鼓舞
傾きかけた日の光が、建物の壁を黄金色に染め、その影をゆっくりと地面に伸ばしている。その中を、疲れた足を引きずりながら、俺たちは宿へと向かった。
冒険者ギルドから徒歩十五分、賑やかな街中からほんの少しだけ離れた路地裏にある建物。この二階にある二部屋が、転移者である俺と、神シエンに与えれた物の一つらしい。玄関を開けると、宿屋のお姉さんが挨拶をしてくれる。再度確認してみたが、やはりお代はいらないそうだ。お姉さん曰く、「ギルドから頂いてるので大丈夫ですよ。それに、転移者様には貢献していただいてますし。」だそうだ。
どうやら、サボることは宿を失うことに繋がりかねないらしい。
階段を駆け、部屋に入り、それぞれイスやらベッドやらに腰掛ける。ベッドのスプリングがギシッと音を立てた。
「とりあえず皆さん、お疲れ様でした。先に報酬を分けちゃいましょう!」
落ち着いた所でシエンから封筒を渡され、皆に回していく。封を切ると、中にはみたことない一万と書かれた札が二十枚ほど入っていた。単位がウォンじゃないことを祈り、とりあえず机に置く。
「上出来ね。それで、今後の方針についてなのだけれど、勇はどうする気なのかしら。」
指でお札を弾きながら、トキに直接質問される。どうするとは、魔王を倒しにいくのか、否かだろう。
「うーん、そうだな。しばらくは無理せず、簡単なクエストでレベルを上げていくか。」
前回のクエストで、PSが進化するってことは分かったし。シエンだけは未来が見えないが、俺、特にトキは能力が大いに化ける可能性がある。下手に死ぬ可能性があるクエストを選ぶべきではないだろう。確認のためにシエンと目を合わせる。
「それでもいいんですが、何か異変があった時、緊急で難しいクエストを依頼されることがあります。その時の為に、難しいクエストで力をつけとく必要がありますね。または、レアな装備をゲットするとか。」
シエンが説明をしてくれる。そうか、最悪いい装備とかがあれば強くなれる可能性もあるんだな。
「俺の剣とかシラスの剣はどうなんだ?変えたほうが良いとか。」
適当に持ちやすそうなものを買ってしまったからな。もっと考えておけばよかった。
「正直、どれもいい性能のものですよ。魔王を倒すためですから、街で扱ってるものは作れる最大限良いものを安価で売ってます!穴が空くまで使ってください。」
「その表現靴下でしかせんねん。」
こっちの世界のことわざとかになるんだろうか。
「緊急クエストって、断ることできるのか?難しいクエストは、うまくいかないかもしれないし。」
「転移者と神のいるパーティーならできて当然ってことよ。拒否は許されないわ。」
成る程、そりゃあそっちの物差しで測られるよな。限界だ。
「でも出来なかったからって別にどうこうなる訳じゃないだろ?どう考えても俺らの能力なら厳しいだろうし。」
「何も無しにできませんでしたは、能力を剥奪されると思います。」
ただでさえ弱いのに、能力まで奪われるだと。ごくりと唾を飲む。嫌な空気が纏わり付き、不安を煽った。
「ただ、誰かが死んだりしたら大丈夫だと思います。」
「なら大丈夫だな。さて、飯でも食いに行くか。」
ベッドから腰をあげる。先ほどの感じは気のせいか。体が一気に軽くなった。
「そうね、良いものを食べましょう。」
釣られて立ち上がるトキ。
「待ってくれ皆、さては僕の能力で済ませようとしてないかい?」
折角のいい雰囲気に水を差すシラス。別に復活するなら良いだろ。すでに初クエストで二回死んでるし。あ、そう言えば記憶ないのか。
「皆さん冷たいですよ!せめてお願いしないと!」
「お願いしなくともシラスは引き受けてくれるさ。優しすぎるし。」
「まるでニュートンかのようにね。」
「あれ?それってどう言う意味なんだい?」
そりゃあ知らないよな。て言うか・・。
「それをいうならマザーテレサだろ。そもそもなんでニュートン知ってんだよ。」
「ごめんなさい間違えたわ。」
間違えで出てくるか?こっちにもニュートンいるのか?
「まぁそもそもシラスが強いから、緊急クエストも難なくクリアできるわよ。」
強いかな。ペットボトル界のいろはすみたいな耐久度だけど。
「そうですね!巨大人喰いミミズもあっさり倒してくれてましたもんね!」
あっさりなのは合ってるな。あっさり死んでるし。
「そんな事はないでしょうけど、もしシラスの手に負えなかったとしても、どんなことをしても私達でクリアして見せるから!」
シラスの手を握るトキ。「どんなことをしても。」って言ってるのが恐ろしくてたまらない。クリアする為に殺され、そしてもしクリアできなければ、死なされる。彼の助かる世界線はなさそうだな。
「そうですよ!何があってもクリアしましょう!」
シエンもトキの手の上からシラスの手を握ったので、すかさず俺もそれに乗っかる。
「皆・・ありがとう。」
感動で目を潤わせるシラス。本当に運がないのは、こいつなのかもしれない。