サクリファイス実行
「え、シラスさん?!」
横で一人戸惑っているシエン。シラスが突然電池が切れたロボットのように倒れたのが原因だ。その瞬間、全てを理解する。熱中症かな?とでも思う人は心がまだ腐ってないんだろう。でも俺は違う。シラスは絶対大丈夫だ。彼は何度でも蘇るし、この状況がすべて計画通りだということを知っている。
「散らばるわよ!左右に分かれて!」
ぼーっと思考していると、トキの大声が脳を駆け巡る。既に奴がこっちに向かって来ていたのだ。シエンがシラスの心配をして足を止めていたので、無理やり担いでその場から離れる。数秒後、奴は俺らが元々いた所に突撃し、大量の砂と共にシラスを飲み込んだ。
「シラスさん!だ、大丈夫なんですかね?」
シエンが心配そうに叫ぶ。
「生き返るらしいし、大丈夫だろう。気にするな。」
俺はシエンを軽く地面に下ろし、素早く周囲を確認する。
「そうね、大丈夫よ。死んだ時の記憶はないから。」
すると、トキが走って合流してきた。そっちの心配じゃあないと思うぞ。ていうか、その為に眠らせた?外道かよ。
「なら大丈夫ですね!また囮に使えますね。」
あれ、こっちも体の心配をしていたわけじゃないのか?可愛い顔してサイコパスなのは何でなのだろうか。顔と性格はプラマイゼロなのかこの世界は。
「ていうか、普通に食われたけど、どうすれば良いんだ?シラスの爆弾、安全装置外さないと爆発しないんだろ。」
俺が冷静に質問をする。
「ええ、その通り。ただ、これでも解除できるの。私の計画は完璧なのよ。」
トキは何の躊躇もなく、懐から赤いスイッチを取り出し、押す。すると、数十メートル先でモンゴリアンデスワームが大爆発を起こし、周囲が吹き飛ぶ。
「きゃぁあ!」
数秒遅れ、シエンの悲鳴が響く。俺も砂煙に目を覆い、無意識に尻餅をついた。
「成る程、もう少し近くても被害はなさそうね。」
トキが冷静に爆風を受けつつ、分析する。彼女はPSこそ使い勝手が悪いが、戦略において十分すぎる実力があるなと、少し感心する。人の心を捨ててからこそできる戦法ではあるが。
爆発が収まり、俺たちはモンゴリアンデスワームの死骸へと近づいた。その巨大な体からは、異世界特有の魔力が霧のように立ち昇っている。周りには血と肉片が散乱し、生臭い香りが鼻をつんと刺激した。
「これでレベルでも上がればいいんだけどな。」
「上がりますよ!魔物は死ぬ時に自分の魔力を撒き散らします!それによってPSは確実に強くなりますから!」
シエンが説明してくれる。言ってみただけだったが、やっぱりそんな感じのことはあるんだな。俺のスキルは精度があがるんだろうか?トキのは、いずれ自分が動けるようになるんだろう。そうなると、希望が見えてくるな。シラスはこの場にいないからわかんねぇな。シエンは・・、
「な、なんですかその目は!私のだって強くなるんですから!!」
シエンが顔を赤くして叫ぶ。俺は、つい哀れんだ目を向けてしまっていたらしい。
「す、すまん。」
俺は慌てて謝り、小声でWーサーチを発動させる。
弱点:脇腹 (75 52 76)
相変わらずろくな弱点じゃ無いけど・・なんか情報が増えてな。この数字ってもしかして・・。
「何か変わってた?私はさっぱりだったけど。」
トキが尋ねてくる。小声だったのに、気づいたか。
「いや、特に。」
誤魔化しつつ振り向き、トキとも目を合わせる。
弱点:ネズミ (80 54 82)
間違いない、絶対あの数字だ。まさか本当に見えることになるとは。秘密ができてしまった。この能力だけは絶対にバレてはいけない。
「うーん、よく分からないけど、倒したのは僕って事でいいのかな?」
シラスの声が後ろから響く。いつの間にか、死んだはずのシラスが復活して歩いてきた。なかなかいいタイミングだ。彼が歩いてきたであろう方角を見ると、黒の棺が置いてあった。あれが噂の無敵の棺ね。
「貴方が私たちを守る為に、命と引き換えに敵を倒したのよ。さ、そろそろバスも来るから、帰りましょう。もう砂漠はこりごりだわ。」
トキがサラッと言う。さすがに冷徹だ。
「待ってください!何か地鳴りがしませんか?」
シエンが急に言い出す。耳を澄ますと、確かに、近くから地鳴り何か聞こえる。
「全員離れろ!」
俺は急いで指示を出すと、一斉に散らばる。ちゃんと察してくれたみたいだ。先ほど倒したモンゴリアンデスワームは、音に反応し寄ってきた。それを倒すほどの大爆発、もしも奴がもう一匹いたなら・・。
「シラス!どこだ?」
俺は慌てて周囲を見渡す。すると、目の前に倒れたシラスがいた。
「あっ。」
その瞬間、地面が割れて、再びモンゴリアンデスワームが現れ、シラスを丸呑みにして、遠くへ離れていった。思わず笑ってしまう。結構面白い状況だ。
「喰われたのがシラスさんで良かったですね!もうバスが来るので、逃げましょう!」
「良くはないぞシエン!」
俺がすぐ突っ込む。一応誰も喰われないのが理想だ。
「いえ、また食べられてくれて良かったわ。まぁ私が食べさせたんだけど。」
トキがサラッと言う。この世界は道徳の授業とかないのか?
・・ん?今変なことを言っていたな。私が食べさせた?一体何を言って・・。
「・・まさかな。」
走りながらトキの方を見る。手には案の定赤いスイッチが握られていた。
「彼、死んだ時に身につけてた物が、復活するまでに無くなった場合、身につけたまま一緒に復活するそうよ。爆発で何もかも消し飛んだはずなのに服を着ていたのはそういうこと。つまり・・。」
前方で大きな爆発音がする。その爆風で吹き飛ばされ、尻餅をつく俺たち。俺はそれを漫然と見つめる事しかできなかった。そう、あの瞬間にトキはシラスにスリープをかけ、二度目の作戦サクリファイスを実行したのだ。咄嗟にするにしては非人道的すぎると思うのだが、こうして巨大人食いミミズを撃破したのだった。