戦わずして勝ちたい
「作戦会議は終わったのかい?」
こちらを見つめ、ニヤリと笑う女。暴力を楽しむ者の、不気味な笑いだ。
「あぁ、覚悟しとけよ。」
負けじとそう言い、手に持った煙玉を指に挟み、相手に判るように見せる。
「正面から来ていいわよ。少しの間、何もしないであげる。」
両手を広げ、何も無いとアピールする女。やはり、防御力に自信があるらしい。
「ちょうど人肌が恋しかったところだ。ハグでもして貰おうか。」
「いいわ。抱きしめてあげる。」
「じゃあ、お言葉に甘えて!」
戦いのコングの代わりに、相手に向かって煙玉を投げつける。相手が見えなくなった所で、トキとヴァルさんに閃光弾を見せつけた。
「投げてから四秒後です、直接食らうと相当やばそうなんで、気をつけて下さい。」
「畏まりました。」
一応他の人達にも注意をしようと、後ろを見る。あれ、シエン達がいない。どこに行ったんだろうか。
「・・彼女達は逃すと同時に別の任務をお願いしてるわ。気にしなくて大丈夫よ。」
流石トキ、抜かりがない。だとしたら遠慮なく投げさせて貰おう。
「了解、じゃあ行くぞ。」
合図とともに、相手の正面に閃光弾を投げる。それと同時にヴァルさんが走り出した。念のため俺も相手に近づく。そして二、三と数えた所で、後ろを向いた。
直後、炸裂した閃光が周囲を包み込む。目を瞑り後ろを見ていても、昼間のように視界が白い。直接受ければ目は眩んだまま、暫く視力は戻らないだろう。ゆっくりと目を開け前を見ると、ヴァルさんの背中が見えた。ぼやけた輪郭、この威力であれば敵の目は機能してないに違いない。すぐに、前方の煙の中で争うの音が聞こえはじめる。数秒後に音は止み、煙がただ静かにモクモクと漂っているだけとなった。決着はついたようだ。
間も無くして煙が晴れる。そこには想像通りの光景が広がっていた。地面に倒れる黒髪の女、その横には右手首を押さえているヴァルさんがいた。攻撃する時に痛めたのだろうか。
「成功したみたいですね。」
「はい。如何致しましょうか?念の為骨を折るか、関節を外しておくのがいいと思いますが。」
出来ればそんな恐ろしいことはしたくないが、それ以外の方法だと、目蓋を縫うとか、更にやばいことしか思いつかない。パーティーメンバーのサイコパスが伝染してるんだろうか。
「二人とも今すぐそこから離れて!」
倒れてる敵の横で考えてると、少し離れた所からトキが叫ぶ。それを聞いて、即座にそこから離れ、トキの近くまで逃げた。彼女のことだ、何かを見つけてそう判断したに違いない。俺の動きを見たヴァルさんも、訝りながらこちらに移動してしてきた。
「トキ様、如何されました?」
答えを言われる前に、トキが見つけた違和感を探してみる。相手は左腕で目を隠すように倒れてるし、あれなら目が開いててもおかしくないな。気絶しているフリというのは十分あり得るが・・。
「気絶したのであれば、倒れる前に顔の近くに手がないと、腕が肩より上に来ることはないわ。それが都合よく目を隠していたのであれば、元々隠していたと考えるのが普通よ。」
成る程。確かに普通に倒れたのであれば、腕は重力に従いブラリと落ちるはずだ。違和感としては十分だろう。
「・・煙の中で何をしてるか分からなかったのは、こっちも一緒と言うことさ。よく気づいたわね。」
タイミングを計ったかのように起き上がる黒髪の転移者。無論、両目はぱっちりと開いていた。
「念の為とは思ったが、まさか弱点がバレているとはね。目を隠しておいて良かったわ。」
そして、そのまま一歩一歩近づいてくる。策がない以上、逃げた方が良さそうだ。そう思い、一歩後退りをする。
「逃さないわよ。箱庭!」
すると、何かをする前に相手がこちらの足元に向けて何かを投げつけてきた。それが地面に触れると一瞬で巨大化し、相手と俺たちを囲う一辺が十メートルほどの立方体となった。
「な、何だこれは。」
透明な箱に閉じ込められる。コンコンと壁を叩くと、響かず鈍い音がした。相当分厚そうだ。
「どうだ?一度閉じ込められたら、一時間はこの箱からは出られない。物理的にでも、魔法的にでも、破壊的にでも、何をしても無駄さ。私が一ヶ月かけて作ったものだから、試してみてもいいが、結果はわかるだろう?通称、箱庭さ。」
余裕の笑みを浮かべながら、そう言う相手。その言葉が、箱の壁に反響する。外の世界とは完全に隔絶された感覚が、次第に恐怖へと変わる。箱の中は不自然に静まり返り、圧迫感がじわじわと押し寄せてきた。
「まずいな。どうする?一時間この狭い空間で相手の攻撃を凌ぎ切れるとは思えない。」
「・・そうですね。となると倒すしかありません。難易度は高いですが、無理やり一人が目を瞑らせて、そのうちに倒すとしましょう。」
一時間は絶対壊れないと言う、相手の言葉を鵜呑みにするなら、もう倒すしかないよな。
「了解。トキは脱出できるかどうか色々試して欲しい!相手が嘘をついてる可能性もあるしな。」
「嘘なんかついてないさ。一時間だけは絶対にここから出ることは不可能だよ。どんなことをしようとね。」
そう言い、余裕の笑みを見せる相手。本当に脱出方法は何も無いのだろうか。
「ふん、うちの頭脳を舐めるなよ。たとえ不可能なことでも可能にしてくれるはずさ。」
「ええ、もう直ぐ脱出できるわよ。」
「いや早いな!」
肝を潰しながらそう叫ぶ。彼女の事は評価していたはずなのに、更に上を行かれた。適当な事言ってないよな?
「ふん、強がりはよしな。この箱は私の無敵の能力を使って作ってるんだから、壊れることは絶対にないさ。」
「別にこの箱を壊そうとは思ってないわよ。壊すのは、別のもの。じゃあ、また会いましょう。」
トキが動き出した瞬間、彼女の手の中に何かが動いているのを見逃さなかった。何をしているのかさっぱりわからないけど、トキなら何とかしてくれるはずだ。なんて思ってると、急に目の前で太郎が木に縛りつけられてる光景が映った。