19 異世界と前田と 2
前話に、前田と京香たちのパーティーが出会ったダンジョンの下層階が封鎖されているという一文を入れました。読み返さなくても、話は通じると思います。
前田は家に帰ると言ったが、そう簡単に政府が彼を手放すとは思えなかったので、和哉は聞いてみた。
「前田さんは異世界への行き方を知ってる唯一の人でしょう?そう簡単に家に返してもらえないと思うんですけど」
「やり方によってはそうでもない。本当のところ、もう何度か家とは行き来してるんだ」前田はこともなげに言った。
和哉たちは、何度も?と驚愕した。既に日本と異世界とを繋ぐルートが出来ているとは。
前田は、こっちに戻った時に世話になったからな、と義理堅く簡単に説明してくれた。
前田がいた国は、マリスという比較的平和な国で、身分証を持たない前田をも受け入れてくれる懐の広さも持ち合わせているらしい。
たまたまダンジョンからマリスに落ちたのが前田の幸運だったそうだ。
他の行方不明ダイバーとも向こうで顔を合わせたことがあるが、落ちた先によっては相当ひどい扱いを受けるところもあり、その場合命の保証が出来ないとの事だった。
前田曰く、このダンジョンの奥にはマリスに通じる扉があり、それは恒久的に使えるだろう、と。
だろう、とかおそらく、というものの言い方に京香たちには不安があるものの、前田にはなんの屈託も無いようだった。
前田はマリスでダイバーとして生計を立てていた。向こうに落ちた時に世話になった薬師の女性と、そのまま所帯を持った、ということだった。ちなみに子どもも二人いるそうだ。
それで前田は、このダンジョンを使って既に何度か帰宅しているのだそうだが、その際に数人の日本の外交官をマリスのギルドに紹介しているのだそうだ。
「後は彼奴等が勝手に何とかするだろう」と関心のない声で前田は言った。前田自身がマリスで政治を行うような階層の知り合いがないので、ギルドに紹介をしたところで彼の介入は終わったらしい。
和哉たちは、件の外交官の苦労が忍ばれて苦笑した。まあ、やりたいと手を上げての参加だろうし、前田の話によると簡単に処罰の対象にはならないようなので、ガンバレとしか言えない。
「前田さん、奥さんが薬師って、薬剤師みたいなものですよね?お願いがあるんですが」和哉が、急ぐ前田を引きとめて言った。
「薬剤師っていうよりは、診断して薬を処方するっていう、半分医者みたいなもんだな。それでなに?」
「このポーションがマリスの人に効果があるのか知りたいんですが」
和哉は持っていた荒茶ポーションを前田に渡して言った。
「ああ、これ、マリスに落ちた当時俺もこれ持ってて、使ったよ。あっちでもこれは効きが良かったから作り方を聞かれたんだけど、俺は作ったことなかったからな」
前田はそう言って、背中の荷物をバンと軽く叩いて、だからここにたくさん入れてるし、田中DP㈱からも提供品として葉っぱのポーションとレシピをもらった、と笑った。
田中DP㈱さん、提供って…
和哉は凹んだ。「なんでここで商売に走らないんだ、田中DP㈱」
植生が違うんだよ、と前田が説明した。ダンジョンの中であってもこっちとあっちじゃ薬草の種類が違うから、こっちのポーションを作る薬草が向こうにないんだ。