ガムを食べたら一瞬で蜂になった
「この間はありがとう」
その日、スマホに表示されていたメッセージを見続け俺は考えていた。
知り合いに紹介されて一度だけ会った女。
話も全然合わなかったし、外見も俺の好みじゃなかった。
もう返事はこれ以上しないと思っていたのだが。
あの日から二週間経ってからの彼女の返信。
それだけなら別に良かったのだが、その内容に一度は目を疑った。
「この間はありがとう。
返事が遅れたけどできればもう一度ちゃんと話がしたい」
もちろん俺にはそんな気はない。
それでも向こうからそう話されたら、誰だって嫌な気はしないだろう。
でもその気がないのにもう一度会うことは無い。
その場できっぱり断れたら良かったのかもしれないが、
知り合いから紹介されたのもあって言えなかった。
向こうは気付かなかったのだろうか。
こう言ってくるということは。
このまま返事をずっと出さずにいたら、向こうも気持ちを察して諦めてくれるだろう。
その時はそう思っていた。
そして時間だけが過ぎていった。
◇◇
あれから一週間が経った。
彼女から来たメッセージにはこう書かれていた。
「返信がなかったけど、見ているんだよね?やっぱりもう会えないかな?」
こんなことを言われたら、誰だって返事を書きたくなる。
例え気がなくても、一言謝れば済む話だろう。
でも俺はひねくれているから、返事は出さなかった。
いや、さすがに察しろよと。
でも思えば、ここできっぱり断ればよかったんだ。
◇◇
それから彼女は数日ごとにメッセージを送ってきた。
無視をしている俺の心理がわかっているかのように。
「今日は連絡できる?既読ついてるよね?」
だが断る。
「まだ連絡してこないんだ?電話しても出ないし」
まさか俺が返事をするまで、止めないんだろうか。
そしてついには日々の状況を語り始めた。
「今日は友達と買い物に行ったんだけど、最近何してる?」
俺に日記帳を送ってくるなよ。
こういう人は相手の反応が無くても話してくる。
自分が気持ちよく話せれば、たとえ相手が聞いていなくてもいいのだ。
……確かに俺も悪かったしな。さすがにそろそろ返事をしよう。
「ごめん。俺はもう会わないよ」
言うべきことはそれだけで良かった。
ただそれだけのことを何故今まで言えなかったのだろう。
それを言えばきっとメッセージは来なくなるだろう。
でも返事を送る手が、途中で止まってしまった。
別に興味のない女なのに、なぜだろう。
◇◇
そうだ、俺はひねくれていた。
ここまで無視をしておいて、簡単に謝るのはなんだかつまらない。
どうせなら何かしてみたくなる。
俺も真似して言いたいことを、何か捨て台詞を吐いてみたくなる。
興味も無い、この名前さえ忘れた女に。
そして考えた末に、俺は返事を送った。
「ガムを食べたら一瞬で蜂になった」
うん、これでいい。
きっと普通の人なら意味が分からないだろう。
いや俺だって意味が分からない。ただの意味不明な文字の羅列だ。
でもそれでいいんだ。
普通の人は、この後の返事が気になるに違いない。
「えーなにそれ」
なのか。
「やっと返事をくれたね」
なのか。
「やっとくれた返事がこれ?一体どういうこと?」
そういう想像が、人の想像力を豊かにするとは思わないだろうか。
いや、何でもいい。
意味不明な返事を送って、その反応を待つことは素直に楽しい。
そしてそれは俺の毎日の楽しみになっている。