弱い転移者と強い転移者
「誰かいないかー!!」
叫びつつ、獣から逃げ回る。このままだとかなり厳しい。草原とかなら一瞬で追いつかれる所だが、木々をうまく利用して何とか凌いでるといった所だ。どうやら、あいつはずっと透明状態にはなれないらしい。そして、盲目のようだ。耳をピクピクさせてこちらの場所を把握しているように見える。他に誰も見つかりそうにないし、少し隠れてみるか。
ポケットから爆竹を取り出し、火をつけて放り投げる。そして俺はその辺の太い木に身を隠した。
投げた方向で、バチバチと音が鳴り始める。つられて獣もそっちに移動していった。意外と上手くいった。この間に反対方向に逃げるとしよう。
「何の音だ?」
すると、逃げようとした方向に人影が見える。目を細めると、誰か確認できた。・・よりによってこいつか。こいつ以外なら全員味方なのに、やはり運がないらしい。
「よう。」
「くそ!隠れようと思ってたのに、転移者の仲間が来るとか・・なんでこんなタイミングで見つかるんだよ!」
そう、現れたのはシャツに太郎と描かれている太郎。
「てか、何でお前まで来てるんだよ。俺らだけ飛ばせばよかっただろうに、それは出来なかったのか。」
「聞いておいて自己解決するなよ!あの場から逃れるには、全員NDに転送するしかなかったんだよ。」
やっぱりそうか。そして不便なことに、行くことはできても戻れはしないのか。
「で、全員あの化け物に喰われたところで自分だけ脱出しようって魂胆か?」
「何故バレてるんだ!」
俺は考えを読んだだけだ。トキとは違う。
「くそ!ーまぁいい。それより、あの化け物を知ってるんだな。」
「あぁ、さっき戦ってたしな。」
「戦ってた?だとしたら逃げれるはずがないんだけどな。聴覚と嗅覚で何処までも追ってくるし。倒した・・のか?」
ん?聴覚と・・嗅覚・・だと?聴覚は誤魔化した。となると・・。
嫌な予感がして、後ろを見てみる。
「ヴヴヴヴヴ・・。」
予想通り、もう直ぐ後ろに獣が来ていた。
「くそ!やっぱり逃げるしねーのか!」
焦った表情で、前方にダッシュする。獣が爪を薙ぎ払い、俺が隠れていた木に直撃した。木はそのままギギギと音を立て、ゆっくりと横に倒れていく。危ない、死ぬところだった。
「で、お前は何してんだ。」
「逃げてるんだよ!」
横で一緒に走っている太郎。あの獣、無差別に人を襲うのか。
「可哀想に。ちゃんと餌あげないからだぞ。」
「何食べるかなんか知らないんだよ!」
まぁ、ドッグフードとかではなさそうだよな。
「ならあいつ倒す方法教えろよ。それかここから脱出する方法。」
「あいつらを倒せばここからは出られる!ただ、倒す方法だけは教えれん!教えない限り気づくことは絶対無理だからな!転移者を仕留めてない状態でNDを壊したとなると、エドガー様に殺されちゃう!」
「気づくことは無理?となるとカウンターじゃないのか。」
「な!この野郎、心を読んだな!!」
いや、カウンターなのかよ。その程度のこと気づくだろう。という事は、物理攻撃が通らないわけではないのか。それなら何とかなりそうだな。とりあえず隠し事をされないように、心が読めるふりをしておこう。
「まぁそーいう事だ。なら、一人が隙を作ってもう一人が遠距離攻撃をするのが望ましい。頼めるか?」
「僕の能力は瞬間移動なんだ、攻撃はできない。」
「じゃあ一人でどうやって倒すつもりだったんだよ・・。まいったな、俺も近距離攻撃しかないからな。って、能力簡単に明かすんだな。」
「どうせバレるからね!」
「だったら使えば良いのに。」
「一日に一回しか出来ないの!」
だいぶ不便だな、少し仲間意識を感じる。
「あら、何をしてますの?」
必死に逃げてると、腕を組んでこちらに歩いていたリデルと遭遇する。
「あぁ、ちょうど良いところに!リデル、隙を作るからあいつを倒してくれ。攻撃をしてくる時しか実体がないんだ!」
リデルの前で止まり、状況を説明する。しかし、彼女はそれを聞き流すかのように、俺の横を通り過ぎて獣の方へと歩いていった。
「な、リデル?」
獣が追いつき、咆哮する。そして、リデルに向けて縦に大きく爪を振りかざした。
「ブロウアップ!」
爪が迫る中、冷徹に掌を獣に向け、そう叫ぶリデル。爪がリデルに当たる瞬間、獣の体が大きな音を立てて爆発し、そのまま爆炎と共に弾け飛んだ。おいおい、決闘で見た時の何倍もの威力だぞ。あれをされてたら俺は一瞬で死んでたな。て、転移者ってすげぇ・・。
そして煙が晴れた瞬間、リデルは何事もなかったかのように髪を撫でながら、
「こんなのに逃げてましたの?私はもう既に何体も倒しましたわ。」
「何体も?!同じ奴が他にもいたのか。」
「ええ、音がした方向に行ってる最中に、三体ほど。」
こいつ、これでボスじゃなくてモブレベルなのか。リデルがいなかったら四体に囲まれてたところだった。
「一体アイツは何体いるんだ?全部倒せば脱出できるそうなんだが・・って太郎いないし!」
あの野郎、この間に逃げたな。良い情報源だったんだが。
「別に何体いても大丈夫ですわ。あんなの一瞬で倒せますもの。残りも倒してきますわね。」
「あ、おい!」
その後、無表情で獣の残骸を一瞥しながら、スタスタと逃げるように離れていくリデル。そのまま森の中に吸い込まれていき、すぐに見えなくなった。協調性と言うものはないのか。
「勇様、お嬢様の勝手な行動をお許しください。」
すると、後ろから落ち着いたトーンの声が聞こえる。振り向くと、そこにはヴァルさんが立っていた。