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第2話 隣に戻ってきた親友

 春の風が、教室の窓からそっと吹き込んできた。

 桜の花びらが舞い散り、机の上にピンクの点々を残す。

 4月6日、新学期初日の昼休み。

 俺、袋田龍輝は、文庫本を片手に教室の隅に座ってた。

 周りは新入生のざわめきで溢れてる。

 笑い声、友達同士の軽いじゃれ合い。

 そんな喧騒が、俺には遠い世界の音だ。

 本のページをめくる。

『そらと僕の青春革命』のヒロインが、主人公に笑顔を向けるシーン。

 心に響かねぇ。

 青春なんて、俺には縁遠いもんだ。

 でも、今日の朝。

 何か変わった。

 千陽が現れた瞬間から。

 隣の席に目をやる。

 そこには、あのイケメンが座ってる。

 二島千陽。

 幼なじみだったはずの奴。

 9年ぶりに会ったのに、イケメンすぎて誰だか分からなかった。

 今は、俺の隣で弁当を広げてる。

「リュウちゃん、母さんの弁当、美味いよな」

 千陽がニヤリと笑う。

 箸で卵焼きをつまんで、口に放り込む。

「お前、朝から馴れ馴れしいな」

「だって、昔からこうだったろ?」

「昔の記憶が薄いんだよ」

 千陽が笑う。

 その笑顔が、春の日差しみたいに眩しい。

 嫌悪感は湧かねぇ。

 むしろ、懐かしい。

 隣に誰かがいる感覚。

 9年ぶりに感じる温もり。

「お前、ほんとイケメンになったな」

「そうか? リュウちゃんも変わってねぇよ。

 そのヤンキーっぽい雰囲気、昔からだろ」

 俺の黒いジーンズと白いYシャツ。

 ブレザーは着ねぇ。

 中学からこのスタイルだ。

「お前はピンクのシャツとか、似合いすぎだろ」

 千陽の薄ピンクのYシャツが、ブレザーから覗いてる。

 白いズボンが、細い足を強調してる。

「イケメンだから着こなせるんだよ」

「自画自賛すんな」

「ははっ、冗談だよ」

 千陽が弁当の唐揚げを俺に差し出す。

「食えよ。母さんが多めに詰めてくれた」

「…サンキュー」

 唐揚げを口に放り込む。

 懐かしい味だ。

 母さんの手作り。

「お前ん家の飯、昔もよく食ったよな」

「うん、リュウちゃんちでも食ったけどな」

「そうだったか?」

 記憶が曖昧だ。

 9年の空白が、頭の中を霧で覆ってる。

 教室の外。

 校庭の桜が、風に揺れてる。

 新入生が写真を撮り合ってる。

 俺と千陽は、教室で弁当を食い終えた。

 千陽が席を立つ。

「なぁ、リュウちゃん。

 自己紹介の時間だぞ」

 そうだった。

 初日だ。

 担任が来て、みんな順番に自己紹介する。

 千陽が先に立ち上がる。

「えっと、二島千陽と言います。

 親の転勤で海外を転々としてました。

 元々は隣の市で幼稚園まで過ごしてて、高校入学を機に帰ってきたので、よろしくお願いします」

 満面の笑み。

 その輝きに、クラスの女子たちが一瞬で目を奪われる。

「一目惚れ」って目だ。

 イケメンってずるいよな。

 自己紹介だけで惚れられる。

 千陽の青春ラブコメ物語は、晴れやかだろう。

 俺はそのモブ役だ。

 勝手にそう思ってた。

 次は俺の番。

 特に何もねぇ。

「袋田龍輝です。

 ライトノベルが好きなオタクです。

 人見知りです」

 淡々と済ませる。

 千陽がニヤッと笑う。

「自虐的な自己紹介、面白いよ、リュウちゃん」

 クラスの空気が、少し和らぐ。

 でも、俺には関係ねぇ。

 人畜無害なオタクとして、無難に過ごすつもりだ。

 うちの高校は、ジェンダーフリーだとか差別撤廃だとかの風潮に乗ってる。

「ブラック校則」でSNS炎上を避けるため、数年前に生徒会アンケートで校則が一新された。

 緩い学校だ。

 そのおかげで人気が高まり、倍率が上がって偏差値も急上昇。

 進学校になったらしい。

 制服はブレザーだけが学校指定。

 ズボンやシャツに決まりはねぇ。

 ほぼ私服登校。

 自主性を重んじる校則だ。

 男子は大半が黒か紺のズボンに、白か薄水色のYシャツ。

 女子はなんちゃって女子高生スカートで無難に決めてる。

 俺もその一人。

 黒のジーンズに白のYシャツ。

 入学式に突飛な服装を選ぶ勇気も無謀さもねぇ。

 でも、この飾り気のないズボンは嫌いだ。

 中学の時、刺繍入りのジーンズを愛用してた。

 ヤンキーっぽいって言われたけど、俺の個性だ。

 千陽は違う。

 細く引き締まった足を強調する、白いズボン。

 ブレザーから覗く薄ピンクのYシャツが似合ってる。

 イケメンだからピンクも着こなせる。

 俺が着たら豚扱いだろ。

 他の生徒の自己紹介を気にせず、隣の千陽に声をかける。

「帰ってたんだな」

「帰ってきたのは先週。

 昨日まではおじいちゃん家だったけど、電気や水道の手続きが済んだから、今日からリュウちゃんの隣の家に引っ越すよ。

 後で手伝ってね」

「うっ、うん、そうか。

 まぁ、昔のよしみで手伝ってやるよ。

 ってか、帰ってきてたなら言えよ」

「高校で会えるの分かってたから」

「ん?」

 話を続けようとした時、自己紹介が終わる。

 担任の話が始まった。

 黙って前を見る。

 ぎこちなく返事すると、千陽がニコニコと俺の顔を見つめてくる。

 勘違いされるだろ。

 クラスの女子たちが、担任より千陽を見てやがる。

 俺にBLの趣味はねぇ。

 そう口に出して否定したかった。

 でも、今それを言ったら誤解されそうで厄介だ。

 高校生活初日から変なレッテル貼られるのは勘弁だ。

 黙って前を見て、時が過ぎるのを待つ。

 人畜無害なオタクとして、無難に過ごすつもりだ。

 チラチラと千陽が俺を見る視線には気づいてたけど。

 担任の自己紹介が終わる。

 校則の説明、学校生活の注意点。

 一通り聞くと、午前中で解散だ。

 席を立つ。

 千陽が女子たちに囲まれる。

 LINE交換をせがまれてる。

 まぁ、いいか。

 先に帰って飯食ってから手伝いに行けば。

 隣の家だ。

 玄関から1分もかからねぇ。

 屋根伝いに幼なじみが飛び込んでくるほど近くはねぇ。

 でも、塀を越えりゃ千陽の家の庭だ。

 もちろん、ちゃんと門から入るつもりだけど。

 気にせず校舎を出る。

「冷たいなぁ~、置いて帰るなんて」

 昇降口を出たところで、千陽が駆け寄ってくる。

 俺の腕を掴む。

「一緒に帰る約束なんてしてなかっただろ?」

 掴まれた腕を振りほどく。

「そりゃしてなくても、帰る方向一緒だし。

 久々に日本に帰ってきた親友だよ?

 迷子とか心配するのが親友じゃん。

 昔は俺が姿見えなくなると、大声で呼んでくれたじゃん」

「そんなことしたっけ?

 昔はお前が俺について回る子だったのは覚えてる。

 泣き虫で俺より小さくて」

「なんだ、ちゃんと覚えてるじゃん」

 千陽がニンマリ笑う。

 女殺しのビームが出そうな満点の笑顔だ。

 白い歯が綺麗で、CMにすぐ出られそう。

 褒めたかったけど、やめた。

 イケメンをこれ以上褒めるのが悔しい。

 自己嫌悪になりそうだ。

 男から「イケメン」と言われ続けるのも、千陽は嫌だろう。

 まだ距離感が掴みきれねぇ。

 言いすぎると、冗談で済まなくなるかもしれねぇ。

 せっかく隣に戻ってきた親友を怒らせたくねぇ。

 空気が読めねぇわけじゃねぇつもりだ。

 学校から徒歩5分の駅。

 常磐線に乗る。

 磯原駅で降りる。

 15分もかからねぇ距離だ。

 発車メロディーが野口雨情の「シャボン玉とんだ」。

 特徴的な駅だ。

 もう一つ北の大津港駅は、米米CLUBの石井竜也の出身地。

 なのに、そっちが使われてねぇのが残念だ。

 自転車置き場に行く。

 千陽も鍵を取り出す。

「なんだ、千陽も自転車で来てたのか?」

「さすがに自転車ねぇとねぇ」

 千陽は細いフレームのスポーツ系自転車。

 ツールドフランスに出そうなやつだ。

 俺は正反対。

 太いタイヤのマウンテンバイク。

 横に並んで走るのは迷惑行為だ。

 交通ルール違反だ。

 一列に並んで黙々と漕ぐ。

 10分で家に着いた。

 隣の家。

 千陽のおじいさんが掃き出し窓を開けてる。

「千陽ちゃん、お帰り。

 おっ、リュウちゃんもお帰り。

 また、うちの孫をよろしく頼むよ。

 おらもよ、ここに住めばいいんだけど、田んぼと畑があるからよ」

 日に焼けたおじいさんが言う。

「昔の友として、いろいろ手伝いますから大丈夫ですよ」

「今も親友だろ」

 千陽が後ろから抱きついてくる。

 昔と変わらねぇ距離感。

 妙に懐かしい。

 ベタベタとくっついてくる千陽。

 それが嫌いじゃなかった。

「懐かしいな、この感覚」

 でも、坂を漕いできたのに良い匂いがするぜ、このイケメン。

 日差しが強い。

 少し汗ばむ暑さの中、千陽からは桃を思わせる甘い香りが漂ってる。

 春の終わりを、どことなく感じさせる瞬間だった。



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