序章完
「いやー美味い、こっちの世界も飯は格別だな!」
コップのアルコール入りの液体を飲み干し、勢いよく机に置く。机はガタンと音を立て、コップから水しぶきが散った。
あの後、宿で今後の予定を決め、一先ず祝勝会兼親睦会を開くことになったのだ。居酒屋の喧騒が耳に入る。隣のテーブルでは、大柄な戦士が酒を片手に大声で笑っている。そして目の前に並ぶのはジューシーで肉厚な何かの肉。異世界だし、ドラゴンの肉とかあるんだろうか。
肉にナイフを入れると、芳ばしい香りが鼻を刺激し、食欲を誘った。そのまま口の中に頬張り、溢れ出す肉汁を下で堪能する。その他にも水々しい色とりどりの野菜、見事に盛られた何かの切り身が机いっぱいに並んでいた。いったんナイフとフォークを置き、訝りながらもひょいっと一つ摘んで、そのまま食べてみる。普通の魚の刺身と変わらない食感と味だ。美味い。
「私の酒が飲めないって言うの?」
向かい合って座ってるのはトキ、その隣にシラス。シラスは酔っ払いに絡まれ、次から次へと酒を無理やり飲まされ、顔はすでに真っ赤だ。たしか、顔が赤くなるタイプの人は酒に弱いんだとか。
「勿論、レディから渡されたものは飲まないわけにはいかないさ。ぐふっ・・。」
キツい表情を無理やり隠しながら、グラスの中身を飲み干すシラス。こうみるとこいつイケメンだな。
「シラスさん、食べ物も食べてくださいね!あ、辛いのはお好きですか?」
これ以上彼が飲まされないよう、取り皿を取ってフォローをいれるシエン。こう見ると彼女もいい子なんだよな。そう思っておくか。
「あぁ、大好きさ!リトルレディ、よろしく頼むよ。願わくばあーんしてくれるかい?」
助け舟に笑顔で乗るシラス。彼も限界だったろう、よく頑張った。あーんぐらいは許してやろう。
「あ、そんなに好きなんですね!だったら・・。」
そう言い、机の角に置かれてる赤い液体の入った瓶を手に取るシエン。すでに嫌な予感がする。
案の定、なんの躊躇いもなく、シエンが赤い液体をシラスの料理にかけ始めた時、俺は思わず身を縮めた。こいつ、本当に天然なのか、それとも計算づくなのか。俺には全く読めない。ただ一つ確かなのは、シラスにとって地獄の時間が始まるということだ。「へぇ、この世界はこんなに調味料を使うんだな。」とイタズラで言うと、シラスがブンブンと横に首を振っていた。
シエンがフォークで野菜を取り、前屈みになってシラスの口元に持っていく。
「リ、リトルレディ。気持ちはとても嬉しいんだが・・。」
「喜んでもらえて私も嬉しいです!はい、あーん。」
シエンの目が輝いた。早く口を開けろと言わんばかりに、フォークが前後する。忖度の悪いところが色濃く出てるな。俺も発言には気をつけるとしよう。
「ま、待ってくれ。まだアルコールが残ってるから、味がわからないんだ!」
「そうなんですか・・。」
そうシラスが拒否をすると、悲しそうな目でシラスを見つつ、フォークを置くシエン。下を向いてしゅんとしてしまった。わざとならプロだな。
「いや、冗談だリトルレディ。味覚が落ちてるから・・つまり足りなかったのさ。」
そんなシエンを見て、自分で野菜に赤い液体をドバドバと追加しているシラス。人って酔うとこうなるんだな。どんな時でもイケメンって役を演じないといけないのは、楽じゃなさそうだ。
「そうなんですか!なら直接飲ませてあげます」!」
「「!?」」
そう言いパッと笑顔で顔を上げるシエン。そしてあまりの天然サイコパスぶりに、思わず顔を見合わせる俺とシラス。既に赤い瓶はサイコパスの手に渡っており、徐々にシラスとの距離を縮めている。凄惨な光景を前に、俺は目を伏せ、耳を塞いだ。
「はい、あーん。」「ちょ!勇!」と聞こえた数十秒後、バタンと誰かが机に伏せる音がした気がしたので、ゆっくりと目を開ける。そこには空の瓶と、戸惑っているシエンがいた。俺はなにも見てないし、何も聞いてない。何もなかった事にしておこう。
「ど、どうしちゃったんですかね?」
不思議そうにシラスを見つめる天然サイコパス。
「わからんが、何か食べさせたのであれば、美味すぎて失神したんだろ。大丈夫、俺の世界だったらよくあったぞ。」
「あぁ、成る程!確かに倒れる前に美味しいって喜んでくれてましたしね!次もたくさん飲ませてあげよっと♪」
すまんシラス、次の飲み会でお前が死ぬ予定が一つ入った。そして五分ぐらい経ったあと、シラスがいた席に棺が召喚されたのは言うまでもない。
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「うぅ・・気持ち悪いです。」
ある程度食事を平らげ、そろそろ終わりを迎えている祝勝会。最後にグラスに残った酒を一気に飲み干し、手を口に当て後悔しているシエン。彼女は年齢的に酒を飲めるのだろうか。そもそも未成年が飲んだらいけないなんて法律、ここにはないか。
「大丈夫か?一気飲みなんて調子に乗せられた新入社員しかやらねーぞ。まぁ色々前途多難で飲まないとやってられないのはわかるが・・。」
彼女も神として、何かしら責務があるだろう。弱いパーティーを背負っていくのは辛いかもしれない。トキとシラスは酒に弱いようで、とっくの前に潰れて机に伏せている。
「いいんです。トキさんもシラスさんも良い人ですし、勇さんが良い人なのは私見てきましたから。」
そう言ってもらえるとこちらとしても気が楽ではあるが。
「そらより、私こそごめんなさい。強いPSが二つ与えられていれば、皆んな不安なんてないんでしょうけど・・。」
下を向くシエン。まぁ欲を言えばせめて一個は欲しかったよな。んな事を言うほどKYではないので、フォローしとくか。
「大丈夫だ。死ぬのは無敵のシラスだし、不安なんて元々なんにもねーよ。」
「・・そうですよね。」
不安を解消するために言ったセリフだが、あまり響いてないようだ。
「あー、と言っても転移者クエストぐらい余裕でクリアできるがな。俺のこと見てきたってことは、俺の頭の良さ知ってるんだろ?」
自分で言うのも何だが、頭は良く回るほうだ。戦略に関しては躊躇がない分、トキのほうが上手に見えるが。
「いえ、実はあんまり知らないんですが・・。」
知らんのかい。カッコつけるんじゃなかった。恥ずかしい。
「じゃあこれから嫌でもわかるだろうよ。だから安心しろ。最悪、魔王も俺が倒してやるよ。」
ちょっと臭いセリフを吐く。これはアルコールのせいにしておこう。どうせ明日になったら覚えてないさ。
「・・はい!ありがとうございます。」
すると、今日一番の笑顔を至近距離で見せてくるシエン。どうやらこのセリフが正解だったようだ。にしてもやばい、こんな顔見せられたら何でもできる気がする。
「うぅぅ、安心したら・・いっきに吐き気が。」
「おいおい大丈夫か、今すぐトイレに・・。」
「ごめんなさ・・ゴホ、ゴボボボボボホ・・。」
間に合わず、床に吐かれるピンク色のスライム。おお、前と色が違うな。というか、普通のゲロもスライムになるんだな。どんな体してんだと不思議に思う。臭は水色のと一緒で、アルコール臭もせず、甘い匂いが漂ってるだけだ。記念に少し持って帰るか。
「勇さん・・。」
こっそりと席を立ち、屈んでスライムを回収していると、急に名前を呼ばれてビクッとする。バレたのだろうか。
「な、なんだ?」
シエンはその笑顔を保ちながら、ゆっくりとこう言った。
「あなたを殺して良かったです。」
そのまま地面に向かって自由落下していくシエン。間一髪で肩を抱き、そのまま机に伏せさせる。今のセリフに対する答えは持ち合わせてなかったので、意識を失って少し安心した。