには、4人の子供が写ってる。
俺と千陽、あと2人。
一人は長い髪の女の子。
もう一人は無口そうな小柄な子。
全員、スモック姿で笑ってる。
「これ、誰だ?」
「ヒロミちゃんとトッキーだよ。
覚えてねぇの?」
ヒロミとトッキー。
名前だけじゃピンとこねぇ。
でも、どこか懐かしい感覚が胸に広がる。
「昔、4人でよく遊んだよな。
この写真、夏のプールだ。
庭でビニールプール出してさ」
千陽が指差す。
確かに、俺が水鉄砲持って笑ってる。
千陽は隣で水をかぶって騒いでる。
「そうだったか…」
記憶が霧の中だ。
でも、この写真が何か引っかかる。
「なぁ、リュウちゃん。
この箱、見てみねぇ?」
千陽が別のダンボールを差し出す。
蓋を開ける。
中には、古いオモチャや手紙が入ってる。
一番上に、小さな鍵が置いてあった。
「これ、何の鍵だ?」
手に取る。
錆びてねぇが、古びた感じがする。
「分かんねぇけど…
なんか大事なもんだって、おじいちゃんが言ってた。
リュウちゃん、覚えてねぇ?」
鍵を握る。
冷たい金属の感触。
頭の奥で、何かがチラつく。
「昔さ、秘密基地作ったよな。
庭の裏にさ、小屋みたいなやつ。
そこの鍵じゃねぇか?」
千陽の言葉に、記憶が揺れる。
秘密基地。
確かに、そんな遊びをしてた。
木の板と段ボールで作った粗末な小屋。
4人で隠れて、宝物をしまってた。
鍵をかけて、「絶対開けねぇぞ」って誓った。
「そうだった…
でも、鍵持ってたのは誰だっけ?」
「俺だよ。
引っ越す時、おじいちゃんに預けたんだ。
リュウちゃんに渡そうと思ったけど、会えなくてさ」
千陽が目を伏せる。
その表情に、寂しさが滲む。
「なぁ、リュウちゃん。
その小屋、まだあるか見てみねぇ?」
「今からか?」
「うん。
引っ越し手伝いの前にさ、ちょっとだけ」
千陽の目がキラキラしてる。
断れねぇ。
「分かった。
行ってみようぜ」
庭の裏に回る。
雑草が膝まで伸びてる。
昔の記憶を頼りに進む。
「ここだ!」
千陽が指差す。
古い木の小屋が、半分崩れて立ってる。
屋根は腐り、壁に穴が開いてる。
でも、確かに俺たちの秘密基地だ。
鍵穴が錆びてねぇ。
千陽が鍵を差し込む。
カチッと音がして、扉が開いた。
中に入る。
埃っぽい空気。
小さな木箱が隅に置いてある。
「これ、開けてみねぇ?」
千陽が木箱を持ち上げる。
蓋を開ける。
中には、手紙とオモチャが入ってる。
手紙には、子供の字でこう書いてあった。
「リュウちゃん、チーちゃん、ヒロミちゃん、トッキーへ。
大きくなったら、また4人で遊ぼうね。
絶対だよ。約束だよ。」
署名は4人分。
俺の字も入ってる。
「これ…俺たちが書いたのか?」
「うん。
引っ越す前日にさ、みんなで書いたんだ。
リュウちゃん、覚えてねぇんだろ?」
手紙を握る。
胸が熱くなる。
9年の空白が、少しだけ埋まった気がした。
「なぁ、千陽。
この約束、守れて良かったな」
「うん。
リュウちゃんが隣にいてくれるだけで、俺、嬉しいよ」
千陽の声が、少し震えてる。
俺も何か言おうとしたけど、言葉にならねぇ。
「さて、引っ越し手伝い始めようぜ」
小屋を出て、家に戻る。
千陽がダンボールを運び始める。
「これ、30箱くらいあるぞ。
2人ならすぐだろ?」
「うん、リュウちゃん、やっぱり優しいな」
「いや、普通だろ」
ダンボールを運んでると、通販のテレビが届いた。
千陽が箱を開ける。
「今のテレビって配線一本二本くらいで簡単だから、貸してみなよ」
「あ、ごめん。
こういうの初めてで」
大した配線もねぇのに、千陽は説明書見て固まってる。
俺がセットしてやる。
他の電化製品もついでにセット。
意外と時間がかかった。
千陽は見かけ倒しの力なしで、電化製品も苦手だ。
見かねて手伝ってたら、夕方になっちまった。
「半分以上、俺が運んだぞ。
腰が痛ぇ」
「ありがとうね。
汗かいたよね。
お風呂沸かそうと思ったんだけど、ガスは明日なんだって」
千陽がスポーツドリンクを渡してくる。
「なら、うちで入るか?」
「ねぇ、せっかくだから温泉行かねぇ?」
「ん~、別に良いけど」
温泉か。
茨城県って温泉のイメージ薄いけど、実はちゃんと出てる。
日本列島、掘れば大概温泉が出るらしい。
千陽がおじいさんが置いてった入浴券を出す。
タダなら申し分ねぇ。
誘われるまま、近くの宿の日帰り温泉へ向かった。
田舎の宿だ。
眺めの良い露天風呂が有名で、源泉掛け流し。
平日の泊まり客は少ない。
いくつかある風呂を家族風呂として貸し切りにできるらしい。
あんこう鍋プランも3月末で終わり、繁忙期が一段落。
幸運にも露天風呂が1時間貸し切りで空いてた。
友達と汗を流すのも良いだろ。
2人で風呂、裸の付き合いだ。
9年の距離をお湯が流して縮めてくれる。
そんな期待を抱いてた。
その期待は、大きく裏切られることになった。
「先入ってて」
千陽が言う。
「なんだ、小便か?
体流す時にすれば良いだろ」
「変態!
俺のおしっこ姿、見たいの?」
「はぁ?
何言ってんだ。
普通だろ。
座ってシャワーで頭流しながら、しれっと小便するって」
「普通はしねぇから。
とにかく先入ってて」
「分かった」
変態と罵られた。
マナー違反なら怒られるのも分かるけど…。
体を洗う。
2人で入るにはもったいねぇくらい大きな岩風呂。
竹垣の間から海原が見える。
海岸の先に大きな岩山。
島と呼ぶには小さいが、「二ツ島」と呼ばれてる。
昔はもう一つ小さな島があったらしい。
浸食で海に消えて、今は一つだけ。
松が生え、鵜が住んでたが、311の地震で松は落ち、鵜も他へ行っちまった。
砂浜にポツンと立つ岩山。
一枚の絵画みたいに、大海原のアクセントだ。
この景色を見ながら入る風呂は、少し贅沢だ。
眺めてると、千陽が入ってきた。
シャワーで体を流しながら、
「島は残ったんだね。
海外で311のニュース見てたから、どうなったか心配だったけど」
「この辺も川から津波が上がって被害あったんだぞ。
港は結構ひどくやられたし」
千陽の方をチラリと見る。
背中が…ん?
何か違和感?
何だろ?
華奢なせいか?
「何かした?
リュウちゃん」
しっかり振り向く。
千陽の姿を見る。
湯気でぼやけて、夕焼けが背になってはっきり見えねぇ。
華奢すぎるから違和感につながるのか?
そんな疑問を抱きながら、見続けるもんでもねぇ。
「いや、なんでもねぇ」
男が体を洗ってるのを見てもつまらん。
また岩山と海を見る。
シャワーが終わり、
「よいしょっ」
湯船に入れる足が、妙に艶やかで綺麗だ。
視線を上に…!?
ねぇ、ねぇ、ねぇ!?
隠されてねぇ体に、大事なもんがねぇ。
「えぇぇ!?」
「何?
どうしたの?
大きな声出して」
両足を湯船に入れ、両手を腰に当てて仁王立ち。
千陽の体を見て、俺の体が硬直した。
「見たいなら好きなだけ見なよ」
その言葉で硬直が解ける。
「ちょっと待て、ちょっと待て、何かいろいろ待て」
「何恥ずかしがってんのさ?」
「千陽、お前おかしいだろ?
前隠せよ!」
「何恥ずかしがってんだよ!
おっ、童貞なら俺と済まそうぜ。
俺の処女、もらってくれるよな?」
胸を張って湯船を一歩一歩近づいてくる千陽。
「きゃーーー!」
「可愛い声で鳴くな。
良いではないか、良いではないか」
「待て待て待て、本当にちょっと待って。
千陽、チンコは?
性転換したの?」
混乱しかねぇ。
俺の唯一無二の親友に付いてるはずのものが付いてねぇ。
それを仁王立ちで恥ずかしがらず、惜しげもなく見せる千陽。
男らしいなんてありゃしねぇ。
いや、痴女ってやつなのか?
「何言ってんだ?
俺、生まれたときから女だぜ。
一度たりとも男になったことねぇよ」
「はぁ?」
「ほらほらほら、ちゃんと見ろよ。
ねぇだろ」
「バカ、見られるかっていうの!」
「恥ずかしがるなよ。
俺とリュウちゃんの仲だろ?」
「俺とお前は親友だ。
親友同士、そういうことしねぇの!」
迫ってくる千陽に背を向ける。
「誰がそんなこと決めた?
良いじゃん別に。
親友が見たいって言うなら、いくらでも見せてあげるよ。
ほらほらほらほら」
「うわ~、抱きつくなよ!」
目を逸らし、体も背を向ける。
千陽が飛び込むようにバシャンと音を立てて抱きついてきた。
背中にぷにゅりとした柔らかい二つの感触。
小さいながらも主張してる。
女だと主張してる。
おっぱいだ。
サイズは分からねぇけど、AカップかBカップか?
小さくても柔らかくて、背中に全神経が集中する。
「俺、出る!」
「おっ、出すか?」
「違うーーー!」
温泉の滑りやすい肌を利用して、なんとか千陽の腕から抜け出す。
急いで湯船から出る。
背後から声が聞こえた。
「ちっ、失敗したか」
千陽の低めの声だった。