第16話:ネモフィラの誓いと永遠の春
入学から3週間、ゴールデンウィークを目前に控えた4月末、成績考査のテストが突然襲来した。
春の陽光が教室に差し込む昼休み、文芸部の部室ではいつもの4人が弁当を広げていた。
「普通、中間テストって5月末とかだよね。こんな入学式終わったばかりで成績考査するなんてさ」
ヒロミが不満を漏らしつつ、相変わらず大きな弁当からご飯を豪快に掴み、大きく口を開けて頬張る。
「まぁ、一応進学校だからな。2人は成績大丈夫なのか? 赤点取るとゴールデンウィーク補習だって聞いたけど」
千陽とは勉強を共にしてるから学力はおおよそ把握してるが、クラスの違うヒロとミーはどうなんだろう?
「下僕に心配されるほど落ちぶれてはおらぬ。それより、下女は大丈夫なのか?」
ミーが日本史の教科書を睨みながら弁当を食べる千陽に目をやる。
「あぁ、千陽なら日本史とか社会系を丸暗記すりゃなんとかなる。理数系は得意だし、英語なら俺が教わってるくらいだし」
「へぇ~、チーちゃん、英語ペラペラなんだ?」
ヒロが目を丸くする。
「うん、だから新婚旅行の通訳には心配ねぇよ」
「あはははっ、何それ~!」
「あっ、海外旅行の心配の間違いだ」
教科書と弁当に集中してるはずの千陽の顔が真っ赤に染まる。気づいたけど、黙っておいた。
結果は翌々日、廊下に貼り出された。
一位 神峰時見
二位 袋田龍輝
三位 磐城広巳
四位 二島千陽
学年ランキングだ。
「はぁ? ミーって頭良かったのか? なんか今、人生で一番の敗北感味わってる気がする」
貼り出された順位を見て、思わず呟くと、後ろからヒロが笑いながら近づいてきた。
「ミーちゃん、もっと上の学校も余裕だったんだけど、ここをあえて選んだんだよ」
「なぁ、高校までどこ行くとか約束した覚えはねぇぞ?」
「あははっ、確かに幼稚園生でどこの高校行くかは約束してないよ。ただ単に家が近いから。でも、ミーちゃん、降霊術使ってリュウちゃん達がどこ行くか占ってたよ」
「こわっ」
「偶然なんだろうけどね。あれ、そういえばチーちゃんは?」
「机に突っ伏してるよ。ひたすら暗記の一夜漬けしたらしくて、頭の中で徳川歴代将軍が整列して行進してるってさ」
「あははっ、家康さん先頭かな?」
くだらない会話をしてると、後ろで成績表を見る生徒たちが集まり始めた。
振り向いて教室に戻ろうとすると、人だかりがモーゼの海割りみたいに進む先を開けた。
視線がひしひしと刺さる。
格好で目立つ俺たち4人が上位を独占したんだ。こうなるよな。
奇異の目が、「どうして私が、俺が、こんなふざけた格好の奴らに負けたんだ?」と訴えてる。
少しすっきりする。
でも、ミーに負けたのが釈然としねぇ。
アニメや漫画、ラノベのゴスロリキャラは補習地獄と戦う戦士のはずだろ。
ゴールデンウィーク初日、真夏じゃねぇかと思うほどの強烈な日差しが降り注ぐ中、国営ひたちなか海浜公園の入り口に並んだ。
毎年ニュースや観光番組で取り上げられるネモフィラの丘。
茨城が誇る春の楽園に、県外や海外から人が押し寄せる。
ネモフィラだけでなく、色とりどりのチューリップ、菜の花の絨毯、マリンゴールドが咲き乱れ、園内は子供たちの笑い声とボールの音で賑わう。
出店やテイクアウト販売車が並び、グルメイベントの様相だ。
開園と同時に入るため朝早く家を出たが、すでに長蛇の列。
中に入れば広い園内で密集はしないが、入るまでが一苦労だ。
「こんな天気で、よくんな暑い格好して来られるな?」
ゴスロリフリフリのミーに言うと、日傘を手に持つ彼女が、
「魔力を注ぐ日傘は夏の炎天下など効かぬ。竜王が吐く炎だろうと防ぐ最高の防具」
「はぁ?」
爽やかな薄ピンクのワンピースにホットパンツ、つば広の麦わら帽子のヒロが笑う。
「ミーちゃんの日傘の中、見てみなよ」
しゃがんで裏を見ると、ハイテクだった。
「ん? はぁ? 何だこれ、すげぇぞ、おい!」
日傘の親骨を中心に扇風機が回り、ボタンを押すとミストまで出る。
「魔力で動かしてるからズルじゃねぇのじゃ」
「どうせ電池だろ?」
「五月蠅い、魔力で動かしてるのだ」
苦笑いの千陽は、七分丈の白いジーンズと薄紫の袖なしシャツ、白い野球帽。足のラインがくっきり浮かぶ自然体だ。
「チーちゃん、ちゃんと日焼け止め塗った? ミーちゃんまでとは言わないけど、日傘さした方が良くない?」
ヒロの心配に、
「え~、めんどくせぇ。ベトつくから良いよ。自然体が一番だって」
「日焼けして大変なことになっちゃうよ? リュウちゃん、塗ってあげなよ」
ヒロが日焼け止めを渡してくる。
「俺じゃなくてミーに渡せよ。こういうのは女同士で塗るんだろ?」
「我は手がベトつくから嫌じゃ。っていうか、なぜ勇者は甚平なのだ? 祭りでも行くのか?」
渡された日焼け止めを千陽に渡すと、仕方なく自分で腕に塗ってた。
俺は甚平にスポーツサンダル。祭りのお父さんスタイルだ。
「夏場は甚平が普段着。楽で良いぞ」
「涼しそうだよね。僕も買おうかな~」
「だよね~、俺も欲しいなぁ」
ヒロと千陽が羨ましがる。
美少女の甚平姿、実は好きだ。ヒロは男だが、長い髪をサイドテールにしたら似合うだろう。
「千陽は浴衣の方が似合いそうだけどな。手足長くてスラッとしてるから、甚平はあんま似合わねぇだろ?」
「リュウちゃんとお揃いを着たいけど」
「好きにしたら良いさ。でも、隣は浴衣で歩いて欲しいかな」
「ん~、ならトッキー、一緒に着ようよ」
ミーを誘うと、
「今からレースを買って縫わねば…」
浴衣改造計画を独り言で呟くミー。苦笑いのヒロ。フリフリは手作りかよ。
列が動き、中に入ると、青々とした緑と赤白黄色のチューリップが出迎えた。
「チューリップってさ、昔より派手になったよな?」
「あ~、確かに。花びらの形も増えたからじゃねぇかな? って、そういう記憶はあるんだ」
「なっ、なんだか都合良い記憶だよな」
しんみりすると、ヒロが気を使った。
「うわ~、綺麗だよ~!」
手を胸前でパチパチ拍手するヒロ。お手本みたいなヒロインだ。従業員への感謝を込めた自然な拍手。美少女男の特権か?
「うむ、我が庭だ。綺麗であろう」
「いつから海浜公園がお前の庭になった?」
「数千年前から」
「数千年前なら、この辺は海の中だろ!」
千陽がボケとツッコミにツボって大笑いし、元気を取り戻す。
「ねぇ、早く行こうよ、ネモフィラの丘!」
俺の手をグイグイ引っ張る。
「待て待て、ネモフィラの丘は遠いから自転車借りるぞ。ミーとヒロはどうする?」
「あ~、僕たちは園内車に乗ってくよ」
ヒロがミーの厚底ブーツを見て、カート乗り場を指す。
「なら向こうで合流な」
千陽とレンタサイクルで自転車を借り、サイクリングロードを走る。
広い園内を歩きで回るのも良いが、ネモフィラの丘は人が増える前に見たい。
「うわ~、気持ち良い~!」
海風と新緑の空気に千陽が喜ぶ。
丘に近づくと人が増え、空のブルーとネモフィラブルーが一体化する景色が広がる。
丘の上の鐘が、カンカンカンと鳴り響く。
花の匂いより、出店の料理の香りが漂ってくる。
「人、すげぇな。でも、確かに綺麗」
「だから言ったろ? 人が多くても綺麗な景色だ。茨城県民なら、ちゃんと自分の目で見て自慢して欲しいかな」
「何それ~。って、そういえば茨城県って魅力度ランキング最下位が続いてるんだって? おかしいよ。こんな景色あるし、美味いもんいっぱいあるのに。海に山に農産物も豊富なのに理不尽だよ。忖度働いてんじゃねぇの? 首都圏に近くて農業も漁業も工業も盛んだから、最下位にしても痛くねぇだろって。他の県だと洒落にならねぇから、わざと最下位にしてるんだよ」
「千陽もそう思うだろ? 俺もそう思う。何か陰謀が働いてんじゃねぇかと」
茨城県民の自虐と陰謀説に、
「はははっ、リュウちゃんと気が合う。ねぇ、一緒に写真撮ろうよ!」
千陽がスマホで自撮りを提案。肩を組んで角度を探る。
ヒロ達を待てば撮ってくれるだろうに。
スマホは個人情報だらけで、他人に預けるのは気が引ける。
パシャパシャ撮る画面に、満面の笑みの千陽。
俺も笑うと、千陽が横顔にチュッ。写真に収めた。
「うわっ、あいつら男同士でキスしてるぞ!」
「めっちゃイケメンとヤンキーのカップルっておもしれぇな!」
楽しさを水差す雑音。スマホが向けられると、後ろから扇子が飛んできた。
「痛ってぇな、何すんだ!」
ナンパ目的の4人組だろう。
「うわ、結構可愛い娘じゃん。俺たちと遊ぼうぜ」
扇子を投げたミーと、美少女にしか見えないヒロが立つ。
「高貴な我が、なぜ盗撮するようなゲスと戯れねばならぬ?」
高飛車なミー。
「ゲスとは何だ、てめぇ、女だからってふざけんなよ!」
日傘を振り払おうとした野郎が宙を飛ぶ。
「はい、正当防衛成立と。リュウちゃんは手出しちゃダメだからね。あの時みたいにならないよう、お父さんからしっかり習ったんだ。今度は僕が守る番だよ」
「何が僕だ、ふざけんなよ!」
残り3人が殴りかかると、ヒロが流水のように避け、足をかけて宙に飛ばす。あっという間に4人撃退。
「嬢ちゃん、かっけぇな。だが、危ねぇ時は逃げるって覚えねぇと、とんだ怪我するぜ。気をつけろよ」
家族連れのムキムキな40前後の男がすごむ。
「僕は男です」
ヒロが大声で言うと、男は目を丸くして大笑いし、家族の元へ戻った。
周りが「警備員呼べ」と騒ぎ、4人は逃げ去る。
「ヒロ、お前すげぇな」
「うち、合気道の道場だよ? それも忘れてたのね。リュウちゃん、何回か遊びに来てたじゃん」
「そうだっけ?」
「そうだよ。小学校入ったら入門するって言ってたのにさ。って、それよりチーちゃん大丈夫?」
千陽は落ち込んだ顔に。
「ごめん。俺のせいで不快な思いさせた人がいたんだね」
「俺は嫌じゃなかったけどな」
「え?」
ほっぺにキスした写真、嬉しかったのに。
「下僕1、我は喉が渇いた。血を欲する」
「うん、分かったよ、ミーちゃん。リュウちゃん、チーちゃん、僕たち屋台の方行ってるからね」
ヒロとミーが出店コーナーへ。
俺は千陽の手をグイッと握り、丘の頂上へ登った。
一面ネモフィラに包まれた丘。頂上の幸せを願う鐘が立つ。
人がブルーを埋め尽くすが、俺たちには2人の空間だ。
「なぁ、そろそろ隠してる昔話、聞かせてくれよ」
千陽のスマホの待ち受けは4人。俺、千陽、ヒロ、ミー。親しい友達だったはずだ。
「リュウちゃんが覚えてねぇなら、思い出して欲しくねぇ出来事なんだけどね」
「でも俺は知りたい」
「そっか、そうだよね」
空いた木製ベンチに腰を下ろす。千陽が右手を絡ませてくる。
震えが伝わるが、俺はぎゅっと握った。
「話すよ。単純なことだよ。さっきみたいな出来事があったの…」
千陽が幼稚園のいじめを語り始めた。
俺が我慢できず、いじめっ子5人と大立ち回りしたこと。
極度の疲労で高熱を出し、入院したこと。
卒園式前日まで回復せず、当日も本調子じゃなかったこと。
「でね、卒園式になんとか出てこれたんだよ、リュウちゃん。その時にね、俺…ううん、私は引っ越すことを伝えたんだよ。でも、リュウちゃんの耳には届いてなかったみたいで。それに、トッキーやヒロミちゃんと大きくなったら一緒にデートしようって約束したんだよ。ダブルデート。幼稚園児なのにませた約束したよね」
「そっか、俺はなんとか約束守れたんだ」
「リュウちゃん、昔っから約束守るか守らねぇかをすげぇ気にしてたもんね。だから今日のデートは特別…デートなんて言っちゃってごめん。こんな男っぽい女とデートなんて嫌だよね?」
俺はそんなこと思ってねぇ。さっきの雑音が千陽を傷つけたんだ。
外見と裏腹に繊細な女子。ここでけじめつけねぇとな。
「なぁ、千陽。これから大切な話すんな」
「えっ? うん」
「一回しか言わねぇし、誤解しないよう最後まで聞いてくれ。上手く言えねぇかもしんねぇからな」
「うん」
千陽の左手がグッと力む。
「俺は千陽、お前を親友だとしか思えねぇ」
「やっぱり普通の女の子の方が良いよね?」
力が抜ける手を、俺は強く握り返す。
「だから最後まで聞けって。俺は『愛』ってよく分かんねぇんだよ。でも、誰かが突然消える悲しみは想像できる。いや、経験した。千陽、お前だよ」
「親友が消えたんだもん、当然だよ。引っ越し前日が卒園式だったし、ごめんね、寂しい思いさせちゃったよね」
「違うから、ちゃんと聞けって。これプロポーズなんだから」
「えっ?」
千陽が体ごと俺に向き、俺も目を合わせる。
「俺は千陽を失うのはもう絶対嫌だ。お前とずっと過ごしたい。ずっとってのは、一生一緒ってことだ。分かれよ」
「ちょっとちゃんと言って」
「お前…千陽を失う悲しみに名を付けるなら『愛』が当てはまるんだよ。俺の愛の言葉はお前にしか当てはまんねぇんだよ」
「え? じゃ、付き合ってくれるの?」
「付き合うとか付き合わねぇとかもよく分かんねぇけど、お前が他の男の物になるなんて考えられねぇんだよ。だから、一生一緒の親友になってくれよ」
「分かんねぇよ。そんなんじゃ分かんねぇよ」
「将来、俺と同じ籍に入る親友になってくれ」
「まどろっこしい言い方だね」
照れ笑いしながら目を見つめる千陽。
「分かってる。今、言う」
俺はベンチから立ち上がり、
「千陽、愛してる。付き合ってくれーーーー! これで良いんだろ?」
大きく叫び、振り向くと、千陽がパッと立ち上がり、
「俺もリュウちゃんが好きだーーーー! 抱いてくれーーーー!」
空と大地のブルーが一体化した幻想の丘で、愛を叫んだ。
俺が考える最高のリア充告白スポットで。
ずっとラノベで妄想してたこんな日が、現実になるとは…。
ネモフィラに見入ってた人々が立ち上がり、注目する。
「わぁーーーー素敵ーーーー!」
「ねぇ、ママ、男の人同士だよね?」
「シッ、そういうこと言っちゃダメ」
「うわ~、リアルボーイズラブ初めて見た!」
「すっごいイケメンだよ。羨ましい!」
「これ、次のコミケのネタにできるよ!」
「えっ、今の声、女の子じゃなかった?」
様々な声が現実に引き戻す。
「千陽…勘違いされてる」
「良いじゃん、勘違いされたって」
「そうだけど、なんか恥ずかしい」
「もう少しだけこうさせて」
俺より背の高い、男っぽい幼なじみの胸に抱かれた。
まぁ、こうなるよな。でも良い。千陽は千陽だから。
丘の下から、
「私って女がいながらーー!」
ヒロが冗談で叫び、
「我の下僕のくせに他の女とくっつくとは何事かーー!」
イチゴかき氷を持ったミーも叫ぶ。冷ややかな視線が集中する。
「お前ら、冗談でもやめてくれーー! 俺はこのイケメンに見える美少女千陽と付き合うんだからなぁ!」
「え? あの子、女の子なの?」
「すっごいイケメンだと思ってたけど」
「がははは、匂いで女だと分かってたぞーーーー!」
喧嘩に割って入ったお兄さんが叫び、奥さんと娘に背中を叩かれる。
「恥ずかしいからやめてちょうだい!」
「パパの匂いフェチ、キモい!」
俺は千陽と丘の鐘を勢いよく何度も鳴らした。
「ここに誓うよ。千陽、お前はずっと俺の横にいる。一生のパートナーだ」
「そうだね。彼女、彼氏、夫婦、そんな言葉より一番合う言葉だよね。俺たちなら」
俺の彼女は背が高く、イケメンで、良妻賢母を夢見る古風な女。
高校生活が始まったばかりなのに、リア充になろうとは。




