ワクワクウサウサデスランド7
「おや、失敗でしょうか?」
エドガーの声はまるで冷たいガラスのようだった。彼の目は一瞬も動かず、まるで相手を試すように視線を交わす。
「まさか、アンタまでここにいるとはな。」
「ええ。お待たせしました。」
「同窓会にしちゃあ早すぎると思うんだが。」
「付き合わされたんですよ、そこで倒れてる女に。」
黒髪ロングの女を、蔑んだ目で見るマジシャン風の転移者。こいつは、一回目のNDがあった海で戦った奴だ。やれやれ、息をつく暇もないのか。正直、修行したけど、手も足も出ないだろう。レベルで言えば、師匠でやっといい勝負に持って行けるかどうかだ。非常に不味い。
「二回目ですし、挨拶をしておきましょう。私はエドガーと申します。以後、お見知り置きを。」
「エドガー、太郎が言ってた名前ね。」
エドガー?!確か、NDを作ってる奴の名前だったか?となると、こいつが事の元凶になるのか?
「そんな奴もいましたね。彼も今度会ったら消すとしましょう。」
分かりやすくエドガーから殺気が漏れ、寒気がする。くそ、最悪だ。早くアベニールの状態を確認したいのに。
「おや、彼女の事が心配ですか。そんな事より自分のことを心配した方がいいのでは?」
視線から心境を読まれる。煙玉は二個、逃げ切れるか?
「大丈夫よ勇。今から殺す相手に名前を名乗るなんて無意味なことはしないでしょう。」
え、そうなのか?少なくとも、昔の日本人はしてたみたいだけど。
「おやおや、そんな事言ったら・・気が変わっちゃうかもしれないじゃないですか。」
こちらの心境を探ってるかのように、目を細めて見つめてくるエドガー。気が変わっちゃう?本当に戦う気がないのか?なんて思ってると、そのまま暫くして、そっぽを向いた。
「ふ、冗談ですよ。この女が探してた転移者が貴方と分かった時、最初は殺すつもりでした。が、今実際に貴方と合って、気が変わりました。前よりも数段強くなってますね。」
そんなの見てわかるものなのか。シエンはステータス変わってないって言ってたし。素直に褒められると、敵だが少し嬉しくなってしまう。
「なので、貴方は最後の最後に、成長しきってから、絶望的な死を与えようと思います。今回は帰りますよ。紅茶も忘れましたしね。」
その言葉には、どこか計算された冷徹さが込められており、相手を煽るように楽しんでいる様子が伝わってきた。
「・・それは有難いもんだ。今度はこっちで用意しておくよ。」
「それは楽しみですね。では、もっと美味しくなることを期待していますよ。貴方はまだまだ伸びそうだ。」
よく言うぜ。こんなPSでどうしろってんだ。
「だとしたらもう良いか?そろそろ門限なもんでね。この後ピアノのレッスンがあるだ。」
「ふふ、いいでしょう。早く退散しないと、攻撃されそうですからね。それに彼女、間も無く死ぬようですし。」
攻撃されそう?いや、それよりアベニールはそんなに深刻な状態なのか!
「せいぜい後五分の命でしょう。看取ってあげて下さいね。では勇さん、また。」
不気味な笑いを見せた後、指を鳴らすエドガー。瞬間、彼の姿は跡形もなく消えた。
「アベニール!」
一瞬で彼女に駆け寄る。横に倒れてるアベニールの胴からは、血がドクドクと溢れており、アスファルトに真っ赤な水溜りを作っていた。・・思ったより出血が酷い。
「・・遅いわよ。あ、飛鳥はいる?」
振り絞るように、掠れた声を出す彼女。
「よかった、意識はまだあるんだな。飛鳥は・・。」
「ここにいるよ。」
声の方向を向くと、そこには青い電気が宙を漂っていており、すぐに集結して人の形をとった。彼は無事だった様だ。
「アベニール、今日だったんだね。」
曇った表情の飛鳥。教えてくれなかったことに怒りを感じつつも、彼女の心境、気遣いを察して、なんとも言えない状態になっているのだろう。
「・・やっと気づいた?鈍感ね。ちょうどこんな暗闇で、みんなが覗き込んでる未来が見えてたわ。私、死ぬのね。だけど、悲しくはないわ。むしろ、こんなに素直に言える自分に少し驚いてる。」
彼女は微笑みながら、目を閉じた。
「ありがとう、飛鳥。あなたのおかげで、私は幸せだった。」
「まだ分からない、取り敢えず止血を!」
飛鳥がそう叫ぶ。そこでふと、トキの方を見てみる。すると、彼女は腕を組んだまま、無言で首を横に振った。その挙動で、全身が凍る。助かる見込みは無いことが、確信に変わる瞬間だった。ここまで生きていたのが奇跡だ。
「相手も言ってたでしょう?やっぱり、どうやっても死ぬ運命だったの。」
飛鳥の顔が歪み、堰を切ったように涙があふれ出した。
「そんな・・、君無しじゃ生きていけないよ。僕を置いて行かないでくれ!」」
彼の声は震え、彼の涙がアベニールの横顔に触れる。まるで、自分が弱くて、無力で、何もできなかったことを悔いているようだった。
「飛鳥は十分強くなったわ。大丈夫、この先はあんただけで。」
「そんなこと言わないでくれ!君がいないと、生き返っても意味がないんだ・・。」
その言葉に、アベニールは微かに微笑んだ。だが、それは永遠には続かないことを彼も分かっていた。
「・・勇、いる?」
「あぁ、いるぞ。」
「・・ごめんなさいね。貴方には迷惑をかけたわ。ついでに、これからも飛鳥のことお願いしても良いかしら?」
「・・馬鹿野郎、この状況で断る非情な奴がいるかよ。」
「・・ふふ、そうね。それが分かってるから、貴方に任せれるのよ。」
「卑怯な奴め。安心しろ、飛鳥のことは俺が・・。」
「ダメよ。断るわ。勇は私たちのパーティーで精一杯よ。」
セリフの途中で、トキに声を被せられる。まさか本当に断る奴がいるとは。確かに彼女は非情だが、考えなしにそんなことは言わない。何か企みがあるのか?
「失礼ね。私が非情な訳ないでしょう?」
トキは冷徹な目でアベニールを見つめたまま、何かを考えているように見えた。
「これがその証拠よ。」
その目は決して揺らがなかった。彼女が何を考えているのか、それは誰にも分からない。だが、彼女の行動が何か計算されたものであることは明らかだった。
アベニールがその最期を迎えようとするその瞬間、トキの手が、まるで冷徹な手術のように動く。何か握った手を、アベニールの上で振りかざすトキ。そのまま一直線に腕を下ろし、アベニールの腹部へと突き刺した。