想起
「・・これは何。」
「前の世界でいう、デスソースみたいな奴だ。」
飲食店の適当なテーブルに対面で腰掛け、俺は那由多の表情を崩すべく、彼女に辛いものを食べさせようと画策していた。
「・・わからない。これが何の強さ?」
「いや、特に何にも。」
強者たるもの、辛いものぐらい食べれないとな。と、内心思う。
「それ、心の声の方が出てる。」
しまった。でも伝わったならいいか。いや待て、何で伝わった?!
「ま、いいか。とりあえず、これを飲むことが勝負だ。」
心読まれすぎて、もはや不思議なことではなくなってきた。そんなことより、このデスソースなら、流石に彼女の表情も崩れるだろう。
「辛いものごときじゃ、何も変わらない。」
俺の企みを見透かし、意気込んでデスソースの瓶を持つ那由多。え、それごと飲むつもりか。
「待て、ラッパ飲みでいくのか。ちゃんと死ぬぞ!」
「・・毒があるわけじゃないのに?」
「無いけど、名前通り危険な飲み物なんだよ!だからこんだけにしてくれ。」
そう言い、俺はコップに少量のソースを注いだ。
「よし、これを飲んでもらおうか。」
「もう良い?」
勇の内心は、デスソースを前にして、まるで地雷原に立っているような感覚だった。しかし、那由多はそのコップを無表情で握り、何の躊躇もなく飲み干したのだ。
「・・やっぱり全部飲むことにするか。」
「・・死ぬって言ってなかった?」
「いやいや、死ぬわけないじゃねーか。毒があるわけでもないのに。」
「・・無節操。別に飲むけど、そしたらちゃんと勇にも一本飲んでもらう。」
そう言い、机の下から新しいデスソースを取り出す那由多。一体どこに隠してやがったそれ。
「鬼だな。デスソース一本まるまる飲ますとか、そんな酷い奴他にいないぞ。」
「おらぁ!デスソース一本飲めやぁ!」
突如、隣のテーブルから怒鳴り声が響いた。
「・・隣にいた。」
「どうやら今歴史が変わったらしい。」
すごいタイミングで現れるもんだな。不運を恨むしかない。
「・・シエンって人も飲ませたって言うのは?」
「心を読むんじゃねぇ!あれは、好意が裏目に出てたんだよ。」
すげぇ。そう言えばシエンも飲ませてたなって一瞬思ってたのも、ちゃんとバレてたみたいだ。こいつも、トキと一緒で心を読むタイプの人間か。それともPSか?
「これもう殆ど入ってねーな。おいスタッフ!これの新しいやつ持ってこい!」
「申し訳ございません、只今在庫を切らしておりまして・・。」
「はぁ?!隣の席のやつには二本も用意しといてか?」
「あ、良かったらどうぞ。」
目をつけられたので、仕方なく新品のデスソースを渡そうとする。が、那由多にガシッと腕を掴まれ止められた。
「・・仕方なくなんて嘘。心の声にまでつかなくていい。」
「誰かが実家感覚で踏み入ってこなければしねーよ。」
まじで完璧に読んできてやがるな。恐ろしい。
「なんだ嬢ちゃん、アンタがこいつの替わりに飲むってのか?」
静止させた那由多に対し、座ったまま脅しをかけてくる強面のおっさん。同じテーブル
でもう一人、気弱そうな男性が身を縮こませていた。
「・・飲む。」
「落ち着け、死ぬぞ。」
「・・この短期間に、手のひら一回転しないで。」
その時その時に合わせて、上手く合わせるのが生き残るコツなんだよ。
「なら飲んでもらおうか。言っとくけど、これで飲めなかったらそこにいる兄ちゃんに飲んでもらうぜ。」
やばい、飲むか飲まないかの選択肢が、誰に飲まされるかにすり替えられてしまった。こうなったら、那由多が飲みきれずにダウンするのが、その時の表情も見れるし理想だな。
「そう。もう飲んだけど、次はあなたが飲む?」
なんて思ってると、既に空になったデスソースの瓶を机に置く那由多。終わった、これは後で俺も飲まないといけない奴や。
「・・まじか。白けちまった、おい行くぞ。」
連れの気弱そうな男性にそう吐き捨て、立ち去るおっさん。これでなんとか彼がデスソースを飲まされることは無さそうだ。
「・・助けてくれてありがとうございました。」
帰り際に那由多にお礼を言う男性。そのまま後を追うように、急ぎ足で去っていった。どういう関係だったんだろうか。
「・・どうしてお礼?」
なんて思ってると、横でハテナマークを浮かべている那由多。
「そりゃあ、那由多がデスソース飲んだことで、彼が飲まなくてすんだからだよ。感情ないと思ってたが、優しいじゃねーか。」
そう言いながら、バレないように、こっそり残ったもう一本のデスソースを右ポケットに隠す。
「・・彼が助かったのは、たまたま。」
「だとしてもだ。良いことをしたんだ、ちゃんと認識しとけ。」
「・・初めて。戦い以外で誰かに話しかけられて、お礼を言われるなんて。」
その言葉には、どこか痛みが滲んでいた。以前は、誰かに頼られることがない世界にいたのだろうか。
「でも、悪い気分じゃないだろ?」
「・・うん。」
顔を少し赤く染めて俯く那由多。感情が芽生えたのかと思いたいが、デスソースまるまる一本飲んでるせいでどっちが原因かは不明だ。
「ところで・・体は大丈夫か?」
気を使いつつ、確認する。
「大丈夫。次、勇の順番。」
ダメだ。話を逸らしたかったのに。
「なんでせっかく断ち切った負の連鎖、速攻つなぎとめるんや。」
「そもそも飲ませようとしたのは勇・・。」
やばいちゃんと正論で返してこられた。
「まいったな・・。あ、ちなみにデスソースなら、さっきの奴が持って帰ってしまったからもうないぞ。」
「・・そう。ならその右ポケットにある奴でいい。」
勿論この後、地獄を味わった。
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店を出ると、外の世界はオレンジ色に輝いていた。
「もう夕方。」
そう言って傘を開く那由多。
「ホウハハ。」
その横で俺は返事をする。未だ辛みが舌をヒリヒリと焼き尽くしていて、当分しっかり喋れそうにない。
「・・そろそろ戻らないといけない。」
そう言った彼女の方を見ると、瞳に生気はなく、ここではないどこか遠くを見つめていた。
「ヘッヒョフオハエハハンハーハンハヨ。」
「・・結局は私がナンバーワン?あんなの、勝負じゃない。」
まぁ、感情があるか確かめるだけの暇潰しだったしな。
「・・暇潰しに付き合わされたの、癪。」
目を細めて、こちらを睨む那由多。しかし、その後すぐにこう付け加えた。
「ただ、戦い以外のことしたの、初めて。誰かに話しかけられたのも、お礼を言われたのも。」
戦い以外のことをしたことが無かった?やっぱり、記憶を無いことをいいことに、無理やり戦わされてるんじゃあ・・。
「ホイ!ホヘッヘホウヒウ・・。」
どういう事だと聞こうとすると、那由多は笑顔で俺の口を人差し指で塞いだ。
「・・私の事はいい。今日は楽しかった。それと・・。」
ほんの一瞬だけ目を閉じ、まるで何かを思い出すかのように顔を上げる。
「名前、ありがとう。」
何をされたのか、急に視界がぐらつく。意識が保てず、その場に倒れ込んだ。最後に目に焼きついた彼女の笑顔が、喉につっかかった骨のように、頭に残った。