陰
「場所はここかな。」
俺は歩きながら、転移者に襲われた町が描かれた地図を確認する。これは、一階の部屋に準備されていた物だ。
「・・綺麗さっぱり無くなってるな。」
地図を頼りにしてたどり着いた場所は、森の奥深く、円形のポッカリとあいた土地だった。森の中は、鬱蒼と繁る木の葉が雨を凌いでくれていたが、ここだけは無数の雨が降り注いでいた。そこにもともとあった物を綺麗に取り除いたような、何もない空間が広がっていた。彼女の手掛かりは、ここには無さそうだな。
「こんな所で何してるのー?」
しばらく雨が降る空間をぼんやりと眺めてると、後ろから声をかけられた。
「驚いた、まさかこんな所で人に会うとはな。」
「嘘、気付いてたでしょ。貴方が来た途端、うまく隠れたと思ってたんだけどね。」
彼女の言う通り、俺は人の気配には気付いていた。振り返ると、横髪を伸ばした金髪ショートに、黄土色のニット帽を被ってる二十前半ぐらいの年の女性が、後ろで手を組んで立っていた。特徴からして、情報にあった敵の転移者では無さそうだ。
「疑ってるね〜、私は敵の転移者じゃないよ。」
「・・その台詞、俺がどっちサイドの人間か分かってないと出ないと思うんだが。」
「分かってるよ。だって、私勇くんのファンだもん。」
・・俺のファン?何を言ってるんだ。しかし名前も知られてるし、いつの間にか有名人になっていたりするのだろうか。
「そいつは知らなかったな。ちなみに、ファンクラブには何人いるんだ?」
「私以外にもう一人いるよ!」
「一家で収まる人数じゃねーか!絶対即席だろ・・。あと一人は誰が巻き込まれてんだ?」
「私のお兄ちゃん!」
「一家で収まってんじゃねーか!」
嘘も大概にしてほしい。
「でも、ファンなのは本当だよ?数々の難関クエストを、最速且つ無傷でクリアしてるすごい転移者だって!」
だとすれば、俺が来た時に隠れる必要はなかったはずだ。もそかそて試されたんだろうか。それに、先程の噂には語弊がある。無傷ではない。結果そうなだけだ。実際、毎回とある人が死んでいるのだから。
「まぁそんなことはいい。アンタは、何でこんな所にいるんだ?雨の日に一人森の中なんて、ピクニックにしては悪条件だろう。」
「そう、タイミング悪いよね。今日はクエストなの!」
「・・となると、味方なのは確定かな。名前は?」
敵の転移者じゃないと言っていたし、味方なのかもしれないという予感はあった。となると・・。
「私は陰!宜しくね。」
手を差し出してくる陰。やはりそうか。やばい、どうしよう。いきなり会ったらいけないって言われてた相手に出くわしてしまった。なんという不運だ。
「参ったな。その名を聞いたらすぐ逃げろって死んだおじいちゃんが言ってたんだよ。」
「・・おかしいことを言うね。私がいて不都合。さては、敵サイドに庇いたい人でもいるの?」
小悪魔っぽく聞いてくる陰。それに対し、俺は躊躇なく答えた。
「いる。だから、そいつは殺させない。」
鋭い洞察力だ。でもそうはさせない。最悪、こいつらと戦うことになってもだ。
「ふーん。ならその人だけ殺さないであげるね。」
そう言い、唇を舌でぺろっと舐める陰。予想外の返答だった。
「・・随分あっさり言うことを聞いてくれるんだな。」
「うん。だってファンだし。」
それ、本当だったのか?絶対嘘だと思っていたのだが。
「それに、バラさなくて良いのに本当のことを言ってくれたからね。普通に黙ってて、不意をついて私を殺せば良かったのに。」
「・・そこまではせんだろうよ。でも話が通じて良かった。失礼だが、俺のパーティーメンバーはアンタたちの事を危険な存在と認識してたぞ。」
「実際危険な能力だしねー。お兄ちゃんに至っては、性格も。」
成る程。となると兄の陽と会うまでは、油断できそうにないな。
「お兄さんは一緒に来てないのか?」
そう言いながら、辺りを見渡す。人気はない。
「来てるよー。お兄ちゃんはここの近くにある、別の村の方に行ってるの。次狙われるならそこかなって。私は何か証拠が残ってないか調べるため、こっちに調査に来たの。」
別行動か。陽の行った村に先行かなくて良かった。
「じゃあどうする?何も無さそうだし、村に行って合流するか?」
「それよりは、先に転移者をを見つけた方がいいかな。お兄ちゃんが協力してくれるとは思えないし。」
「お兄さんも俺のファンなんだろ?」
「あれは嘘。ファンなのは私だけだよ。」
「それもうファンじゃなくて、ただ俺のことが好きなだけじゃないのか?」
なんて冗談めかして言ってみる。
「バレちゃった?好きだよ、顔もタイプだし!」
すると、まさかの答えが返ってきた。タイプじゃなければ適当にあしらっていたが、陰の顔は結構タイプかもしれない。まぁからかっているだけだろうし、それがマジの好きなのか、などと掘り下げるのは一旦やめておこう。面倒なことになりそうだ。
「ちなみに、ちゃんとマジの好きだよ。」
それどころじゃないのに、事態は複雑になってしまった。俺の目を陰の双眸が貫き、想いが伝わってくる。こんな面と向かって告白されたことなんてあるはずもなく、思わず目を逸らして一時をしのごうとする。
「まて、状況が悪い。混乱するから今はやめてくれ。」
「誰もいない、二人っきりだよ。雨の音で私たち以外に声は届かないし、愛を伝えるには十分なシュチュエーションだね。」
「そういう意味じゃ無い。学校で言う授業中だぞ。」
「えぇー、酷い。生まれて初めての告白だよ?」
ダメだ。何を言っても終わらせてくれそうにない。
「まったく、何を見て好きと判断したんだ。」
その好きは絶対軽々しいものだ。なんせ、会ったのはさっきが初めてなのだから。
「もともと噂を聞いてて気にはなってたけど・・一番は一目惚れ。」
一目惚れなら、それが一時的なものって気づかせられそうだな。
「俺はロクな奴じゃねーぞ。能力もしょぼいし。」
「能力がショボくても、これから嫌いになるところを見つけても、今好きなことに偽りはないよ。その人の何を好きか、どこを好きか、それとも理由なんてない好きか、どれだとしても、好きなことに変わりはないね。とりあえず貴方が・・。」
「わかった!俺が悪かった。もう否定しないから、一旦辞めてくれ。」
聞いている俺が恥ずかしい。嬉しくはあるのだが
「・・もっと言いたいんだけど、止めとこっか。もう、逢瀬じゃなくなったし。」
雨が降り注ぐ空間から、一つの人影がこちらに近づいてくる。タイミングが良いのやら悪いのやら。それは仮面をつけた、黒髪の人間だった。