満を持して
「危なかったねー。視界を奪ってるし、流石にもう大丈夫だと思うよ。」
森の中で、一段落つく。だいぶ走ったし、彼女の言う通り大丈夫だろう。
「にしても、陰は良かったのか?お兄さん相当怒ってたけど。」
「勿論!怒ってたけど、なんだかんだ言って私には甘いから!さっきも一応、見逃してくれたんだと思う!」
それって、俺には火の子が降りかかってもおかしくないよな。まぁ那由多を救う為なら全然いいけど。
「・・勇、どうして助けたの。」
陰と離していると、横で不思議がってる那由多。相変わらず表情がない。
「そりゃあ、男は美人の前では格好つけたくなるものだからな。」
「・・理由になってない。」
ぷいっと横を向く彼女。理解ができないといった感じか。確かに、普通に考えれば俺の行動は反逆そのものだ。神たちは納得しないだろう。
「でも、行動に理由なんていらねーだろ。助けたいから助けただけだ。」
「私は・・助けてもらうような人間じゃない。」
悲しげな表情を見せる那由多。む、感情が芽生え始めたせいで、人を殺してしまったことを後悔しているのだろうか。
「何も考えず、何も聞かず、何も見ず、ひたすら壊してきた。それで何人死んだなんてわからない。私はずっと、気づいてないフリをしながら、ただ命令に従ってただけだった・・。」
堰き止められていたダムが崩壊したかのように、無表情の那由多の瞳から、一気に涙が溢れ出す。それを見た陰が、彼女を優しく抱きとめた。
「辛かったね。」
陰の胸の中で、那由多の嗚咽が聞こえる。彼女だって記憶がないとはいえ、年頃の女の子だ。いくら記憶がないからと言え、人を殺す罪悪感から逃れられるわけがない。
「那由多、お前は今日から生まれ変わるんだ。そしたら、過去の自分なんて関係ねーだろ。俺は今まで侵した罪なんて気にしない。大事なのは、これからどう生きるかだと思う。」
「私も勇君と同じ意見かな。これからは仲間として一緒に戦って行こ!」
「・・ありがとう。でも、ダメだから。」
そう言い、落ち着きを取り戻した那由多。そしてゆっくりと陰から離れた。
「どうしてだ。脅されてるのか?」
「ううん。ただ、私を蘇らせてくれた人には逆らえない。」
「それとこれとは別だろ?自分の意志で動かねーと、また悲しい思いをするぞ。」
「悲しい思いをしても、仕方ない。命令に従うのが、私の意志。たとえ死ねと言われても。」
悲しそうにそう呟き、俯く彼女。
「勇くん、これは先に命令してる人をどうにかしないと行けなさそうだね。」
「だな。那由多、そいつはどこにいるんだ?」
「・・会ったことはない。唯一わかるのは、名前だけ。」
「名前か。それってまさか、エドガーか?」
「ううん、その人の名前は・・。」
「随分と仲良さげじゃないか。」
那由多の声に、男の声が被さる。声の方向を見ると、仮面の転移者と白衣を着た眼鏡の男が、こちらに歩いてきていた。なんだこの組み合わせ。ハロウィンでも始まるのか。
「Dr.クレイ。このニット帽の女が、噂の陰だ。」
「報告感謝するよ。おいロボ、お前は先にセルゲイと帰れ。」
「・・分かった。」
Dr.クレイとやらに呼ばれ、セルゲイと呼ばれた仮面の転移者の元に向かう那由多。今は彼女を止めても無駄だろう。だったら、
「那由多。明日あの店でずっと待ってるから、ちゃんと殺しにこいよ。」
「・・。」
無言のまま仮面の男と立ち去る那由多。聞こえてはいるはずだ。
「へぇ、あのロボに名前をつけてるなんて面白いねぇ。」
二人の背中を見て、そういう白衣の男。
「ロボじゃねーよ。あいつは命令通りに動きつつも、ちゃんと感情ができてんだよ。」
「・・らしいねぇ。ま、だから処分することにしたんだけど。」
「は?処分?!」
看過できない言葉に、つい素がでてしまう。このジジイ、なんてことを言うんだ。
「そろそろセルゲイが撃ち殺しているだろうよ。それも、抵抗できないように、メアリー・スー様の命令って言ってな。」
また聞いたことない名前が出てきたな。
「メアリースー?もしかして、そいつが那由多に命令していたやつか。」
「あぁそうだ。といっても、こっち側の転移者は全員、メアリー・スー様の命で動いてるみたいなもんだがな。」
「ちっ、結局お前らもロボってことかよ。」
吐き捨てるようにそう言う。つまり敵のボスがメアリーなんとかって奴なのか。それが聞けただけでも十分だ。とにかく、急いで那由多を追わなければ。
「どうする陰?できればどっちかが那由多を追いたいんだが。」
「二人で速攻でこの博士を倒そう!準備はできてるよ!」
「私はドクターだ。そして残念、君の能力はすでに対策してるんだよ。」
ドクターが右手を高くあげる。すると突如、周りから真っ黒の獣が地面から現れた。・・こいつら、森のNDにいた奴らじゃねーか。って・・、
「まずい!陰、こいつらは聴覚と嗅覚で物体の位置を感知する!それに、攻撃をしてくる時以外は、実体がねーんだ!」
「・・私の天敵って訳だね。」
「その通りだ。男の方は森で一度戦ってたみたいだな。安心しろ、今回のは常に実体があるぞ。その分、何十体も出せるがな!」
どこから湧いたのか、周りが真っ黒い生き物で埋め尽くされる。数十匹の象くらい大きい獣から、犬サイズ。さらには、人の形をした奴もいた。逃れそうなスペースは無さそうだ。
「さぁ、PSを使いたければ使うがいい!最も、何にも意味は無いけどな!」
「・・そうだね、解除することにするよ。」
わざとらしく指を鳴らす陰。何をしたんだ?正直、絶体絶命だ。相性が悪すぎる。
「くそ!一応、尽力はするか。」
まいったなといった感じで、剣の柄に手をかける。もし生き残れたら、目の無い化け物用の修行をしよう。
「その必要はないよ!」
「何者だ?!」
敵がバッと、声のする後ろを振り返る。俺も期待して、視線をそっちに向けてみる。
「なんせ、この僕が来たからね。」
するとそこには白髪で高身長のイケメンが立っていた。