ND
「それで、今回は何をするんだ?」
当然のように、今回も何一つクエストの詳細を知らない。受付をした本人に直接聞く。
「あの小屋に入るだけよ。」
トキが浜辺の奥を指差す。そこにはポツンと一軒、木でできたボロい小屋があった。
「随分と簡単そうだな。」
小声を漏らし、小屋に向かって歩き出す。大きさは六畳ぐらいだろうか。強大な敵がいるとも思えない。
「気をつけなさい。あれがNDよ。」
「ND?」
聞いたことない言葉に、首をかしげる。
「最初に説明があったでしょ?実物は様々な形があるけど、基本こんなものよ。」
「説明って・・まさかルールブックのことか!そう言えば聞こうと思ってたんだ。シエン、それ俺貰ってないぞ!」
「あれ、なんで知ってるんですか?じゃなくて・・おかしいですね。そんなものは渡されてませんよ?」
明らかに挙動不審になるシエン。やっぱりあったのか。ということは・・、
「まさか、無くしたのか?」
「あ、ありますよ!」
「ほう、どこに?」
「どこかに!」
「それは言い方を変えると無いと等しくならないか?」
勘弁してくれ。俺はこの世界のこと何にも知らんのやぞ。ただでさえPSクソ弱いのに、情弱とか論外だろ。
「ルールブックなんていいじゃ無いですか!勇さん、生前もゲームするとき説明書読んでなかったし、チュートリアルも飛ばしてましたよね?」
「なんで親も知らねぇ情報を知ってんだ。」
いや神なら知っててもおかしく無いか。変なことまで見られてて、その話をされるのが嫌なので、諦めて切り上げるとしよう。
「ま、行けばわかるか。ざっとどんなものかだけ教えてくれるか?」
「ええ。NDは、謎ダンジョンのことよ。あの小屋に入ると、訳のわからない世界に連れていかれるの。」
「なんだそりゃ。何のために行かされるんだ?」
そのまんまの疑問をぶつける。放っておけばいいと思うんだが。
「NDは、魔王又はその配下が作ったものと言われてます。その中に冒険者を閉じ込めて、こちらの戦力を削ってるそうです。」
「だとしたら、こちらが行くのは敵の思うツボだろう?ミイラ取りがミイラになっちまうよ。」
「いや、NDには抜け出す方法があるんだ。毎回違うみたいだから、それを見つけて、NDを壊すのが僕らの仕事さ。」
裏を返すと、見つからなかったら永遠にNDの中か?こりゃ今回は大変そうだな。
「まぁ、うだうだ言っても仕方ないか。それで、どうやって入るんだ?」
小屋の前で立ち尽くす。ドアノブを捻ったが、ガチャガチャと音が鳴るだけで開く気配はなかった。どうやら鍵がかかってるらしい。
「やむを得ないわ、ぶっ壊しましょう。」
両手でバットを握り、振りかぶってるトキ。
「最終手段みたいな感じに言ってるけど、ずっとバット担いでたよな。」
最初から持ってたし、壊す気満々だったということだ。
そして、そのまま振り下ろそうする。すると、急に海の方からザパーンと音が立った。
「ちょっと待てい!下手に衝撃を与えたら、NDに入った時に出られなくなるぞ!」
水飛沫共に現れ、こっちに近づいてきた大きなカニ。カニの足音が、砂浜に軽く響いた。五十センチぐらいある。身も多そうだし、美味しそうだ。
「それは困るわね。」
なんて関係ないことを思ってると、カニの方を向いて普通に会話を始めるトキ。皆平常心で、一切動じてない。成る程、ここではカニが喋るのは普通なのか。カニが喋った!とか常識ないこと言わなくてよかった。
「どうやったら入れるのかしら?」
「ふむ。ではわしは、山派か?里派か?好物である方を差し出せば、鍵を開けてやろう。」
内容がタイムリーにも程がある。いや、そんな訳ない。元々ここに入る為にこういった質問がされるという情報を知ってて、山か里かどっちにするか悩んでいたということか。それで結局どっちも持ってきてたんだな。てっきりふざけてたのかと。反省反省。
「よし。山と里、どっちにするよ。」
そう言い、周りに意見を求める。
「勇的に好みは里なんだっけ?」
「カニだな。」
「物騒なこと言わないの。」
あ、しまった。ついその気分になってしまってた。やはり茹でるのがいいか。
「お菓子については大丈夫。事前情報では、里と言って失敗したそうよ。つまり・・、」
「答えは山ですね!あのカニさんすごく分かってます!私が渡してきますね。」
とてとてとカニの方に歩いていくシエン。彼女の手に持たれた山のパッケージをみて、カニは体を震え上がらせた。
「山じゃと!?こんなのいらんわ!さっさと帰れ!」
ハサミでシエンが持ってた山を奪い去り、海へと帰っていくカニ。一応持って帰るんだな。
「一説によるとどっちも好きなんじゃないかと言われてるわ。」
俺の目線を見て、そう答えてくれるトキ。
「成る程、だからどっちも大量に作ってきたのか。」
これをエサにしてもう一回呼ぶのだろう。そうしたら後は食べるだけだ。
「ええ、でもこれは保険だったの。」
その場にバスケットを置き、小屋のドアへと近づくトキ。
「そこは鍵がかかってるぞ。」
「確かにそうね。もう開いたけど。」
カチャカチャっと手をかけた数秒後、扉は綺麗に開いた。犯人の鮮やかな手口に開いた口がふさがらない。この人絶対裏社会の人だ。となると本当にバットは最終手段だったのか?
「じゃあ、行くわよ。みんな中に入って。」
さらっと言って小屋に入るトキ。続くために、山を奪われてショックを受けてるシエンの肩を押す。まだ入り口だ。覚悟してかかろう。




