一難去ってまた一難
「な、何をしとるんじゃ?」
呆気にとられ、立ち尽くす爺さん。視線の先では、シラスがぐったりとしている。
「殺したの。」
「なんと?!」
「大丈夫、彼たまたま命が二個あるから。」
驚く爺さんを前に、さらっと返すトキ。二個有ろうが無かろうが関係ないと思うんだが、常識ないのか?いや、二個ある方が常識ないか。しかし、今のでやっと彼女の企みがわかった。
シラスは、死んだら五分前にいた所で復活する。つまり、壁の向こう側で復活する可能性があるのだ。後は、五分たってなければいいが・・いや、そうか。
「成る程、それでNDだったらどうなるか楽しみって言ってたのか。」
「やっと気づいたわね。」
感心したように、腕を組んで頷くトキ。その横でシエンもピカーンと頭に電球を浮かべていた。
「成る程!ここでは時間が進まないから、シラスさんはNDに入る前に戻るかもしれないと言うことですね!」
ポンと手を打つシエン。その通り、外に戻ればまた入ってきてもらえるから、壁の向こう側での復活と同義になるのだ。
「よくわからんが、死に戻りってとこかのう?本人に聞く前に速攻殺すとは、厚い信頼関係じゃな。」
「ええ。彼の命はパーティーで自由にしていいってなってるの。」
勿論、彼の知らないところで。
「だとしたら毒針で殺せば良かったのに。どうして殴ったんだ。」
「別に。叩いたら増えるかなって。」
適当に返される。ビスケットでも増えねーよ。
「じゃあストレスが溜まってたんだな。それとも単に殴るのが好きなだけか。」
「半分は当たってるわね。」
どうやら片方が正解みたいだ。間も無くしてシラスが現れ、赤いスイッチを長押しした。
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「うーん、シャバの空気は美味いのぉ〜。」
青空を見上げ、ぐーっと腕を上に伸ばす爺さん。スイッチを押したあと、瞬きする間に、皆小屋の中に戻っていた。爺さんも無事に元の世界に帰れてよかった。
「今回も簡単に終わったわね。」
そう言い、後ろ髪を払うトキ。簡単にと言うが、毎回一つの命が犠牲になってる。罪悪感は一ミリもなさそうだ。
「本当に、シラスさんの能力のおかげです!ありがとうございます。」
ぺこりとシラスに頭を下げるシエン。しかし、シラスは一瞬で殺されたことに少し不満そうな顔をしていた。こいつ毎回死んでるし、そろそろ慣れてきてもいいんだが。いや、今までは意識なく殺されてるのか。じゃあ、ちゃんと殺されたのは何気に初めてか。なんだちゃんと殺されるって。
「ま、まぁね。あれ以外に方法なんて無かっただろうし。ただ、やる前に一言ほしいのと、もう少し優しく・・。」
「頭の良いシラスなら、一刻も早くしないといけない事ぐらいわかってたと思って。本当に助かったわ、ありがとう。」
適当な理由をつけるトキ。ありがとうと言う名の暴力だ。「いや、その通り、分かってたさ!最善策を選んでくれてありがとう。」と、納得させられてる馬鹿が不憫に思える。
なんて談笑をしてると、急にザパーンと海の方から水飛沫が上がった。最初にいた旨そうなカニが、こちらに向かって走ってきたのだ。
「爺さん、良いタイミングで出てきたの!」
予想外のことを言うカニ。台詞からして敵じゃなさそうだし、最初も中の冒険者が出てこれなくなるぞと心配をしていた。こいつは一体どう言う立場なんだろうか。
「おお、カニさんじゃないか。やっと出られたわい。差し入れありがとな。」
「いいんじゃいいんじゃ、それより今は奴がおらん。早く逃げた方がいいぞ。わしもすぐに逃げるつもりだ!」
焦っているカニ。奴がいない?じゃあ他の何かが監視してて、逃がせれなかったみたいな事だろうか。
「それは良いんじゃが、お主は大丈夫なのか?逃したって怒られんかのう。」
「大丈夫じゃ、あいつの言いなりになってNDに閉じ込めてしまって悪かった。せめてもの贖罪じゃ。早く行っておくれ。」
爺さん言葉が並ぶ中、不意に誰かの視線を感じる。何だ?
「何が大丈夫なんでしょうか?」
すると、カニの後ろからひょっこり現れる、黒いシルクハットにスーツを着た目の細い男。視線の正体はこいつか?まるでマジシャンだ。海辺にめちゃくちゃ似合わない。
「皆んな今すぐ逃げて!」
なんてのんきの思ってると、相手の姿を見て急に大声を出すトキ。こいつのことを知ってるのか?と言うか声の焦りから相当ヤバそうだ。
「私の力を感じ取るとは、あなたも転移者ですか?」
トキに向かってそう言うマジシャン。貴方も・・と言うことはこいつも転移者なのか!ん、だとしたら味方じゃないのか?
「説明は後よ。絶対味方じゃない。このままだとみんな殺されるわ!」
トキの声から震えが感じ取れる。相当ヤバそうだな。考えるのは後にしよう、とりあえず煙玉の準備だ。
「同じ世界の仲間なのに、酷いですね。皆さんにはここで死んでもらいましょう。」
白い手袋をした手で、パチンと指を鳴らす。何だ?姿が消えたぞ。
「トキさん!」
シエンが叫ぶ。マジシャンはいつの間にか、トキの真後ろにいた。そいつは指先をぴったり揃えた右手を、彼女の後頭部に振りかざそうとしている。おいおい、嘘だろ。このままじゃあ・・、
「せい!」
と諦めかけ、手刀があと数ミリで届く直前。爺さんがまるで風のように駆け抜け、瞬時にマジシャンの脇腹を叩きつけた。