30 田中の現状
「おっ、もう身体は良いのか?」尾形がギルドの売店にいた田中に話しかけた。田中は自分のことが思ってたよりも広まっていることに気まずい気分だったが、もう大丈夫です、と会釈した。
「そりゃ良かったな、住吉たちからすぐに退院したとは聞いてたんだけどな、まぁ無事で良かったよな」
「住吉と知り合いなんですか?」
「住吉と正木が高校の後輩なんだ。仕事中だったな、邪魔してごめん、またな」
尾形は田中に手を振って、売店で軽食を買ってダンジョンに向かって行った。
田中や他の三人がギルドの売店で働き出して、一ヶ月程たった。後ろでヒソヒソ話されたり、顔を見るなりギョッとされるのはよくある事だったが、先程の住吉の先輩、という人のように何でもない会話のように話しかけられたのは初めてだった。
ギルドの職員たちは、最初こそ遠巻きにしていたがこの頃では少しばかり「世間話」を出来るようになっていた。四人で集まって互いを励ましながら、受け入れてもらえるように頑張っているところだった。
「大津さん、受付前までお願いします」ギルド内に放送が入った。何かあったのか、と田中が聞き入っていると、大津らしき男性が受付前に走って行った。
「ダイバーのお目付の人だよ」と、売店の店長が田中に言った。行動に不安のありそうな初心者パーティには、ああやってギルド側が不自然に見えない程度に尾行を付けるんだ。
「え?」田中は驚いた。というと、自分たちにも…?
「そうだよ、君たちのパーティにも見張りについてたよ。もっと早く助けに入れなくて悪かったって、お目付け役の人が言ってたよ」
「いえ、助けが必要でも助けてくださいって言えたかどうか自分でも分かりません。あの時は本当に変に自信があったから」
「それが自分で分かってるなら、もう大丈夫だね。良かった」店長は笑顔で田中に言った。
ダンジョンの中で全能感で自分を過信することが稀に起こるんだ。特に最初から魔法や身体強化を使える人にね。初心者講習でも話してるんだけど、滅多に無い事だから自分に当てはめて考えられないみたいなんだよね、と店長は続けた。
田中はその当時のことを思い返した。確かに、何でも自分たちで出来る、助けなんかいらないという気持ちでいたように思う。
運動も勉強も中間層にいた自分が、初めて得た得意分野かもしれない、なんて考えて悦に入ってたのだ。
両親や友人たちとも関係が悪くなった。最後のダンジョンアタックで怪我をして病院に運び込まれた時、両親には泣いて怒られた。入院中も自宅療養中にも見舞いなんて、住吉と正木が来てくれたのが、意外なくらいだった。パーティのメンバー以外の友人はほぼ縁が切れたようなものだ。
ギルドで働くのも、実を言うと両親はあまり良い顔はしていない。本当はもうダイバー免許も失効のままで良いだろう、と考えているようだった。ダイバー免許が無いと、親の扶養に入っていても健康保険加入の支払額が大きくなるので、そんな訳には行かないのだけれど。
次回、最終回です。




